027 魔物の棲む霊峰
魔導機人に乗り込むナツメ。その背後にそびえ立つ禁望山を眺める。王都の西部にあるこの霊峰は、多くの魔物が生息する一般人の侵入禁止地区だ。
危険な気配が漂う禁望山を前に、今朝のことを思い出した。
――俺たちは朝一番で冒険者ギルドに向かい、パーティー登録を済ませ、すぐに依頼を受けた。
何がそんなに嬉しいのか、ナツメは上機嫌だ。掲示板に貼られたC級の依頼書を鼻歌まじりに眺め、適当な依頼をはがし取り、受付へ持っていった。
――まあ、不機嫌よりマシか。
カナさんと笑顔で話すナツメを見て、肩をすくめると、背後から声が届く。
「今日は学校はいいのか? ソウガ君」
振り返ると、ギルド長のキヨコさんが立っていた。昇級のときに少し言葉を交わしただけで、深い面識はないはずだ。首を傾げる俺に、彼女は苦笑する。
「まあ、君は有名人だからな。冒険者登録の翌日に一気にC級になったんだ。コウセン地区では特に。君のおかげで汚水問題も解決したしな」
たしかに方言魔法「きれいか~」で浄化したが、いずれ汚染は再開する。それほど感謝されることでもない。過大評価だと思い、眉をひそめた。
困惑する俺を見て、キヨコさんは理由を察し続ける。
「……あれから、コウセン地区に行っていないのか。理屈は分からんが、今も浄化は続いているよ。住民たちは神の奇跡と言ってるそうだ。……自分で使った魔法なのに、知らなかったんだな」
その言葉に息を呑む。たしかにあのときは、かつてないほど魔力を持っていかれた。最上級の「まっご」と「たいぎゃ」を並行展開したのだから当然だ。
効果範囲が分からない魔法で地区すべての側溝を掃除するには、それ以外考えられなかった。
気持ちを切り替える。しばらく浄化が続き、それで住民が喜んでくれるなら本望だ。それを教えてくれたキヨコさんに礼を言う。
「教えてくれて、ありがとうございます。ちなみに学校は休みました。五月病です!」
「五月病にかかった者は、そんなにはきはきと話さないと思うが……」
彼女が笑みをこぼす。緑色の短髪にエメラルドの瞳がよく似合う。落ち着いた雰囲気をまとい、素敵だ。こんな大人の女性とパーティーを組みたかった。
思わずため息をつきそうになるのをこらえた。キヨコさんと話していると、ナツメから声がかかる。
「ソウガ君、いつまで喋っているんだい。依頼の手続きが完了したから、さっさと行くよ」
せっかくキヨコさんとお近づきになれたのに、ナツメが腕を掴み、強引に引っ張る。引きずられながら渋々とギルドを出た。
ふと視線を上げると、キヨコさんが手を振っていた。
――禁望山の入口に立ち、微笑みながら見送るギルド長を思い返していた。
つい宙に向かって手を振り返していると、魔導機人に乗り込んだナツメが話しかける。
「それでソウガ君の準備はいい? この禁望山には魔物がたくさんいるけど、今回の依頼はラクーンの討伐だからね。定期的に起きる大量繁殖を防ぐのが目的だよ」
機人の中からでもはっきりと聞こえる。音声拡張機能のおかげだ。魔法とは別の技術が組み込まれた機人。その仕組みに興味はあるが、俺には操縦できない。
自嘲する。だが、今は依頼を達成することに集中する。短く息を吐き、ナツメに告げる。
「了解した。とりあえず、生身の俺が先行する。もし上位の魔物が現れたら援護を頼む。小型は俺が対処する」
指示を出して腰の二振りの短刀に触れる。親父に仕込まれた剣術が、王都の魔物相手にどこまで通用するのか――少しだけ興奮する。
背後で金属がこすれる音がし、巨大な影が落ちる。振り返ると機人が立ち上がり、魔燃機関が唸り出す。
歩き始めた魔導機人を見つめながら、討伐対象の魔物を思い出す。
この国でいちばんよく見かけ、被害も多いラクーン。だが、その生態は謎に包まれている。なぜ結界を破って王都に現れるのか。
――ナツメも緊張しているようだ。魔燃機関をふかし気味だ。
それは俺も同じで、自然と拳を握りしめていた。もう一度、息を吐いて気合を入れ直すと、鬱蒼と茂る樹海へ足を踏み入れた。
◆
冒険者ギルドから借りた魔導機人――白秋三式。乗り心地は悪くない。整備士の腕の良さを感じる。操縦桿を握った瞬間にしっくりきた。
肩の二門の魔導砲の照準を微調整しながら、暗い森を進む。
先を行くソウガ君に隙はない。不思議な青年だ。特級を上回る魔法を使えるくせに、武術も優れている。
ときおり襲いかかる魔物を一刀のもとに斬り伏せていく。発動まで時間のかかる魔法より、俊敏な小型の魔物には武器が有効だ。
今も背後から迫ったレッドスライムを避けながら、一振りでコアを破壊した。背中に目でも付いているかのような動きに舌を巻く。
しばらく進むと視界が開け、広い荒地に出た。地図で現在地を確認する。どうやらかなり奥まで来たようだ。
山頂に向け、より強力な障壁がいくつも見える。これ以上はC級冒険者が踏み入っていい領域じゃない。
「ソウガ君、ここまでだ。ここから先は私たちには危険だ。それにおかしいよ。まだ一度もラクーンに遭遇していない。すでに恋の季節が始まったのかもね」
――ラクーンは繁殖期に入ると子育てのため姿を隠す。だが、時期的には早い。それに隠れるにしても一匹も見ないのはおかしい。
この国で最も多い魔物だ。年に何度も町中に出没しては被害を出している。生息地であるこの山で一体も見かけないことがあるだろうか。
思案していると、ソウガ君が荒地の隅に生える一本の樹木を指さす。
「おい、あれラクーンじゃないか?」
意味が分からない。幹は少し太く、枝ぶりも変わっているが、あれは木であって魔物じゃない。
もしかして五月病が悪化したのか。不安げに彼を見つめると、突然、手をかざした。
「あつか」
蒼炎の獣が樹木を襲う。次の瞬間、木は形を変えた。悲鳴を上げ、焼かれ続けるラクーン。やがて息絶え、動かなくなった。
呆然として、その様子を眺める。言葉が出ない。ただの樹木が魔物に変化した。
――なぜ、彼は気づいた。
黒焦げになって横たわるラクーンを見つめる彼に薄ら寒いものを感じ、ひゅっと息を吸い込んだ。
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