034 婚約の真実
「二人とも、もうすぐ授業だ。ここは引け。――ハンナ、王家の口添えは事実だ。それについては、ちゃんと話す。だから今は教室に戻れ。
それからソウガ。お前も放課後、付き合え。……以上だ。皆も、ここで起こったことは他言無用だ!」
俺は睨み合うナツメとハンナに告げ、呆然としているソウガに放課後の同席を約束させた。ざわつく生徒たちを見渡して黙らせると、安堵の息を吐く。
――念のため教室に監視役の生徒を残しておいて正解だった。
昼の食堂で食事をしていると、監視役の彼が青ざめた顔で駆け込んできた。肩で息をしながら状況を告げる。
だが、すでに予想していた俺は報告を切り上げさせ、すぐに教室へ向かった。
中へ入ると誰かの椅子が、ぎっと短く鳴った。まさしく修羅場だ。緊張が走り、誰も口を開けられない。
学年きっての才女二人が、一触即発の気配を漂わせている。――仕方のないことだ。
ふと視線を移すと、仲裁に入るべきソウガが固まったままだ。舌打ちを堪え、一喝してその場を収めた。
どうにか怒りを抑えたハンナが横を抜けていく。すれ違いざまに鋭く睨まれ、苦笑を漏らす。
――国のためとはいえ、憎まれ役は気持ちのいいものではない。
そう思いながら席に戻ると、いまだ状況を呑み込めていないソウガが目に入った。眉を下げ、ヤツの頭を軽く叩いて、授業に集中しろと促した。
やがてリュウゾウ先生が入ってきた。わずかな空気の変化に気づき、ちらりとこちらへ視線を寄越す。
俺は頷き、窓の外――研究棟の第三実験室を見据えた。
◆
放課後になり、指定された実験室を訪れる。すでにお兄ちゃんたちは揃っていた。その中にリュウゾウ先生がいることに疑問を抱く。
けれど、それよりもお兄ちゃんの隣に座り、腕に抱きつくナツメさんの方が気になる。
「すみませんが、どいてください」
短く告げ、強引に二人の間に割って入った。その様子にヤクモ殿下とリュウゾウ先生は苦笑いを浮かべる。
そんな二人に強い視線を向けた。私にとって大事なことだ。彼女はお兄ちゃんと私の恋路を邪魔する存在なのだから。
小さなソファに三人が座り、すし詰め状態になる。堪らず姿勢を正そうとした瞬間、倒れそうになった。
その瞬間、さっと手が伸びて肩を掴まれ、そのまま引き寄せられる。
気づくとお兄ちゃんの胸に顔を埋めていた。はっと顔を上げる。そこには金色の瞳をきらめかせ、微笑むお兄ちゃんの顔。
鍛え上げられた胸板の体温を感じ、頬は熱を帯び、耳は真っ赤に染まる。
まともにお兄ちゃんの顔を見られず、そのまま身を預けていると、ナツメさんがすっと席を立った。
「ほら、どいてあげたから、ハンナさんも離れて、離れて。ソウガが暑苦しいでしょ」
カッとなる。言い方もそうだが、親しげに呼び捨てするその態度に。
先日まで彼女はお兄ちゃんに敬称を付け、最低限の距離感と節度を保っていた。だが、婚約を申し出た途端に豹変した。
出会ってまだ二カ月。絶対に裏がある。それに王家から口添えまでしてもらうとは、政治の匂いしかしない。利害のための婚約だ。
キッとナツメさんを睨むと、ヤクモ殿下が一喝する。
「いい加減にしろ、二人とも! ……ソウガも少しは彼女たちを諫めろ。仮にも婚約者なのだから」
殿下から注意されて離れると、ナツメさんも小さく頭を下げた。私たちが詫びる中、お兄ちゃんが殿下に問いかける。
「確認させてくれ、ヤクモ。ハナちゃんとの婚約は分かるが、ナツメとはした覚えがない。少なくとも俺はな」
「そうだな、伝えるのが遅くなってしまった。今朝、登校する魔導車の中で聞かされ、俺自身が整理するのに時間がかかった。すまん」
お兄ちゃんは眉をひそめた。私も同じ気持ちだ。婚約する本人を抜きにして決めることではない。思わず問いただす。
「お話を遮ることをお許しください、殿下。なぜ急にこのようなことになったのですか? ナツメさんとお兄ちゃんはただの同級生です。
加えて家同士に縁もゆかりもありません。何より当の本人であるお兄ちゃんが嫌だと言っています!」
私の訴えにヤクモ殿下は首を横に振り、隣に並ぶリュウゾウ先生は表情を曇らせている。その瞬間、ただの政略婚約ではないと悟った。
沈黙が広がる中、ナツメさんがため息をついた。自然と視線が集まると、静かに語り出した。
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