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方言だけ最強。機人×魔法の学園で逆転  作者: 黒鍵


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020 ナツメ、声なき詠唱

 クラスメイトが校庭に広がり、互いに十分な距離をとる。それを確認したリュウゾウ先生が試合開始を宣言した。


 ナツメと対峙した俺にも先生の声が届いた。すぐに初級の火魔法の詠唱に入る。


「大気は炎の元となり、光と熱を放ち、敵を食い破らん。ファイヤーボール!」


 右手から火球が生まれ、ナツメを襲う。だが突然、水の壁が現れて打ち消された。その光景に思わず目を見張る。


 ナツメの口は動いていなかった。無詠唱でこれほどの威力は出せるはずがない。方言魔法でもない。何が起きたのか理解できず混乱する。


 ナツメを見つめるが、笑顔を崩さず立っているだけだ。


 ……方言魔法のような異質の力を使っていたのだろうか。だとすれば授業としては失格だ。だが、リュウゾウ先生を見るが、注意する気配はない。


 小さく頭を振り、気を取り直して再び詠唱する。


「業火の地より生まれ極寒の海へと帰る大気のうねり。ストリーム!」


 巨大な竜巻が巻き起こり、ナツメに迫る。しかし突如、火柱が迸り、渦を断ち切った。


 訳が分からない。ヤツは一度も口を開いていなかった。視線を逸らさず見ていたから間違いない。俺の詠唱はヤクモの次に早く、威力なら並ぶ。


 ――その魔法をナツメは無詠唱で相殺してみせた。


 才能の差なのか、努力が足りなかったのか――その両方か。ただひとつ分かったのは、本来の魔法において俺はナツメに数段劣っているという事実だ。


 呆然とする俺に、ナツメが初めて詠唱した。


「大気は()の元となり、耀()と熱を放ち、敵を()い破らん。ファイヤーボール!」


 その瞬間、俺の放った火球の三倍はある火の塊が飛んできた。詠唱を始めるが間に合わず直撃し、腕輪の魔石に大きな亀裂が入った。


 初級魔法とは思えない威力。しかも俺よりも早い詠唱。かなりの魔力を消費したはずなのに、ナツメは笑顔のまま――その目の奥には冷たさが滲んでいた。


 自然と視線が鋭くなる。かすかに殺気を込めて睨む。だがナツメは口元を綻ばせ、軽く手を振ってみせた。


 一瞬で視界が赤に染まり、我を忘れる。気がつけば上級の土魔法を詠唱していた。


「大地を震わす歪み、天を突く岩の剣。グランドソード!」


 足元が激しく揺れ、巨大な石の剣が出現する。それはナツメに向かって、まっすぐ突き進んだ。


 過剰な魔力を込めたせいで勢いは凄まじく、剣そのものも巨大だ。


 明らかに腕輪の力で防げる魔法ではない。俺は方言魔法で消滅させようと詠唱に入った、そのとき――


劫火(・・)の地より生まれ獄寒(・・)()へと()る大気のうねり。ストリーム!」


 ――ナツメが中級の風魔法を完成させた。


 次の瞬間、強烈な竜巻が発生する。想像を絶する威力で、一瞬にして石の剣を粉々に砕いた。


 それでも勢いは衰えず、荒れ狂う暴風は校庭にいるすべてを薙ぎ払うかのごとく猛然と進む。


 そして、その威容を前に立ち尽くすしかない俺を、容赦なく飲み込んだ。







 肝を潰したようなソウガ君の表情を見て、胸の奥が満たされる。無詠唱魔法と勘違いしたときの彼は実に見ものだった。


 ――まあ、あながち間違いではない。


 私の一族は代々、多くの文豪を輩出してきた。文才に秀でた者が多く、私も例外ではない。ただ、家族が文官の道を選んだのに対し、私は違った。


 私には魔法の才能もあった。生まれつき魔力が高く、成長速度も常識外れだった。何より魔法をイメージする力が群を抜いていた。


 十歳のころには、すでに初等部の教師を圧倒する魔法を放てた。周囲は天才ともてはやしたが、私は満足できなかった。


 ――魔法には、まだ可能性がある。


 そう考え、辿りついた答えが「詠唱文の筆談」と「深い読解力によるイメージ強化」。この二つによって、理想の魔法に少しだけ近づいた。


 筆談による詠唱は、声を発する必要がない。素早く指を動かし詠唱文をなぞるだけで魔法が完成する。速度も威力も他者を圧倒した。


 さらに詠唱文を文学的に読み解き、解釈を加えることでイメージは膨らみ、威力は何倍にも増した。


 ただし、こちらは実際に言葉を口にしないといけないところが惜しいところだ。


 この二つを駆使することで、ソウガ君を圧倒できた。従来の魔法なら、私は彼を圧倒できる。


 そう確信して、大空へ舞い上がるソウガ君を見上げる。腕の魔石は砕け、つい口角が上がった。


 屋上を越えても、まだ上昇している。……少しやり過ぎたかもしれない。いつまで経っても落ちてこないソウガ君を見て、笑みが消える。


 リュウゾウ先生が大声で、生徒たちに体育倉庫からマットを運ばせていた。保健室へ走る者もいる。


 再度、空を仰ぐと、ソウガ君はついに上昇を止め、落下を始めていた。速度はどんどん増し、勢いを帯びていく。



 ――あっ、これはまずい。



 隕石のように大気を裂き、地表へ突っ込むソウガ君を見て、私は思わず顔色を失い、背中に冷たい汗が伝った。







 次第に大きくなる校舎を眺めながら思った。


 ――これは、やり過ぎじゃないか。


 たしかに中級魔法ではあったが、威力は特級並みだ。基礎の授業どころの話ではない。


 視線を下げると、リュウゾウ先生が顔を真っ青にして、生徒たちに必死で指示を飛ばしていた。


 ――やっぱり先生は優しい。いや、責任感が強いのだろう。


 ふとナツメと目が合った。ヤツは笑顔で手を振り、そのあと両手を合わせて頭を下げた。


 少しは反省しているようだ――許すつもりはないけどな!


 周囲を見れば、生徒たちは顔面蒼白で、両手で目を覆う者もいる。このまま何もしなければ、潰れたトマトみたいになるのは確実だ。


 校庭が真っ赤に染まるだろう。地面に方言魔法を放って爆風で勢いを殺すのもありだが、生徒たちを巻き込む危険がある。


 どうしようか迷っていると、ヤクモが視界に入った。マットを抱えて走っている。他の生徒と一緒に運んでいる姿に、意外に優しいヤツだとほっこりする。


 ――ナツメより、よっぽど仲良くなれそうだ。


 だが、悠長にしている場合じゃない。もう屋上を過ぎ、校庭の生徒の顔まではっきり見える高さだ。


 全身に魔力を巡らせ、方言魔法を唱える。


「ういとるたい」


 ――直後、体が羽のように軽くなる感覚を覚える。


 途端に重力から解放され、たんぽぽの種のようにふわふわと宙を漂う。その姿を仰ぎ見た生徒たちは、一斉に顔をこわばらせた。


 いきなり伝説の飛翔魔法を見せられたのだから、仕方がない。厳密には方言魔法だが、誰にも分からない。


 とはいえ、浮いているだけで自在に動けない。このままでは風に流され、どこに飛ばされることになるやら。


 まだ少し高いが、魔法を解除して地面に降り立つ。すぐにリュウゾウ先生が駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫か、ソウガ。怪我はないか?」


 やっぱり先生は優しい。本当に心配そうな顔を見て、胸の奥が温かくなる。思わず笑顔で答えた。


「全然、大丈夫です。怪我一つしていませんよ!」

「……そうか、よかった――」

「本当! いや、よかったよ。もしソウガ君に何かあったら、どうしようかと思ってたんだ。いくら先生の言った通り中級魔法以外(・・・・・・)は使ってないとはいえ、さすがにやり過ぎたかなって思って」


 突然、ナツメが割り込んできた。しかも強引に両手で俺の手を握り、涙ぐんでみせる。その姿に周りの生徒たちも涙ぐむ。


 だが、震える声はわざとらしく、目は乾き、その奥に勝ち誇った色がかすかに見える。明らかに心配なんてしていない。


 正確には――自分が失格になることだけを心配していた。


 だからこそ、先生の前で中級魔法しか使っていないとアピールしたのだ。俺を気遣うふりをして!


 とにかく無事だった。それでよしとする。こいつに関わるとろくなことがないと改めて分かっただけでも収穫だ。


 握られた手を振りほどき、先生に休憩を申し出て、その場を後にする。


 日が昇り、初夏を思わせる日差しを浴び、木陰へ向かおうとしたそのとき――背後から声が届いた。


「ねえ、ソウガ君。私の勝ちだよね。言うことは聞いてもらうよ」


 その瞬間、背中に大量の汗が流れ、膝が崩れ落ちそうになり、喉がひゅっと鳴った――逃げ道は、ない。

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