016 冒険者登録
冒険者登録をしようと決めた次の日、さっそくギルドに向かった。
昼食のとき、ナツメとハナちゃんから放課後の予定を聞かれたが、もちろん適当な嘘をついてごまかした。
王都の中心から少し外れたところにあるギルドは、なかなか立派な建物だった。胸を躍らせて扉を開くと、そこにはゲームの世界のような光景が広がっていた。
併設された酒場では、厳つい男たちが日も沈む前から酒を飲み、喧嘩をしている。カウンターの上には銘柄と値段が並んだ紙が貼られていた。
よく見ると「ハッピーアワー」と書かれていて、今の時間に頼めば半額になるらしい。
それを見た途端、厳つい男たちが、少ない小遣いをやりくりするサラリーマンに見えてきて、なんだか気持ちが少し沈んだ。
とはいえ、背広なんて全然似合わない男たちだ。きっと金を惜しんで昼間から飲んでいるわけではないだろう。
――そう思い込み、足早に酒場を通り過ぎ、一番奥の受付へ向かった。リュウゾウ先生に書いてもらった推薦状を取り出し、列に並ぶ。
「次の方どうぞ。あれ、学生さんですか? その制服はベアモンド学園、優秀なんですね。それではまず、身分を証明できる物を提示してください」
愛想のよい受付嬢に笑顔で頷き、推薦状を手渡した。彼女は封筒から取り出すと、素早く内容を確認する。
不備がないと分かると、すぐに書類を作成して差し出した。
「これが申し込み用紙です。推薦状に書かれていた情報をこちらで記入しましたので、残りの空欄をご記入ください」
わずかな時間しかなかったはずなのに、用紙には名前や年齢がきちんと記入されている。あまりの手際の良さに舌を巻いた。
未記入の欄には、得意な魔法や武器、過去の実績など、俺しか分からない情報が並んでいた。
一つひとつ確認して書き込んでいくと、最後に機人属性の項目があった。選択方式で、魔導から王導まで四つが並んでいる。
一瞬、筆が止まったが、嘘をついても仕方ない。そう思い、王導機人の下に「属性なし」と追記してチェックを入れた。
再び受付の列に並び直す。やがて人が捌け、俺の番が回ってきた。
「さっきの学生さんですね。たしかお名前は……ソウガさんでしたね。少々お待ちください。記入漏れがないか確認しますので」
用紙を受け取り、視線を落とした彼女はすぐに内容を読み始めた。とくに問題はないように見えたが、やはり最後の機人属性で視線が止まる。
一瞬、目を見開き、もう一度確認すると、眉を曇らせながら口を開いた。
「ソウガさん、学生のノリでふざけるのはやめてください。最後の項目ですが、何に乗れるんですか? こちらで記入しますので教えてください」
先ほどまでの愛想の良さは消え、咎めるような眼差しに変わった。だが、俺は嘘を書いたわけではない。
なんと答えていいか分からず、黙り込む。適当な機人をでっち上げて、その場をやり過ごそうかと口を開きかけたそのとき――。
「ああ、彼は本当に機人の適性がないんだ。けど、大丈夫。他に嘘はないから、ちゃんとベアモンド学園の学生だよ」
振り返ると、黒髪をなびかせ、紺碧の瞳を輝かせるナツメの姿があった。
◆
お弁当を食べ終えた私は、ソウガ君に放課後の予定を尋ねた。彼は目を泳がせながら、自宅で勉強すると告げた。
嘘だと分かった。ここまで態度に出る人間も珍しい。嘘をつけないのは美徳かもしれないが、貴族社会では致命傷になりかねない。
この先が思いやられる。それに、人を疑わないのも問題だ。
昨日のショウさんの報告には、連休中は王都で過ごすとあった。それに鞄に束ねられていた本は、冒険者関連のものばかりだったという。
彼の家の家主――ショウさんは、私の部下の一人だ。合格が決まってから見張らせ、あの貸家へ誘導した。
……とにかく、これだけ情報が揃えば、あとは罠を張って待つだけだ。案の定、冒険者ギルドを見張らせていた部下から彼が現れたとの報告が入った。
急いで魔導車を走らせ向かうと、受付で困った顔をしているソウガ君を見つけ、自然と口角が上がった。
すぐに表情を戻し、足早に近づくと、機人について揉めていると分かった。世界で唯一、機人の適性がない彼を受付嬢は信じられなかったのだろう。
私は笑いがこぼれそうになるのを堪え、声をかけた。
「ああ、彼は本当に機人の適性がないんだ。けど、大丈夫。他に嘘はないから、ちゃんとベアモンド学園の学生だよ」
その瞬間、大きく目を見開いたソウガがこちらを振り向いた。黎明色の髪の隙間から、一瞬、太陽の瞳が覗いた。
――いい加減、髪を切ればいいのに。
お金がないのか、ずぼらなのかは分からないが、入学以来一度も切っていない髪は伸び放題だった。
散髪すれば、それなりの容姿になる。私が磨けば美男子とまではいかないが、好男子にはなるだろう。そのうえ鍛え上げられた体躯と相まれば、社交界では注目を浴びる。
――まあ、そんなことはしない。これ以上、彼を目立たせるわけにはいかない。
そんなことを考えていると、ソウガ君が訝しげに尋ねてきた。
「どうしてナツメがここにいるんだ。もしかして、あとをつけていたのか?」
その言葉に肩をすくめる。もちろんそんなことはしていない。ただ罠を仕掛けていただけだ。
「いやいや、私もそんなに暇じゃないよ。たまたまだよ。ギルドに用事があって中に入ったら、受付の方が少し剣呑な雰囲気をしていたから、寄っただけさ」
ソウガ君は疑うような視線を向けたが、確かめようがないと悟ると、肩を落として言った。
「わかった。そういうことにしておく。それより俺は冒険者登録の途中で忙しい。用がないなら他所へ行ってくれ」
「それはいいけど、多分このままだと登録できないよ。別に機人に乗るかどうかは本人の自由だけど、冒険者としては必須だ。
上級魔物を討伐するのに絶対必要だからね。いくら君がすごい魔法を使えても、規則だから」
彼も薄々気づいていたのだろう。驚きはせず、ただ俯くだけだった。その姿を見て、私は薄く微笑む。
「まあ、ある条件さえ付ければ、それも解決できると思うんだよ。それでも五分五分だけどね」
顎に手を当てて真剣な顔を作り呟くと、ソウガ君は顔を上げてこちらを見つめた。
私は満面の笑みを浮かべて答えた。
「パーティーを組めばいいのさ!」
◆
ナツメの提案に、頷くしかなかった。
一人になりたくて、こっそり冒険者登録に向かったが、運悪くナツメに見つかってしまった。
しかも、機人に乗れなければ登録できないと分かり、そのことをヤツに知られてしまった。
途方に暮れる俺にナツメは、パーティーを組めば登録できるかもしれないと告げた。本人が機人に乗れなくても、仲間が乗れるなら問題ないはずだと。
そう言って受付からパーティー申請書を受け取ると、やり手の営業マンのように手際よく記入を促し、俺が確認するよりも早く提出してしまった。
呆然とする俺に向かって、ナツメは笑顔で言った。
「あとは私がやっておくから、もう帰っていいよ。ここのギルド長とは顔見知りだから、大丈夫。必ず登録させてみせるから!」
――さっきは五分五分と言ってなかったか?
声に出しそうになるのをこらえる。どうせ言っても、上手くはぐらかされるだけだ。この一カ月で十分に学ばされた。
――もう冒険者になれれば、それでいい。
諦めに近い境地で、俺は冒険者ギルドを後にした。
併設の酒場に目をやると、「ハッピーアワー」が終わったのか、閑古鳥が鳴いていた。
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