024 武道場での決闘
ソウガに決闘を申し込み、すぐに武道場へ向かった。
魔法では遅れを取ったが、格闘戦なら俺が有利だ。どんな武器を使おうが負ける気はしない。
中に入ると、上着を脱ぎ捨て対峙する。
「おい、早く武器を持ってこい。そこにかかってるだろう」
長剣や短剣、槍など練習用の武器が並ぶ壁を指さす。だが、ヤツは一瞥しただけで向き直った。
「ああ、俺も無手でいいですよ。どうせなら、互いに遺恨が残らない形がいいと思いますので」
目の前が真っ赤に染まる。柔術の名門――武内三頭流・王道館の跡継ぎである俺に、無手で挑むと言ってのけたのだ。
ただ勝つだけでは怒りは収まらない。腕の一本は確実に折らせてもらう。思わず拳を握り込み、歯ぎしりする。
正直、機人に乗れず理不尽な扱いを受けていたヤツには、少し同情していた。生徒会入りに反対したのも、憎んでいたわけではない。
ヤツがヤクモ殿下といざこざを起こしたからだ。チサト先輩は殿下の生徒会入りを断っている。そこにソウガを入れれば、王家に対する忠義を疑われかねない。
そうした背景から俺はソウガの加入を拒んだ。だが――今の態度を見れば明らかだ。ヤツは生徒会にふさわしくない。
挑発的な発言をした俺にも非はある。だがそれを差し引いても、目上への礼を欠いた態度は看過できない。
ハンナには悪いが――ここで徹底的に教育させてもらう。
そう決意し、チサト先輩に目配せすると、先輩は小さくため息をつき、試合開始を宣言した。
◆
いつもはあまり感情を表に出さないお兄ちゃんが、珍しく怒りを露わにしている。きっと、マサヒコ先輩の言葉に反論した私のことを思ってのことだ。
今も先輩を鋭く睨んでいる。だけど、無理だけはしてほしくない。いくらお兄ちゃんが強くても、柔術の達人である先輩と戦って無事で済むはずがない。
どうか大怪我だけはしないでほしい。自然と両手を握り、クムァムーン様に祈りを捧げた――そのとき、チサトさんが試合開始を告げた。
それに素早く反応したマサヒコ先輩が猛然と突進。動きは鋭く速い。一瞬で間合いを詰め、お兄ちゃんに掴みかかる。
だが、お兄ちゃんはその手を手刀で打ち落とし、距離をとる。それでも先輩は踏み込み、腰を落として両足を刈ろうとした。
刹那、先輩が膝から崩れ落ちる。
お兄ちゃんの膝が先輩の顎を打ち抜いていた。膝をつく先輩に中段蹴りを放つ。
空を裂き、先輩の顔に迫る蹴り。勝負が決まったと思った瞬間、先輩は倒れ込み、反転してお兄ちゃんの足を掴んだ。
そのまま巻き込み倒し、両手で足首を極めにかかる。だが、お兄ちゃんはもう片方の足を突き出し、先輩の肩にねじ込んだ。
一瞬、手の力が緩む。その隙にお兄ちゃんは足を引き抜き、回転しながら起き上がった。
わずかな攻防だけで、二人が尋常ならざる実力者だと全員が悟った。
先輩が強いのは分かっていた。だが、まさかお兄ちゃんが無手でも、ここまで戦えるとは思っていなかった。
しかも相手は名門・武内三頭流の達人――マサヒコ・キィビレッジ。
今も激しい攻防が続く。先輩は寝技を諦め、打撃へと切り替える。
その鋭い連撃を、お兄ちゃんは冷静に捌いていく。拳でも手刀でもない不思議な手の握りで、先輩の拳を払い、落とし、受け流す。
黙々と打ち込んでいた先輩が突然、腰を落とした。再び飛びかかるかと思った瞬間、前に倒れ込みながら浴びせ蹴りを放った。
完璧に意表を突いた攻撃に誰もが驚愕し、言葉を失う。ただ一人、お兄ちゃんを除いては――。
先輩の蹴りに対して、お兄ちゃんも浴びせ蹴りを繰り出した。それはより鋭い軌道を描き、先輩の鎖骨を砕いた。
互いに地面に倒れる。苦悶の表情を浮かべる先輩が肩を押さえようとした瞬間、その腕を掴み両足で挟み込んだ。
――関節が極まり、腕を締め上げる。鎖骨が折れ、力の入らない先輩に抗う術はない。
けれど敗北を口にせず、歯を食いしばる先輩。お兄ちゃんがチサトさんを見やるが、止めるべきか迷っている。
ため息をついたお兄ちゃんは、思い切り体を反らした。
ボキッと嫌な音が武道場に響き渡り、戦いの決着を告げた。
◆
完璧に関節を極めたソウガ君。戦いを止めるべきか逡巡する。素人から見ても、マサヒコ君の負けは明らかだ。
だが、彼の誇りが負けを認めようとしない。名門の跡継ぎ――その言葉が重くのしかかっているのだろう。
マサヒコ君の気持ちが分かり、言葉が詰まる。そんな私をソウガ君は一瞥し、容赦なく彼の腕をへし折った。
冷たく光るソウガ君の金色の瞳に、背筋が凍った。
腕を押さえて蹲るマサヒコ君を横目に、彼は立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。思わず、たじろいでしまう。
私が口を開こうとしたとき、彼は深く頭を下げた。
「少しやり過ぎたようです。先輩の治療費は俺が出します。遠慮なく申し出てください。あと、生徒会ですが、先輩が復帰するまでならお手伝いします」
その言葉に息を呑む。これほどの実力を見せられても、素直に生徒会に受け入れられない。
――さっきまでは、彼の勧誘に必死だったのに。
彼の異常さに気づいたからだ。魔法の才能だけではなく、武術の実力もずば抜けている。まさに王導機人のような人間。
彼はきっと劇薬だ。使いどころを間違えたら致死性の毒薬になる。だが、うまく使えば、難病を治す特効薬にもなり得る。
相反する二面性。まさしく彼を表している。場違いにも、自然と口角が上がってしまった。
そんな私を見て、彼は申し出を受け入れたと思ったのだろう。微笑み返すと、上着を拾い、武道場を後にした。
彼が扉を開くと、夕日が差し込み、長い影が落ちる。
――それが足元に触れた瞬間、熱さとも寒さとも分からぬ不思議な感覚が襲った。
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