004 機人適性
「阿・滅・牙!」
俺はなるべくそれっぽい方言で唱えた。あまりはっきりと発音すれば、とんでもない威力の魔法になってしまうからだ。
ここはベアモンド高等学園の試験会場。青い火球が威力測定用の柱を融解していくのを見つめながら、俺は昔のことを思い出していた。
十歳の夏の終わり。俺はこの世界の魔法の真理に辿り着いた。
「魔法はイメージ」――そう言われていたが、半分は嘘だった。いや、ある意味では正解なのだろう。
詠唱文を正確に唱え、イメージを重ねれば、それなりの魔法は発動する。だが、長い詠唱に見合うほどの威力はなかった。
――少なくとも、俺が望む魔法ではなかった。
だからこそ、俺はひたすら努力し、考え抜いた。けれど結局、威力は増さず、詠唱文を短くすることもできなかった。
だが、あの暑い夕暮れ。家路の途中、空を舞う巨大なワイバーンに向かって放った魔法は、俺が恋い焦がれ願った力そのものだった。
たった一撃で上位種を撃ち落としたのだ。その代償に魔力枯渇を起こし、家に着くなり倒れ込んだが――胸に残った手応えはいまも鮮明だ。
それから俺は様々な方言を試し、そのたびに途轍もない威力に驚かされ、そして意識を失った。
繰り返すうちに魔力量は鍛え上げられ、いまでは宮廷魔導士十人分を遥かに超えている。
昔を思い返し、隣の少年に目をやると、青ざめた顔でこちらを見ていた。周囲の受験生も同じだ。
とりあえず、俺は小さく頭を下げ、試験官に移動の許可を求める。すぐに下りたので歩き出しながら、心の中で呟いた。
『ようやく、これで故郷に錦が飾れる』
――――――――――――
次の試験会場へ向かう俺は、皆の注目を浴びていた。……さすがに目立ちすぎたか。
少し反省しつつも気持ちを切り替える。次こそが本命――正確には試験ではなく「試合」だ。
この世界にはロボットが存在する。正確には、魔法の力を源とした人型兵器――機人だ。
そして、機人は四つの種類に分けられており、相性によって搭乗できる機体が決まる。
魔導機人は魔法攻撃に特化した遠距離型。武導機人は多彩な武器を扱え、機動力に優れる。聖導機人は聖魔法を扱い、戦いを支援する。
そして、最後に王導機人――万能の機体だが、操縦できるのは王族だけだった。
だが、俺は神により転生してきた選ばれし者だ。きっと王導機人すら動かせるはず。少なくとも魔導機人には搭乗したい。
俺が胸を弾ませ、意気揚々と試験会場に足を踏み入れると、すでに多くの受験生が機体に乗り込み、試合を繰り広げていた。
初めて乗る機人に皆は悪戦苦闘している。これも魔法と同じく、結局はイメージが大事だ。操作マニュアルなんて存在しない。
だからこそ、ぎこちなくてもそれなりに動かせている。そんな戦いを眺めていると、声が飛んできた。
「おい、お前! 突っ立てないでこっちに来い。機人との適合検査を受けろ!」
少し厳ついオッサンに呼ばれ、検査用の水晶球が並ぶテーブルへ向かう。言われるままに手をかざし、魔力を込めた。……だが、反応はない。
俺が魔力を流していないと思ったのか、オッサンが怪訝そうに眉をひそめる。
もちろん、そんなことはない。つい頭に血が上り、思い切り魔力を注ぎ込むと――水晶球にピシリと亀裂が走った。
高価な代物だったらしく、オッサンの顔が険しくなる。
俺が慌てて頭を下げると、隣の水晶球を持ってきて俺の前に置き、顎をしゃくって「もう一度だ」と示した。
だが、やはり反応はない。今度は壊すわけにもいかず、俺は魔力を込めるのを止めた。
機人の適性は誰にでもある。貴族も、王族も、平民も。操縦技術や魔力量に差はあれど、必ずどれか一つには乗れる――それが常識だ。
その常識から外れた俺に、オッサンもどう対応すべきか分からず首をひねる。俺は、全部の機人に乗り試したいと土下座した。
転生した俺には、何か特別な素養があるはずだ――そう信じた懇願に、オッサンも渋々ながら頷いた。
まず、一番憧れていた魔導機人に乗り込み、操縦桿を握る。……何も起こらない。
次に聖導機人へ駆け込み、同じように試す。結果は変わらず。ならば父と同じ適性だと思い、武導機人に乗る。だが、それも無反応。
――やはり、転生者というものは特別な存在らしい。
中央に厳重に守られた王導機人へ足を向ける。乗り込もうとした瞬間、兵士たちに止められた。だが、搭乗しなければ適性があることを証明できない。
押しのけようとした俺を、オッサンが慌てて止め、兵士たちに事情を説明してくれた。
兵士たちは話を聞くなり笑い出し、そんな人間がいるのかと見下すような視線を投げてきた。
まるでお決まりの展開だと、俺は細く笑った。
馬鹿にした連中を見返すように、王導機人へ乗り込み、操縦桿を強く握り込む。
――何も起こらなかった。
冷たい操縦桿を握りしめたまま、呆然と立ち尽くす俺。
その肩に、いつの間にか乗り込んでいたオッサンが手を置き、小さく首を横に振った。
力なく操縦席を降りる俺に、試験場の大勢の視線が突き刺さる。それは憧れでも敬意でもなく――嘲笑だった。




