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方言だけ最強。機人×魔法の学園で逆転  作者: 黒鍵


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022 ハンナの献身

 私が教室に入ると、ソウガお兄ちゃんの姿はなかった。机にはナツメさんだけが座っている。まさか、さっきの授業で怪我でもしたのだろうか。


 大空から落ちていくお兄ちゃんを見たときは、血の気が引いて倒れそうになった。運よく無事だったけれど、もし飛翔魔法を使えなかったら大惨事になっていたはずだ。


 ――もしかしたら、あの魔法には後遺症が残るような危険があるのかも……。


 一瞬で顔が青ざめ、慌てて保健室へ行こうとする。けれど、ナツメさんが机に肘をつき、ニコニコしている姿が気になった。


 お兄ちゃんに飛翔魔法を使わせた張本人が、教室にいるのは不自然だ。事情を聞こうと歩み寄る。


「こんにちは、ナツメさん。お兄ちゃんを知りませんか?」

「ううん、知らないよ、ハンナさん。弁当も出してあるし、どこに行ったんだろうね?」


 視線を落とすと、ナツメさんはお兄ちゃんの弁当を食べていた。思わずこめかみに青筋が浮かぶ。相変わらず図々しい。


 だが彼女も行き先を知らないとなると、お兄ちゃんはどこへ行ったのだろう。


 首を傾げていると、教室の扉が開き、お兄ちゃんが戻ってきた。ただ、その表情は冴えず、どこか悩んでいるように見える。


 とぼとぼと歩き、席に座るとそのまま机に突っ伏した。何があったのか分からず唖然としていると、ナツメさんが上機嫌に声をかける。


「どうしたの、ソウガ君。そんなに落ち込んで。嫌なことでもあったのかな? ぷっ、もしかして私に負けたことがそんなに悔しい?」


 彼女は揶揄するが、お兄ちゃんは相手にしない。顔を上げることなく固まったままだ。心配になった私は、ヤクモ殿下の席に腰を下ろし、優しく声をかける。


「お兄ちゃん。具合でも悪いの? あんなすごい魔法を使ったから、後遺症でもあるのかな?」


 その言葉に反応し、お兄ちゃんがゆっくり顔を上げた。暗い表情で悩んでいるのが一目で分かった。


 ただ体調が悪いわけではなさそうだ。肌の色もよく、熱もない。少し安心して、改めて尋ねる。


「もしよかったら教えてほしいな。婚約者なんだし、困ったことがあったら何でも話してほしいの」

「そうだよ、遠慮はいらないよ。私と君の仲なんだしね」


 ナツメさんのせいで、せっかく口を開きかけたお兄ちゃんが黙ってしまった。本当に邪魔な人だ。私はため息をつき、強引にお兄ちゃんを立たせて腕を掴む。


「すみません、ナツメさん。お兄ちゃんは午後の授業を欠席します。リュウゾウ先生に伝えておいてください。それでは」


 そう言い残してお兄ちゃんを連れ出す。廊下ではクラスメイトに午後の欠席を伝えながら進む。


 呆然とするお兄ちゃん。だが婚約者として放ってはおけない。


 屋上に着き、ベンチに座らせて隣に腰を下ろす。両手を握り締め、顔を上げると、困惑するお兄ちゃんと目が合った。頬が少し熱くなる。


 誤魔化すように咳払いして、改めて聞いた。


「お兄ちゃん、本当に何があったの? ここならナツメさんもいない。頼りないかもしれないけど、教えてほしいの。だって私は婚約者なんだから」


 お兄ちゃんは眉をひそめ、話していいのか迷っているようだった。彼の手をぎゅっと握ると、かすかに微笑み、ついに語り出した。





 俺は食堂で生徒会と揉めたことを話した。当然、ハナちゃんは顔を青ざめ、言葉を失った。あの椅子は高そうだったし、正直かなり後悔している。


 あのとき一瞬、頭に血が上って重力魔法「おもか」を使ったのは失敗だった。まさか椅子まで巻き添えにしてしまうとは思わなかった。


 だが、マサヒコ先輩にも非はある。とっさに椅子を掴んだせいで押し潰され、壊れたのだ。だから生徒会には折半を主張するつもりだ。


 値段は分からないが、絶対に一人では払わない。もし先輩が拒否するなら、決闘を申し込んででも半分は払わせてやる。


 固く決意していると、ハナちゃんがため息をつき、困惑しながら口を開いた。


「ありがとう、お兄ちゃん、話してくれて。だいたいの事情は分かったわ。でも少し安心した。相手が生徒会なら、私が力になれると思うの」


 自信ありげな口調に首を傾げる。何か秘策でもあるのだろうか。ひょっとすると安く椅子を売っている店を知っているのかもしれない。


 頼もしく見えるハナちゃんに笑顔で礼を言うと、そのまますぐに行こうと手を掴まれた。


 授業中だが、たしかに早めに動いたほうがいいかもしれない。売り切れる可能性だってある。


 俺が頷くと、ハナちゃんは満面の笑顔を浮かべて頷き返した。





 お兄ちゃんが生徒会と問題を起こしたと聞いたときは混乱した。けれど、会計を務めている私は、チサトさんやマサヒコ先輩とも面識がある。


 とくにマサヒコ先輩から投げ飛ばされたと聞いたときは、心臓が跳ねた。先輩の家は柔術の道場。本人も師範代で、学園屈指の実力者だ。


 チサトさんもティアモリー領を治める子爵の令嬢で頭脳明晰。将来は女性でありながら家を継ぐことが決まっている才女だ。


 そんな傑物たちが揃う生徒会に目をつけられたなら、まともな学園生活は送れない。けれど人格者でもある先輩たち――


 誠心誠意で謝れば、きっと許してもらえる。そのためには、まず伸びっぱなしの髪を切って、身なりを整える必要がある。


 ――外見は大事だ。同じ言葉でも、印象はまったく違ってくる。


 すぐにお兄ちゃんを連れて、行きつけの美容室へ向かった。


 店に着くと、落ち着かない様子で辺りを見回すお兄ちゃんを椅子に座らせ、専属の美容師を呼んで事情を説明する。散髪から髪を整える仕上げまでお願いした。


 お兄ちゃんが「椅子はどこ?」と意味不明なことを呟いていたが、時間がない。まだキョロキョロしている彼に優しく声をかけ、安心させる。


「大丈夫よ、お兄ちゃん。とにかくじっとして、このお姉さんの言うことを素直に聞いてね。私はお父様御用達の菓子屋で折詰を買ってくるから」


 髪を解かれながら不安そうにこちらを見つめるお兄ちゃん。その姿に母性本能をくすぐられ、胸がキュンとなった。


 ――絶対にお兄ちゃんを守ってみせる!


 固く決意して店を出ると、陽射しはすでに夏めき、大通りのレンガを眩しく照らしていた。

ブクマで続きやすくなります。

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