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方言だけ最強。機人×魔法の学園で逆転  作者: 黒鍵


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018 側溝が清流に――一発で『C』昇級

「すいません、ここの側溝を掃除すればいいんですか?」


 この地区を管理する区長さんに確認すると、鼻を摘まみながら頷かれた。たしかに側溝からは強烈な腐敗臭と酸性の刺激臭が漂っていた。


 ――俺はG級冒険者として登録された翌日、連休までにD級になると決意して、さっそく掲示板にあったドブ攫いの仕事を受けた。


 報酬が安く汚くてきつい、誰も受けたがらない依頼。だが、その分ギルドの貢献度は高く評価されやすい。


 うまくいけば二、三件こなせばF級まで上がれるはずだ。


 そう思ったが、少しだけ後悔していた。目の前の側溝の蓋を開けると、黒ずんだ汚水にネズミの死骸や腐りかけの残飯が浮いている。


 不快な臭いが鼻の奥を刺激する。布で口と鼻を覆っても、防ぎきれなかった。


 とにかく急いで流れをせき止めている汚泥を取り除こうと、片足を突っ込むと、ムニュッと気持ち悪い感触が長靴越しに伝わってきた。


 全身の肌が粟立つ。何が悲しくてこんなことをやらなきゃいけないんだ。思わずため息が出るが、依頼主である区長さんの視線を思い出し、気を取り直す。


 意を決して両足を入れ、スコップを突き刺して汚泥をすくう。真っ黒な粘土状の泥には、動物の骨と思しき物体まで混ざっていた。


 想像を絶する臭さは目すら刺激する。なんで魔法がある世界で、肉体労働をしてるんだ。涙が出そうになる。


 現実の厳しさに心が折れかける。もう空間魔法「あどぜき」で全部吸い込んでしまおうか。そうすれば一瞬で片付く。


 スコップを脇に置き、右手を掲げて魔力を込め、方言を唱えようとしたそのとき、閃いた。


 魔法はイメージが大事だ。それは方言魔法も同じ。ならば、望む事象に即した方言を詠唱すればいいのかもしれない。


 覚悟を決めた俺は、手袋を脱いで素手のまま汚水に突っ込む。後ろで見ていた区長が「うえっ」と呻いた。俺も同じ気持ちだ。


 だが、この魔法は物体に直接干渉する。ならば直に触れたほうが効果は大きいはず。掌に魔力を集め、呟いた。


「きれいか~」


 その瞬間、真っ黒だった汚水が澄んだ水へと変わった。――が、やがて新たな汚水が流れ込み、すぐに元に戻る。


 ――ならば、もっと効果と範囲を上げるまでだ。


 今度は両手を汚水に入れ、先ほど以上の魔力を込めて唱えた。


「たいぎゃ、きれいか。まっご、きれいか」


 直後、両手から眩い光が溢れ、視界を真っ白に染め上げた。次第に光が収まると、目の前には清流が流れていた。





 執務をこなしていると、扉を叩く音が室内に響いた。この時間は、緊急の用件がない限り、訪問は控えるように言ってある。


 非常事態でも起きたのか。すぐに入室を許可すると、受付嬢のカナが困惑した顔で入ってきた。


 わずかに不安が胸をかすめ、つい眉をひそめると、彼女は口を閉ざしてしまう。反省する。上司としての態度ではなかった。無理に笑顔を作り、声をかけた。


「すまん、少し疲れていた。それで急ぎの用か?」

「お忙しいところ、すみません、キヨコさん。実は、ソウガさんのことで……」


 ナツメのお気に入りの青年の名に驚く。昨日登録したばかりで、もう問題を起こしたのだろうか。言いづらそうなカナに微笑みながら続きを促した。


「……じつはですね。長年問題になっていたコウセン地区の汚水問題ですが、ソウガさんが解決しました。これは区長さんからの依頼達成証明書です。追加報酬の届けと、E級昇進の推薦状もあります」


 カナがおずおずと差し出した三枚の用紙を受け取り、目を通して思わず息をのむ。


 あの冒険者嫌いで有名なコウセン地区の区長が、ソウガを称賛し、E級への強い推薦文を綴っていた。


 しかも、銀貨一枚だった報酬にさらに九枚を上乗せし、十倍の金貨一枚にしたいと書かれている。


 だが理由を読めば納得だった。ここ数年、コウセン地区の汚水問題は深刻を極めていた。


 地域ぐるみで清掃しても、すぐに土砂やゴミが堆積し、そこから植物が繁殖、ネズミや害虫が棲みつく。

 

 結果、枯れ葉や死骸が腐敗して堆積し、水を汚す。


 古い地区ゆえ家は密集し、側溝は複雑に入り組み流れも悪い。拡張工事も道幅が狭く不可能だった。


 結局、定期的な清掃しか手立てはなく、住民は次第に疲弊し、参加者も減っていった。冒険者に頼っても適当な仕事しかされず、区長が冒険者を嫌う理由となった。


 だが、その区長がソウガをべた褒めし、自らの権限でE級昇格を強く推している。


 依頼箇所を含むすべての側溝が清掃済みで、水は絶えず清く澄み、汚水が流れ込んでも即座に浄化されるという。そして最後にはこう締められていた。


 ――神の奇跡を見た。


 机に突っ伏しそうになるのを堪え、カナに確認のため職員派遣を命じようとした。だが、彼女は首を横に振り、静かに告げた。


「……すでに複数の職員が確認し、事実だと報告が上がっています。私もこの目で見てきましたが、正直、信じられません。

 ……それにコウセン地区の多くの住民から、ギルドに感謝状が届いています。依頼達成から、まだ数時間しか経っていないのに」


 我慢できず机に突っ伏した。そのまま頭を抱え、今後の対応を考える。成果だけ見れば広範囲とはいえ、G級の依頼を一つこなしたにすぎない。


 だが、ギルドへの貢献度は計り知れない。コウセン地区との関係改善、住民たちの信頼回復、届き始めた感謝状――これだけで十分な成果だ。


 E級どころかC級にしてもいい。むしろここで低く評価すれば、ギルドの信用そのものが揺らぎかねない。


 ソウガの扱いに悩む。取り込むべきか、距離をとるべきか。厄介ごとを持ち込んでくれたものだ、とナツメに舌打ちする。


 たった一日で、ここまでの成果をあげ、多くの者に影響を与える青年――ソウガ。たしかに彼女の言葉は正しかった。


 ソロでS級になれる、いや、それ以上の存在になるかもしれない。その実力を見せつけた。


 ふと視線を落とすと、用紙の文字がかすかに滲んでいる。手を広げると、汗でじっとり濡れていた。





 受付の正面にある掲示板を眺めていると、受付に呼ばれた。


「お待たせしてすみません、ソウガさん。少し確認に時間がかかってしまって」


 申し訳なさそうに頭を下げる受付嬢に、笑顔を向ける。


「いいえ、大丈夫です。ちょうど次の依頼を探していたので、問題ないです。それで報酬の方は……」


 そこで言葉が止まった。彼女の表情は明らかに曇っていた。間違いなく依頼は達成したはずだ。区長もすごく喜んでいた。


 最後は土下座しそうになったのには驚いたけれど、それだけ感謝してもらったと思っている。ひょっとしたら追加報酬もあるかと期待したほどだ。


 眉をしかめる彼女を見て、鼓動が早くなる。初日で依頼を失敗したのかと不安が募る。じっと見つめていると、彼女は真剣な表情で告げた。


「ソウガさん、今回の依頼達成を受けてギルドは、あなたをC級に昇級します。あと報酬も追加で銀貨九枚が上乗せされ、金貨一枚になります。

 それとは別にギルドからも、長年の汚水問題を解決した功績に対して、金貨二枚を支払うことになりました」


 理解できない。ただの清掃活動がなぜ。魔法で汚水をきれいにしただけだ。しかも一時的なもので、すぐに汚水に戻るはずだ。


 追加報酬は分かるが、G級からC級に上がるほどの貢献はしていない。それにギルドからも報酬が出るなんて聞いたことがない。


 少なくとも俺が読んだ本には書かれていなかった。


 目を丸くして固まる俺を見て、彼女はぎこちなく笑顔を作り、言葉を続ける。


「……それでは申し訳ありませんが、登録証を戻していただけますか? 今からC級への昇級手続きに入りますので。

 あっ、それとこれからの依頼は、すべて私を通してもらうことになります。私の名前はカナ――カナ・クラシエルです。よろしくお願いします、ソウガさん」


 深々と頭を下げる受付嬢――カナさんを見つめ、とりあえず首にかけていた木製の登録証を差し出した。


 受け取ると、彼女は後ろに控えていた職員に渡し、一枚の用紙を出した。そこにはC級冒険者に昇級するための注意事項が書かれている。


 働かない頭で必死に読み込み、サインをして返す。カナさんも確認して頷いた。すると、いつの間にか戻ってきた職員が小さな箱を持って立っていた。


 彼女が目配せすると、職員は箱をカウンターに差し出した。沈黙が満ちる中、俺は恐る恐る受け取り、箱を開けた。


 そこには金色のクムァムーン様のペンダントが入っていた。


 その神々しいまでの姿は、どう見ても前世の土産物屋で売っている故郷のアイドル――くまモ〇のストラップにしか見えなかった。

ここまで読んでくれてありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
「きれいか~」からの「たいぎゃ、きれいか。まっご、きれいか」への流れがあまりにも美しくて、私の心も浄化されました。 また、くまモ〇のストラップ似ペンダントが登場したシーンでは、クマモト愛がしっかり込め…
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