002 漆黒の神像
目の前に微かに見える若い女の人は、微笑みながら顔を近づけてきた。
金髪に金眼――外国人のような顔立ち。明らかに記憶にない。人生でこんな近くで外国人を見たのは初めてだ。
焦りと混乱の中、必死に状況を理解しようと頭を巡らせた瞬間、記憶が弾ける。
――そうだ、俺は死んだんだ。
一気に蘇る光景。夜行バスが逆走車と正面衝突し、先頭に座っていた俺は車外へ投げ出され……。
気がつけば真っ白な部屋にいた。目の前には、美しい女性が本を読みながら座っている。天国にしては殺風景だなと思い見渡すと、女性が声をかけてきた。
「あんた、死んだよ。これから転生させるから、頑張って」
それだけを告げると、女性は手をかざした。その瞬間、体が光り始め、透けていく。俺は慌てて叫んだ。
「ちょっと待って! 俺は死んだと? それに転生ってなんね!」
困惑する俺を見て、女性はため息をつき、手を下ろす。光は収まり、体も元に戻る。それを確認すると、彼女は早口でまくしたてた。
自らを「地球の女神」と名乗り、ある神に頼まれて俺を転生させるのだという。
チート能力などは与えず、せいぜい前世の記憶を残す程度――それが唯一の特典らしい。
不満げな俺を見て、彼女は再びため息をつき、『制限解除』と呟く。――いや、声が小さすぎて、『…いげん、かいじょ…?』としか聞こえない。
聞き返そうとしたが、もう一度、こちらに向かって手をかざした。
光に包まれる俺は、結局「どの神に頼まれたのか」「なぜなのか」も分からないまま、問答無用で転生させられた。
――――――――――――
あの無愛想な女神の言葉を思い出し、少し怒りが込み上げてくる。
そんな俺を、女性は愛おしそうに抱きかかえ、鏡の前に立った。胸に抱く俺を映しながら、優しく語りかけてくる。
「ふふふ、ソウガの瞳は私にそっくり。髪の色はライガに似て黒いわ」
鏡に映る姿を見て安心した。ちゃんと人間に転生できたようだ。……スライムじゃなくてよかった。
ぞんざいに見えた女神だが、どうやらそれなりの環境に転生させてくれたらしい。
俺を抱く女性はかなり美しく、高貴な雰囲気を漂わせている。
ちらりと部屋を見渡せば、家具や調度品は立派で、隅には侍女が控えていた。どう見ても裕福な家だ。
生まれてすぐに苦労することはなさそうだと胸を撫で下ろす。
そんな中、黒髪の精悍な青年が部屋に入ってきた。女性に駆け寄り、俺を覗き込む。黒い瞳を見た瞬間、胸の奥に懐かしさがよぎった。
――日本人を思い出させる瞳だった。
じっとその瞳を見つめていると、青年は満面の笑みを浮かべ声をかけてきた。
「かわいいな、カエデ。これが俺たちの子どもか。目はお前に似て綺麗だし、髪は俺にそっくりだ。顔も……俺寄りかな? カエデに似れば美男子になったのにな」
「もう、そんなことはないわよ、ライガ。あなたに似て、精悍で素敵な男の子になるわ」
二人は笑い合い、侍女に出かける準備を命じた。
やがて整った支度で馬車に乗り込む。二人の会話から、俺は「洗礼」を受けに行くのだと知った。
どうやら、この国では洗礼を受けなければ正式な人間と認められず、魔法の素養も与えられないらしい。
理屈は分からないが、魔法が使えないのは困る。異世界に来た意味がなくなる。目的はまだなくても、魔法だけは絶対に使いたい。
魔法という言葉に胸を躍らせていると、馬車は大きな教会の前で止まった。その建物は不思議なことに、どこか和風――故郷・熊本の趣を漂わせていた。
ライガが先に降り、カエデを優しくエスコートする。笑顔を交わしながら二人は中へと歩みを進めた。
教会の中も、木組みの梁と肥後の意匠が目に入る。カエデの腕に抱かれたまま祭壇へ向かうと、そこには神父と思しき老人が立ち、朗らかに笑んでいた。
その背後に祀られた神像を目にした瞬間、息が止まる。
漆黒の巨体、朱を差した頬、丸い耳がちょこんと立つ。神々しいのに、人ならざる異様さを湛えた姿。俺は心の中で呟いた。
『……これ、くまモ〇じゃん』
祭壇にそびえる神像は、俺の故郷――熊本のアイドルそのものだった。
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