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方言だけ最強。機人×魔法の学園で逆転  作者: 黒鍵


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042 総体前、風雲急を告げる

ちょい長め

 お兄ちゃん――ソウガがマサヒコ先輩の代役として学園総体に出場することが決まってから二日が経った。


 校舎へ向かう途中、空を仰ぐ。梅雨の季節だというのに、抜けるような青だった。


 太陽が放つ硬質な光に目を細めながら、昨日のことを思い返す。


 いつもと変わらず教室で昼食をとっていると、ナツメさんがしつこく生徒会のことを聞いてきた。学園総体まであと一週間。できれば彼女には知られたくない。


 加えて、チサト先輩が彼の機人のことを探っている。そのことには気づいている。総体で目立ってほしくない。


 だけど、武蔵零式の性能を知る必要はある。生身で機人と渡り合える彼が、機体に乗ればどの程度の力を発揮するのか――お父様も気にしている。


 将来、旦那様になる彼の実力を知ることは重要だ。


 この国の要であり、王家の監視役でもある我が公爵家には、多くの力が求められる。


 財力に政治力、そして武力。どれが欠けても、その大任は務まらない。ソウガの力が強いほど助けになる。


 ――もちろん、彼に力がなくとも婚約を解消するつもりはない。


 とはいえ、お父様は、最近のイズミ陛下を危ぶんでおられる。七翼の女性限定化、たび重なる増税など、賢王と謳われた陛下とは思えない行動の数々。


 国が傾きかけたときに、それを支えるのも筆頭公爵の仕事だ。できれば、ソウガにも力になってもらいたい。


 将来は夫婦で、キクーチェ領を盛り上げていく。そのためにもナツメさんには今度の総体で画策してもらっては困る。


 一時は彼の実力を隠そうとしていた彼女だが、今は王家と当家、それに謀反を企てている他領の勢力の調停役にソウガを立てようとしている。


 彼女の実家――ピクセル家は情報操作に長け、歴史上何度も国難の際に暗躍し、良くも悪くも影響を与えてきた。


 そして、将来的に国のためになると判断したら、その時代の王家を平気で裏切ってきた。


 ――たとえ救国のための行為でも、背信には変わりない。そんな危険な家だ。やはり彼女との婚約は解消してほしい。不安と嫉妬が胸をかすめる。


 その想いを悟られぬよう、教室の扉の前で一瞬、呼吸を整えた。中に入ると、窓際の席で、肘をついて外を見ているソウガ――お兄ちゃんが目に映る。


 その瞬間、頬が熱くなり、俯いて顔を隠す。静かに席に向かい、腰を落とすと、彼の背を見る。ようやく安堵して、「特別な日常」が始まる予感がした。





「ちょっと、どういうことよ、お兄ちゃん……じゃない、ソウガ!」


 ハンナの声が昼休みの教室に響き渡った。日常の光景。誰も振り返らない。呼び捨てにまだ慣れていない彼女――これもいつものことだ。


 つい苦笑すると、彼女は険しい表情で睨んできた。反省しつつも、その様子に肩の力が抜ける。


 隣ではナツメがニコニコと笑みを浮かべ、視線だけは挑発的にハンナへ向けていた。本当にいい性格をしている。


 ため息が出そうになるのを堪え、先ほどナツメから手渡された手紙を握りしめるハンナを見る。


「どうも、こうもない。どの競技に出ればいいか分からなかったから、ナツメに相談して決めてもらったんだ」


 ハンナは眉を上げる。かなりお冠らしい。だが、本当の理由を話せば、さらに事態は深刻になる。


 ――密室の部室で、不純異性交遊の容疑をかけられそうになった、なんて言えるはずがない。


 ナツメの情報統制のおかげで噂にはならなかったが、少しでも俺が反抗の意を示せば、一気に学園中へ広まるだろう。


 堪えていたため息が漏れる。納得しないハンナをどう説得するか悩んでいると、ナツメが声をかける。


「ごめんね、ハンナさん。私とソウガが――二人だけで決めちゃって。まさか、ソウガが貴女に相談しないなんて思わなかったよ、ぷっ」


 さすがに煽り過ぎだと注意しようとしたとき、ハンナが涙目になった。


 ――限界だったらしい。慰めようと口を開きかけた瞬間、彼女は叫んだ。


「いい加減、貴女の態度には我慢できません。いくら名家のピクセル家の令嬢とはいえ、あまりにも無礼です。決闘を申し込みます!」


 再び教室に声が響く。今回は内容が内容だけに、全員が振り向き、目を見開いた。


 俺を挟んで睨み合う二人。ハンナは金色の瞳を太陽のように燃やし、ナツメは紺碧の目に冷ややかな光を宿す。


 最近、落ち着いて弁当を食べた記憶がない。そう思いつつ、タコさんウインナーを口に運ぶ。――と、すっと手が伸びて奪われた。


 顔を上げると、ナツメが美味しそうに頬張っている。肩をすくめて視線を落とすと、弁当の卵焼きが消えていた。


 首を傾げて見上げると、もぐもぐと口を動かすハンナの姿があった。





「放課後、校庭裏の決闘場。魔法は中級以下。上級以上は禁止。防御の腕輪が壊れたら負け――これでどうかな、ハンナさん?」


 タコさんウインナーを飲み込み、笑顔で告げると、彼女も卵焼きを食べながら頷く。


 下を見やると、おかずがなくなった弁当を寂しそうに食べるソウガがいた。その表情に、思わず口元が綻ぶ。


 視線を周囲へ向けると、教室がざわめいている。配下の生徒に目配せし、噂が広まらないよう指示を出した。


 彼女たちは小さく頷き、ピクセル家当主直命の黒い回覧板を手に、この場を抜けて風紀委員長のもとへ向かった。


 これで邪魔は入らないはずだ。つい口角がつり上がる。そんな私を、青ざめた顔で見上げるソウガ。優しく微笑みかけようとした瞬間、影が落ちる。


 見上げると、両手を広げて庇うように立つハンナが視界に映る。


「今、はっきりと宣言します。ナツメさん、貴女の条件で戦います。あと、ソウガを怖がらせないでください!」


 真っすぐに見つめる彼女に肩をすくめる。まるで私が悪者のようだ。……放課後になれば、そう見えるのも否定できない。


 ソウガの二の舞になる彼女の姿を思い浮かべ、苦い笑みを深めた。


 そのとき、空が巨大な墨を流したように鈍い鉛色へと変わった。昼休みの開放感は急速に冷え、張り詰めた緊張だけが残る。


 青ざめたソウガが小さく呟いた。


「……なかよくできんとね」

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