043 婚約者同士の決闘(1)
ちと長いです<(_ _)>
ナツメから、ピクセル家当主直命の印がある指令書が届けられた。
内容は、放課後に行うキクーチェ公爵令嬢との決闘に、他の生徒を介入させないこと。
――簡単に言ってくれる。
昨日の部室の騒ぎも、風紀委員長である俺が「責任は持つ」と生徒と教師の前で宣言したから、何とか収められたのだ。
その翌日にまた揉め事とは――何を考えているんだ、あの女は。思わず嘆息が漏れる。
ピクセル家には大恩がある。断ることはできない。すぐに口外を禁ずる布告文を書き上げ、ナツメの配下の生徒に渡す。
「これを教室の掲示板に貼っておいてくれ。可能なら、私の名で代理宣言して全員の前で読み上げろ。
これで少しは噂を抑えられる。決闘の立会は俺がやる。関係者以外は接近禁止――そう伝えておけ」
深く頭を下げる彼女たちを部屋から送り出す。椅子に背を預け、こめかみを押さえたところで、扉を叩く音。
誰なのか考える気力も残っていない。嫌気を隠さず、ぶっきらぼうに言う。
「……入れ」
「ふふ、どうしたの? かなり疲れているようだけど、ケンゴ君」
視線を向けると、苦笑するチサト。珍しい来客に眉を上げ、用心深くうかがうと、彼女は肩をすくめた。
「別に、生徒会長が風紀委員長に会いに来るのは普通だと思うけど? ――よっぽど、前のお客さんで嫌な思いでもしたのかしら」
相変わらず勘が鋭い。ナツメとは別の意味で、この女も苦手だ。頭の回転が早く、ときに予言者のように未来を見透かす。
それで助けられたことも多いが、そのたびにそれ以上の見返りを求めてくる。早く卒業して領地に戻ってほしい。
心を読まれたのか、チサトが半目で睨む。だが、嫌われても構わない俺には関係ない。表情を崩すことなく口を閉ざす。
しばし沈黙。観念したように肩を落とすと、彼女は一枚の紙を差し出した。
「悪いけど、このソウガって生徒が問題を起こした場合、その処遇は生徒会が引き取るから、そっちは手出ししないでね。
それと、今日の決闘には生徒会も立ち会うから、よろしく」
息を呑む。さっき起きたばかりの件だ。まだ三十分も経っていないはずだ。
しかも、一人の生徒を特別扱いしろ? 風紀委員会の存在を否定する行為を、生徒会が先頭に立って行う。
――信じがたい。規則は、人に寄り添うための最少の壁だ。それを超えることは、他者への侵入と同義。
鋭く睨み返すと、わざとらしく怯えた顔をするチサト。さらにもう一枚の紙を差し出してくる。先ほどと同じ内容――だが、最後に学園長の印。
絶句する。もう一度、彼女を睨む。最初からこちらを出していれば、俺は抵抗できなかったものを……。
――ひと癖もふた癖もある女が多すぎる。
大きく息を吐いて、二枚とも受け取る。学園長の手紙は引き出しへ入れ、チサトの手紙はゴミ箱へ。同じ内容なら二枚は要らない。
それでも余裕の笑みを浮かべるチサト。両手を上げ、肩をすくめて首を振る。俺は無視して、窓外へ視線を向けた。
朝の開放的な青空は、いつの間にか分厚い鉄板のような雲に覆われ、胸の奥へ理由のない不安が沈んだ。
◆
「魔法は初級から中級。上級以上は禁止。等級の判定は術式で行う。威力は問わない。防御の腕輪が破壊された時点で終わりだ。
……そして、このルールを少しでも破れば、負けだ」
ケンゴ先輩は、私たちが決闘場に到着するや否や、すぐに説明し始めた。
紫の髪を短く切り揃え、深紅の瞳で見据える先輩は、いつ見ても真面目だ。制服には皺ひとつない。
微笑みかけるが、無視される。よほど嫌われているようだ。けれど、ソウガ以外の男性に興味がない私にとっては関係ない。
目の前に立つハンナに視線を向ける。金色の髪に金眼。強い意思がある。二つ年下だが、同年の生徒よりよほど圧を感じる。
ケンゴ先輩より好感が持てる。できれば仲良くなりたいが、向こうにはその気はない。少しだけ胸が痛む。
互いに国を憂い、ソウガを守り支えようとしているはずなのに、その想いはすれ違い、交わることはない。
沈みかけた気持ちを笑顔で覆う。わざと陽気に先輩へ告げる。
「じゃあ、そろそろ始めてもいいかな? せっかく監視してくれている風紀委員の人たちに悪いからさ」
先輩は諦観したような表情を浮かべ、ハンナに視線を向ける。彼女は頷き、少し距離を取る。
試合の準備は整った。魔力を練り上げると、先輩が宣言する。
「試合開始だ、始めろ」
その瞬間、詠唱を始める。といっても私は筆談をするだけだ。すぐに構築が完了する。
まだ魔法が組み上がらない彼女を見やる。相手は二つ下。先手は譲る。それに彼女は火魔法が得意だったはずだ。水が得意な私とは相性がいい。
興味深げに見ていると、彼女は叫んだ。
「――敵を食い破らん。ファイヤーボール!」
その瞬間、火球が生まれ、私を襲う。それは球体というより槍に近かった。初級なのに中級並の力を感じる。
迫り来る火槍を前に、素早く指を動かし魔法を完成させて水壁で防いだ。二つは衝突すると、ボンッと音を立てて霧散した。
自然と口元が綻ぶ。筆談魔法と彼女の魔法は同等。なら初級の詠唱に独自の飾りを足し、規定内で出力を引き上げられる私の勝ちだ。
ハンナには悪いが、ここで勝負を決める。大きく後ろへ跳んで、詠唱を始める。
「深い渕より湧き上がるもの[収束し]、一滴の矢となり[一点へ絞り]、岩をも[芯まで]貫く。ウォーターショット!」
平易な文章に修飾を足した初級魔法は、中級の範囲を遥かに超える。ソウガのときは言葉の意味を強めたが、今回は詠唱自体を飾った。
ちらりとケンゴ先輩をうかがう。
「……詠唱自体は初級だ。規定に抵触すらしていない。威力は特級だがな。……化物め!」
先輩は吐き捨てるように呟き、首を横に振った。その姿に苦笑した。そんな安易な魔法ではない。
唱える時間は長くなり、魔力消費も激しい。並々ならぬ集中力も要る。だが、そのぶん威力も伸びる。砲弾のような水塊が螺旋を描き、ハンナを襲った。
これで決まるはずだ。念のため、彼女の腕輪は安全を考慮してある。ケンゴ先輩の了承を得て、彼女に内緒で特級でも防げるものに交換してある。
だから怪我の心配はない。ソウガにも使わなかった装飾詠唱を選んだ理由だ。
一方で私は支給品のままだ。一撃でも中級魔法が直撃すれば、すぐに壊れる。それぐらいのハンデがないと彼女が可哀想だ。
余裕の笑みを浮かべて見つめる。恐怖に顔を歪めて――いない。それどころか、鋭く睨み返している。
中級以下しか使えないこの条件下では、彼女に防げる術はないはず――。
刹那、轟音が鳴り響き、視界が赤く染まる――火か、いや何か違う。目の前の光景に言葉を失った。ごくりと息を呑む。
静寂が満ちる中、追い打ちをかけるように天を裂く霹靂が轟き、決闘場を白く染め、すべての影を攫った。
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