017 G級冒険者
冒険者登録をした次の日の昼休み。ナツメはいつもに増して機嫌がいい。さっそく俺の弁当を覗き込み、カニさんウインナーを奪った。
ペアで作ったタコさんウインナーが悲しげに見ている。いつまでも一人にさせておくのは可哀想だと思い手を伸ばすと、すかさずナツメが攫っていった。
ハゲタカのようなヤツだと思ったが、こいつのおかげで冒険者になれたかと思うと、何も言えない。安い報酬だと割り切って無視することにした。
黙々と食べていると、ハナちゃんが声をかけてきた。
「お兄ちゃん、連休はどうするの? 実家には帰らないんでしょ?」
心臓が跳ね上がった。どうして実家に帰らないことを知っているんだ。両親以外には言っていないはずだ。連休中は一人で静かに過ごしたい。
――冷や汗が背中を伝った。
何と答えていいか迷う。ナツメになら適当な嘘をついても心は痛まないが、ハナちゃんにはつきたくない。つい黙ってしまう。
すると、ハナちゃんがため息をつき、言葉を続けた。
「分かってる。お兄ちゃんは家計を支えるために、連休中は冒険者になって働くんだよね。ライガ様から手紙が届いたわ。――支えてほしいって」
そう言って一通の手紙を差し出した。不吉な予感がする。びくびくしながら受け取り、便箋を広げる。
そこにはびっしりと文字が並び、家のために健気に尽くそうとする息子のことが書かれていた。
差出人は親父。きっとこの「息子」とは俺のことだろうが、まったく身に覚えがない。それどころか、こんな長い文章を親父が書けること自体に驚く。
この前、俺に届いた手紙は『ごめん、忘れてた』の一行だけだった。
思わず手に力が入り、便箋を破りそうになる。間違いなく俺宛てなら引き裂いて燃やしていた。
わずかに残った理性を振り絞り、笑顔で封筒にしまいハナちゃんに返した。彼女はまっすぐ見つめながら言った。
「だから、連休中はお兄ちゃんの家にいてあげる。そして婚約者として支えるから、安心して!」
――まったく安心できない。俺の頭の中に緊急警報が鳴り響いていた。
今まで一人で自炊して家事をこなしてきた。学校が休みなら時間にも余裕がある。支えてもらうことなど何もない。
それにまだ俺は、婚約を受け入れていない。そんな中途半端な関係で家に泊めるわけにはいかない。そういうのは正式に婚約してからだ。
真剣な表情で見つめるハナちゃんにかける言葉が見つからない。いっそ、あの家は女人禁制と嘘をつこうかと口を開きかけたそのとき――。
「残念だったね、ハンナさん。あの家は女人禁制なんだよ。ほら、この契約書に書いてある。昔、若い夫婦が住んでいて旦那が浮気して相手を家に連れ込んだらしい。
それを見つけた奥さんが二人とも刺して、自らも命を……それ以来、独身の女性が入るとよくないことが起こるんだ」
ナツメは小さく息を吐き、首を横に振った。
――なにそれ、怖い!
恐怖で口を閉ざすと、ナツメは手にした契約書をすっと差し出し続けた。
「……だから、あんな一等地なのに家賃が安いんだよ。ほら、これ契約書の写しだけど、ここに書いてあるでしょ」
指さした場所には『女人禁制(独身のみ)』としっかり書かれていた。その下には俺のサインもある。
しっかり目を通したはずだが、そんな文言は見覚えがない。
だが、入試発表で機人適性にマイナス査定を食らい、動揺していたあの時なら見落としていたのかもしれない。
納得はいかないが、これでハナちゃんを傷つけずに断れる。俺は残念そうな顔を作り、呟いた。
「……ふう、そうなんだ。せっかくの申し出は嬉しいけど、契約だから仕方ないんだ。ハナちゃんは同級生とはいえ二つ下だし、ご両親も心配していると思う。実家に帰って安心させてあげなよ。ハハハ」
爽やかな笑顔で告げると、ハナちゃんに半目で睨まれた。少しわざとらしかったか。だが押し切るしかない。
「それにこれは俺の実家の問題だから、ハナちゃんには悪いよ。い、いくら婚約者といっても、あ、甘えたくないんだ」
言った瞬間、つい視線を逸らす。本心じゃないとバレただろう。ゆっくりと顔を上げると、耳まで真っ赤にして俯くハナちゃんが目に入った。
思わずガッツポーズを取りそうになり、必死に堪えると、ナツメが半目で睨んできた。だが嫌われてもいいので無視する。
とりあえず、ハナちゃんも納得してくれたはずだ。あとは今日の放課後に冒険者ギルドで登録証のペンダントを受け取るだけだ。
それで今度の連休は冒険者として稼ぎまくる。
そう決意して弁当を見ると、すべてナツメに食べられていた。学園生活の唯一の楽しみを奪われ、涙が零れた。
――――――――――――
放課後になり、急いで冒険者ギルドに向かった。中に入ると、昨日と同じように厳つい男たちがハッピーアワーを狙って半額の酒を飲んでいた。
――絶対にあんな大人にはならない。そう心に誓った。
受付につくと、昨日対応してくれたお姉さんの列に並んだ。彼女なら事情を察しているから、手続きも早いと思ったからだ。
胸を躍らせて待つと、やがて俺の番になった。元気よく挨拶すると、一瞬目を丸くしたが、すぐに笑顔になり、口を開いた。
「ソウガさんですね。お待ちしておりました。昨日は……その、本当に機人に乗れないなんて思わなくて、失礼しました」
――その痛々しい視線はやめてほしい。
これでも王導機人の中では最弱だが細川三式に勝っている。
機人には乗れないが、弱いわけではない。それも実力で示せばいい。さっそく登録証をもらおうと手を差し出した。
しかし、彼女は眉を曇らせた。まさか登録できなかったのかと不安になり、思わず声を上げる。
「も、もしかして……やっぱり登録できなかったんですか?!」
「いいえ、登録は完了しています。ですが、その……いろいろとありまして。ソウガさんはG級からのスタートとなります」
そう言って彼女は引き出しから木製のペンダントを取り出した。
震える手で受け取ると、それは大きなお腹に「G」の文字を刻み込まれたクムァムーン様の姿を模した登録証だった。
◆
「本当に良かったの、ナツメ? G級からで」
肩を落としてトボトボ歩くソウガ君を見送っていると、背後から声をかけられた。振り向くと、ギルド長のキヨコさんが困惑した顔で立っていた。
「いいんだよ、これで。いきなりD級から始めたら、すぐにS級までなっちゃうから。それもソロでね」
その言葉にキヨコさんは眉をひそめる。信じられないのは分かる。S級になるには最上位の魔物を何体も倒さなければならない。
しかも、そのためには複数の機人が必要だ。結果として、S級冒険者は全員パーティーを組んでいる。
ソロでS級になれる可能性があるのは、王導機人に乗れる王族か、最上級の機人をカスタマイズできる武光七翼くらいだ。
だから、S級冒険者だったキヨコさんが疑うのも無理はない。だがソウガ君は、生身でその二体の機人を圧倒してみせた。
そのことを説明しても、きっと彼女は信じないだろう。王都のギルド長でこれだ。田舎の豪族どもは、情報すら届いていないはずだ。
――まあ、私が全力で彼の情報を隠蔽しているからだけど。
夕日に向かって力なく歩くソウガ君を見て、私は薄く微笑んだ。キヨコさんが隣に並び、首を横に振って呟く。
「……可哀そう、この子に目を付けられるなんて」
その言葉に胸がかすかに痛む。だけどそれを隠して、私は夕闇に溶けていく彼の背中をじっと見つめていた。
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