035 婚約の先にあるもの
スマホ向けにリライトしました。内容を書き替えました。完結済。
「魔女の烙印を押された聖女は、異世界で魔法少女の夢をみる【改稿版】」
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研究室にはナツメさんの声だけが響いていた。
「――それで禁望山でソウガが見つけた鎧が、原初の機人というべき存在――その可能性が高いことが分かったんだ。
私も実家に戻って調べて分かったことなんだけどね」
ナツメさんの話を聞き終えても、お兄ちゃんは驚かなかった。面倒くさげに頭を掻きながら呟く。
「もしかしたら――と思っていた。だから俺もリュウゾウ先生に相談しようと学校に来たんだが……。だが、それとお前との婚約は別の話だろう、ナツメ?」
たしかにそうだ。関係ない。だが、ヤクモ殿下とリュウゾウ先生が同時に首を横に振り、お兄ちゃんの言葉を否定した。
やはり何か重要な意味があるのだろうか。じっと見つめると、殿下が話し出した。
「大いにある。悔しいがお前の実力は本物だ。最強の一角である炎翼のアスカに勝った。加えて冒険者としても瞬く間にB級になり、その力を証明した。すでに国中の貴族や豪族から目を付けられている」
殿下の表情は険しい。たしかに、生身で機人と互角の力を持つお兄ちゃんを取り込もうとする者は多い。皆が頷き、次の言葉を待つ。
「それに加えて、誰も見つけられなかった原初の機人を見つけたんだ。それがギルドに知られれば、すぐにS級へ昇級だ。そしてその機人のマスターと認められる。
――乗れる、乗れないは別としてな」
絶句する。ギルドの規定に従うなら、冒険者が発見した物はすべて本人の所有物となる。
――ゆえに冒険者は危険地帯やダンジョンに挑むのだ。
この仕組みのおかげで、国は魔物討伐に過度な兵力を割かずに治安を維持できる。その恩恵は大きく、国家予算の一割を補うほどだ。
次第に殿下の言いたいことが分かってきた。
この不安定な状況下で、謀反を企てる地方の貴族や豪族にとって、お兄ちゃんの力は喉から手が出るほど欲しいはずだ。
それにお兄ちゃん自身を反逆の旗印に祭り上げようとする者たちも現れるだろう。王家とナツメさんの狙いに気づく。
けれど、それではお兄ちゃんが可哀想だ。私は鋭い眼差しで殿下を射抜き言い放った。
「殿下、その理は分かります。――ですが、本人の意思は、国策の外には置けません!」
だが、殿下は無言のままだ。俯くしかなかった。拳を握り締める私の肩に、お兄ちゃんがそっと触れて呟いた。
「きなっせ」
刹那、空間が穿たれ、漆黒の鎧が現れる。埃が舞い、紙束がめくれ、鉄と油の匂いが鼻をかすめた。
◆
状況は理解した。ナツメの婚約も納得はしていないが、理由は分かった。ならば俺がすることは一つだけだった。
「きなっせ」
魔法を発動し、原初の機人を呼び寄せた。空間が穿たれ、漆黒のパワードスーツが姿を現し、降り立つ。かすかな歯車の軋みが室内に響いた。
部屋の中に緊張が走った。起動しないと分かっていても、その存在感は圧倒的。これが原初の機人と知ったから――そう思うのだろうか。
どちらにしても関係ない。肩をすくめ、口を開いた。
「リュウゾウ先生、これ、進呈するので、研究に使ってください。機人に乗れない俺には無用の長物ですから」
誰もが絶句する。どれほどの価値があるかは知らないが、これがオーパーツなら世界的発見になる。冒険者としての名声も得られ、評価も上がる。
『故郷に錦を飾る』という目的にも近づくかもしれないが、それで多くの敵や、政争の具にする者たちを生む気にはなれなかった。
見つけたときは嬉しかったが、今となっては、とんだ疫病神だ。
先生には悪いが、俺の隠れ蓑になってもらう。特級教師であり、王太子であるヤクモのお気に入りなら、簡単に手を出すヤツはいない。
じっとリュウゾウ先生を見つめる。皆の視線が集まる中、先生は大きく息を吐き、首を横に振った。
「気持ちは嬉しいが、これはお前の物だ。生徒の成果を奪うような真似は絶対にしない。これは俺の教師としての矜持だ。それにお前を守るために、ヤクモもナツメも動いている。その気持ちも少しは考えろ」
自らの考えを恥じ、そして尊敬した。
――機人工学の第一人者である先生は、誰よりもこれの価値を知っている。喉から手が出るほど欲しいはずだ。
だが、研究者という立場よりも、教師として俺のことを一番に考えてくれた。先生の気持ちが伝わり、迷いが晴れ、未練も消えた。
俺は鞄から「五琳書」を取り出して、先生に差し出した。
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