023 謝罪と決闘
放課後、生徒会室で待っていると、扉を叩く音が聞こえた。生徒会はハンナちゃん以外は揃っている。おそらくソウガ君か、彼女かのどちらかだろう。
入室を許可すると、ハンナちゃんが入ってきた。その後ろには、整った顔立ちの男子生徒。見覚えのない顔だった。
彼女は入ってくるなり深々と頭を下げ、後ろの生徒も続く。その意味が分からず、目を瞬かせていると、彼女が顔を上げ、口を開いた。
「チサト会長、および生徒会の皆さん。本当に申し訳ございませんでした。私の婚約者――ソウガ・アクオスがご迷惑をおかけしました。いかなる罰もお受けする覚悟です」
そこで言葉を切り、彼女は王都の老舗菓子屋「香り梅」の折詰をすっと差し出した。やはり、意味が分からない。呆然とする私に、彼女は言葉を続けた。
「ただ、本人も反省しております。どうか温情あるご判断をお願いいたします。もちろん、食堂の椅子に関しても、当家が責任を持って弁償いたします」
まっすぐこちらを見据えて、再び深く頭を下げる。
そこでようやく趣旨を理解し、小さく苦笑した。――そうか、彼女は食堂での騒動を謝罪に来たのだ。
となると、背後に立つ男子生徒がソウガ君だろう。
改めて観察すると、ぼさぼさだった髪は切り揃えられ、整えられている。そのせいで容貌がはっきり見えた。
精悍な顔立ち、鋭い眼差し、そして強い意志を宿す金色の瞳。美男子と言えなくもない。
昼に見せた粗野な態度は影を潜め、今は直立不動でじっとこちらを見据えている。そんな彼を眺めていると、ハンナちゃんの声が届いた。
「それで、彼の罪について、どのようにお考えでしょうか?」
彼女たちはあの件を「罪」と考えているようだ。けれど、私はそうは思っていない。
壊れた椅子も大量生産の安物で、弁償を求めるつもりはなかった。ただ、去ろうとする彼を引き留めたくて、とっさに口にしただけだ。
だけど、思ったより効果があった。心の中で薄く微笑む。これなら簡単に勧誘できそうだ。
「二人とも、とりあえず座って。食堂の件だけど、あれは私たちにも非があったの。何も知らない彼に詰め寄るような真似をしたのだから」
穏やかに語りかけると、ハンナちゃんは目に見えて安堵した。だが、背後のソウガ君はどこか不満げな顔をしている。
苦笑を浮かべつつ、腰を下ろした二人を見て、さらに言葉を重ねた。
「それに椅子のことも気にしないで。かなり値が張るものだけど、私が支払うわ。責任ある者の務めだから」
『値が張る』――その一言に、彼の肩がわずかに震えた。やはり気にしているのは弁償だけらしい。
私たちに対する罪の意識も、畏敬の念も見えない。
喧嘩両成敗だから罪を感じる必要もないし、あれほどの魔法が使える彼が、学園屈指の実力者が揃う生徒会を恐れるとも思っていない。
けれど、去り際に反応したのは「弁償」。実家は騎士爵、裕福ではないのだろう。そこに人並みの執着を見せた。
ならば逆手に取ればいい。弁償させればそこで終わるが、私が肩代わりすれば「貸し」ができる。こちらが交渉で優位に立てる。
「だから、何も気にしないで。ただ――少し困ったことがあるの。実はさっきの件でマサヒコ君が怪我をして、生徒会の仕事に支障が出ているの。できれば、ソウガ君に手伝ってもらえないかしら?」
その瞬間、意外にも反応したのはマサヒコ君だった。立ち上がり、彼を指さして叫ぶ。
「ちょっと待ってください、チサト先輩! こんなヤツを生徒会に入れるつもりですか! 俺は反対です。栄誉ある生徒会に、魔法しか能のないEクラスの落ちこぼれを入れるなんて!」
心の中で舌打ちをした。事前に伝えていなかった私の落ち度だが、これほど激しく反対するとは。彼は隔たりなく誰にでも接する人格者だ。
――少なくとも、私はそう思っていた。
なにが彼をそこまでさせるのか。首を傾げていると、ハンナちゃんが鋭い声で反論した。
「マサヒコ先輩、今の言葉――撤回してください! お兄ちゃんはEクラスですが、入学試験の筆記は満点でした。それに魔法は前代未聞の百二十点。……ただ、機人適性がなかっただけで、落ちこぼれなんかじゃありません!」
温和な彼女が感情を露わにして抗議したことに、生徒会の面々は驚愕した。だがマサヒコ君はすぐに冷笑を浮かべる。
「ふん、やはり落ちこぼれじゃないか。機人に乗れないなんて、奴隷でもできることだぞ!」
いくら何でも言い過ぎだ。私は慌てて立ち上がり、叱責しようとした。――だが、遅かった。
刹那、生徒会室に異様な気配が満ちた。空気は一気に冷たくなり、背筋を汗が伝う。誰もが息を呑み、言葉を失った。
そんな中、ソウガ君が静かに立ち上がり、冷ややかに言葉を放つ。
「マサヒコ先輩。俺と勝負をしましょう。戦い方は任せます。機人でも、生身の格闘戦でも――先輩が一番得意なものでいいですよ」
ソウガ君の金色の瞳が鋭く光り、彼を射抜く。殺気とは違う、圧のこもった視線に耐えながら、マサヒコ君はかろうじて答えた。
「……ああ、いいだろう。なら魔法禁止の決闘だ。武器は自由。好きなものを選べ。負けたら二度と生徒会に近づくな!」
思わずマサヒコ君を見やる。彼は幾度も大会で優勝している柔術の使い手。無手の戦いなら近衛騎士にも匹敵する。
しかも魔法禁止――ソウガ君に勝ち目は薄い。なぜ彼をここまで排斥するのか、理由が分からない。
だが、決闘は決まってしまった。止めることはできない。
私は深く息を吐き、椅子の背にもたれた。天井を仰ぐと、窓から風が吹き込み、青葉の香りを運んでくる。
――その香りは、不思議と胸のざわめきを少しだけ和らげた。
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