025 五月病
マサヒコ先輩との決闘を終え、教室に戻ると誰もいなかった。当然といえば当然だ。すでに夜の帳が降りようとしている。
薄暗い教室を歩き、自分の机に着くと、弁当箱が置いてあった。ナツメが遠慮なく食べていたことを思い出し、かすかに怒りが込み上がる。
とはいえ、無駄にするよりはマシだと、蓋を開ける。中には紙切れが入っていた。律儀に礼でも書いたのかと思い開くと、目を丸くした。
『なんでも言うことを聞く約束は、忘れないでね。あなたのナツメより』
すっかり忘れていた自分に腹が立った。生徒会どころの話ではない。俺は魔法の勝負に負け、迂闊にも約束してしまった。
たった一日で敗北と勝利を味わった。どちらにも言えることだが――
――やらなきゃよかった。
この二つで得たものは何もない。残ったのは、ナツメとの約束、マサヒコ先輩の治療費、そして臨時の生徒会の仕事だけだ。
そっと弁当の蓋を閉じ、紙切れを丸めてゴミ箱に放る。
すっかり暗くなった外を見やる。ぽつぽつと灯りがともる光景に短く息を吐き、疲れた体に鞭打って帰路についた。
――――――――――――
翌朝、目を覚ますと体の異変に気づいた。無性に学校へ行きたくない。ついに発症してしまったと嘆く。
――五月病だ。
前世を含め、一度も発症したことのない病に戸惑う。上京して郷愁に駆られていた大学生のときですらなかったのに。
とにかく今日は休むと学校へ伝えようと思ったが、この世界には連絡手段がない。手紙は翌日にしか届かず、間に合わない。
とりあえず、玄関に不在の張り紙を出しておこう。どうせ欠席しても、先生以外に心配するやつはいない。
――ぼっちだから。
そう思った瞬間、五月病が悪化した気がした。家にいても気持ちが塞ぐだけだと気づき、気分転換に出かけることにして外へ出る。
息を吸い込み、気合を入れて扉を開けると、ナツメが笑顔で手を振って待っていた。
◆
配下のショウさんから、ソウガ君が学校を休むらしいと連絡があった。体調でも崩したのかと尋ねると、扉に貼り紙が出ていたとのことだった。
『疲れました。学校は休みます。そっとしておいてください。ソウガ』
内容を聞いて心配になった。かなり精神的に追い詰められている。これは心の病――いわゆる五月病だ。
ソウガ君が気がかりで家に戻ると、すぐに普段着に着替え、彼の家へ向かった。
魔導車を降りて彼の家に着くと、ちょうど出てくるところだった。いつの間にか髪を切り整えた彼を見て、どきりとする。
伸びきった髪に隠れていた精悍な顔つきと、力強く輝く金色の瞳が、今ははっきりと見える。
熱くなる顔を隠し、平静を装う。呼吸を整え、にこりと笑って手を振る。私を見るなり彼は嫌そうな顔をして、そっと扉を閉めようとした。
すかさず足を差し込み、それを防ぐ。どうにか閉めようと、私の足を押し出そうとするが、絶対にさせない。
無言の攻防が続いていると、背後から声が届いた。
「……あの~、すみません。いったい、何をされているのですか?」
振り向くと、ショウさんが小さな籠を持って立っていた。
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