041 競技を巡る思惑
学園総体への出場が決まった翌日、さっそくリュウゾウ先生のところへ相談に向かった。
「お前、まだ無茶をするな。重症化は免れたが、本調子じゃないだろ。指の痺れは取れたのか? ……それに、あの大会は機人の操縦技術を競うものだ。お前、乗れないだろ?」
呆れ顔で諭され、俺は眉を下げる。たしかに出場したいわけじゃない。それに隠しているが、まだ魔力枯渇は残っている。
だが、マサヒコ先輩の腕を折った張本人である以上、拒否権はない。
加えて、治療費の負担を申し出たが、チサト先輩に頑なに断られ、負い目は残ったままだ。
マサヒコ先輩は複数の部活を掛け持ち、しかも中心選手だ。欠場は大問題になり、各部の代表から生徒会へ犯人究明の要請が殺到。
――チサト先輩は、このままだと庇いきれないと告げた。
さらに手違いで、複数の部活に「犯人=俺」と通達が出たという。どうやらエイダさんが誤送信したらしい。しかも反王家派の部にだけ。
――どこか陰謀の匂いがする。妙にチサト先輩に都合がいい。
俺は事情をすべて話し、出場以外の道はないと涙目で訴えると、先生は肩をすくめた。
「わかった。総体まで、およそ一週間だな。……なんとかする。ソウガ、武蔵零式で出ろ。面倒な手続きは俺がやっておく。それと、しばらく機人は俺が預かる。一週間で動けるよう整備してやる」
先生は頭を掻き、面倒くさそうに言うが、目は笑っていた。武蔵零式を思う存分調べられるのが嬉しいのだろう。
だが、伝説の機人を公の場に出していいのか――不安がよぎる。それを見て先生が苦笑する。
「ああ、心配はいらん。誰も見たことがない。これが原初の機人だと分かるはずがない。これは『俺が新たに開発した小型機人』――武蔵零式だ」
思わず笑みがこぼれる。膨大に魔力を消費する機人を整備してもらえるうえ、堂々と皆の前で搭乗できるかもしれない。
総体に出る価値は、それだけである。正直、学生の機人相手なら、生身でも勝てる――ヤクモのときに証明済みだ。
ただ今回は、適性と研鑽した技を競う大会。郷に入っては郷に従え。俺も機人に乗り、正々堂々と戦い、青春を謳歌する。
心を弾ませて固く決意し、方言魔法で亜空間から武蔵零式を呼び寄せた。金属の重みで床が軋む。先生は書類を一枚めくり、視線を戻す。
「出場する部には挨拶に行っておけ。それと三日後に取りに来い。それまでに整備しておく。団体競技に出るなら、連携の練習も必要だ」
ぶっつけ本番というわけにはいかない。深々と頭を下げ、礼を言って研究室を出る。廊下には、満面の笑みのナツメが立っていた。
慌てて引き返そうとしたが、襟首を掴まれる。グエッと蛙みたいな声を上げると、そのままの格好で、どこかへ連行される。
窓の外に視線をやる。青く澄んだ空の端から、鉛色の雲が忍び寄っていた。雷の気配に合わせるように、襟元の圧がじわりと強まった。
◆
「それで、なんで私には内緒にしていたのかな? 総体に出場することを」
ソウガを魔導研究部の部室に連れ込み、椅子に座らせると、さっそく尋問する。
昨日、生徒会に呼ばれていたことは知っていた。配下の生徒を食堂に向かわせたが、チサト先輩の警戒は強く、詳しい話は拾えなかった。
今日の昼食でも、一切触れられなかった。意図的にハンナが話題を操作していたのは分かっていたが、何を隠しているかまでは読めなかった。
そして放課後。仕方なく彼を尾行し、リュウゾウ先生の研究室に入るのを確認。盗聴用の魔導具で中をうかがい、己の迂闊さに舌打ちした。
――まさか、マサヒコ先輩の代役を務めるなんて。
巧妙な一手を打ったチサト先輩に、唇を噛む。正義感はないくせに、妙に責任感はある――ソウガの性格を、完璧に突いていた。
それに総体に参加させれば、今回の婚約の真相にも手が届く。彼女は間違いなく『機人絡み』と睨んでいる。
相変わらず頭の切れる人。もしソウガが機人に乗れないと断っても、それはそれで大きな貸しを作れる。
受けても断っても、彼女は損をしない。厄介極まりない相手に、よりによって目をつけられた。
その自覚がないのか、ソウガは激しく雨に叩かれる窓をぼんやり見ている。こちらの問いにも答える素振りもない。
怒りがふつふつと湧く。だが、激しい感情は判断を誤らせる。深呼吸――かすかに甘く重いカビの匂いが鼻をかすめた。
苛立ちを笑顔で覆い、向かい合う。
「それで、ダーリン。総体には出場するの? 何に出るのか教えて。婚約者として応援したいんだ」
ソウガは視線を戻し、嫌そうに顔をしかめるだけで、口を閉ざした。婚約者に向ける表情じゃない。
――絶対、あとで後悔させてやる。
どうすれば彼の口を割れるか考える。三日後には出場者が発表される――それまでに手を打つ。
思考を巡らせるが、何も思いつかない。実力行使に切り替える。
「わかった。どうしても喋るつもりはないんだね。なら、私にも考えがある」
彼はわずかに後ずさるが、もう遅い。二人きりで会った理由を、教えてあげる。このやり方は好きじゃない。けれど――。
息を整えると、かすかに頬が染まる。覚悟を決め、音声拡張の魔導具のスイッチを入れる。カチリ――小さな音をかき消すように、大声で叫んだ。
「キャー、や、やめて、ソウガ。婚約者とはいえ、学校ではダメだよー!」
やや棒読みでも、効果はてきめんだった。すぐに部室の前に人だかりができる。ただ内容が内容だけに、誰も踏み入ろうとしない。
おろおろとするソウガ。その姿にほくそ笑む。静かに近づいて肩に手を置き、外に漏れない声で囁く。
「どうしようか、ソウガ? このまま服を乱して出て行ってもいいけど。総体は停学で出場できないかもね?」
顔を離すが、彼は絶句したままだ。私は満面の笑みで、優しく提案する。
「首を振るだけでいい。私が選んだ競技に出るなら縦に。嫌なら――何もしなくていいよ。すぐにここから出て行くから」
スカーフに手をかける。その瞬間、彼は何度も首を縦に振り、激しく同意を示した。
笑みを深め、野次馬を解散させようと席を立つ。突如、窓いっぱいの稲光が部室を焼き、一瞬で影が消えた。
振り返ると、椅子から崩れ落ち、床に膝をついたソウガ。
まだ競技を伝えていない。今からそれでは先が思いやられる。――窓の向こうで、雷鳴が遅れて落ちた。
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