013 再会
「ちょっと、あんた! なんで昨日、決闘場に来なかったのよ!」
不意に現れたハンナが、詰め寄って強く責め立てた。
だが、何のことか分からず首を傾げる。決闘場? 昨日は特に何もなかったはずだ。
予定表を開いて確認したが、何も書いていない。それに、あの模擬戦で少し顔を合わせただけで、約束した記憶などない。
俺は顎に手を添え、考えるふりをしながら彼女を観察する。
いきなり現れて「あんた」呼ばわりするハンナ。炎翼のアスカと同じ名前――エヴァな少女の顔が脳裏をよぎる。
――どこの世界でもツインテールは気が強いと相場が決まっているのかも。
現実逃避している俺に、ハンナはさらに顔を近づけ、言葉を続けた。
「あんた、バカ! この前、手紙を渡したでしょ。……まさか、見てないの!?」
――やばい。まさかここで、その名言が出るとは!
すごい剣幕で睨みつける彼女には悪いが、自然と口角が上がってしまう。その表情を馬鹿にされたと受け取ったのだろう。
パンッと乾いた音が教室に響いた。気がつくと、頬を叩かれていた。ジンジンと痛みが脈打つ。
ハンナの顔を見ると、目を見開いていた。とっさの行動だったと分かる。今回は俺が悪い。相手を挑発するような態度をとってしまったのだから。
席を立ち、ハンナに向かって真摯に頭を下げる。
「笑ってすまなかった。悪気はなかったんだが、あんたが怒るのも分かる。あれは軽率だった」
教室に沈黙が満ちる。誰も声を発しようとしない。そんな中、ナツメが突然立ち上がり声を上げた。
「ちょっと、何をするんだ――私の大事なソウガ君に! ほっぺたが真っ赤だ。まるでクムァムーン様のようじゃないか!」
そう言って頭を上げさせると、腕を組んできた。教室に残っていた生徒たちがざわめき出す。
「も、もしかしてナツメさんって、ソウガ君と付き合ってるの?」
「え、マジで? あのピクセル子爵家の? いやいや、冗談だろ」
「で、でも。いつも一緒にお昼を食べてるわよ」
好き勝手に話し出すクラスメートたちの前で、ナツメは腕に抱きついたまま離れない。むしろさっきより強く腕を回す。
せっかく場が収まりかけてきたのに、再び教室は混沌と化した。
このままだと騒ぎを聞きつけたリュウゾウ先生が飛び込んできて、また注意される。そう思った俺は、ハンナに申し出た。
「と、とにかく続きは放課後にしよう。ば、場所は決闘場でどうだ?」
「……わかったわ。なら放課後。今度は逃げないでよね」
彼女は渋々ながら頷いてくれた。その間も俺は必死にナツメを引き剥がそうとするが、強靭な力で掴んで離さない。
その様子に複雑な表情を浮かべるハンナ。その頬は微かに紅がかかっていた。だが、午後の授業の開始を告げる鐘が鳴ると、足早に去っていった。
◆
放課後すぐに決闘場に向かった。こんな物騒な場所に来る物好きは少ない。案の定、人の気配はまったくなかった。
砂埃が舞う決闘場で待っていると、ソウガが現れた。隣にはなぜかナツメさんがいる。さきほどの会話から二人は付き合っているように見えた。
わずかに怒りが込み上げてくる。落ち着くため一度だけ深呼吸をし、金色の瞳をまっすぐ向けてくるソウガに声をかけた。
「よく来たわね、ソウガ。それで用件は分かってるんでしょ?」
「ああ、決闘だろ? だけど、機人も乗らずに俺と戦うつもりか? 手加減はするつもりだが、多少は怪我する覚悟はしておけよ」
その言葉に思わず目を見開く。ソウガはそんな私を無視して、鞄をナツメさんに預けると、こちらに向かって手をかざした。
薄っすらと光り出し、魔力が集まっていくのが分かる。緊張が走った。だが、それよりも確認すべきことがあると気づき、声をあげる。
「……ソウガ、あんた。もしかしてだけど、まだ手紙を読んでないの?」
一陣の風が通り過ぎ、ソウガの黒髪がなびく。彼は肩をすくめながら答えた。
「ああ、どうせ果たし状だろ? 場所と日時が分かっているんだ。読む必要なんてないだろ?」
途端に眩暈を覚えた。このバカは手紙も読まず、ここに来たのだ。しかも果し合いと勘違いして。昔はあんなに格好良かったのに――。
とにかく、手紙を読んでもらわないと話は進まない。ため息をつきたいのを我慢しながら口を開いた。
「……あの手紙、果たし状じゃないわよ。ほんとにバカ。いいから、まずは手紙を読んで」
ソウガは怪訝そうな表情を浮かべたが、私に戦う意思がないと分かり、ちらりとナツメの方を向いた。
興味深そうに見ていたナツメさんは、ソウガの鞄を勝手に開けて中を物色し始めた。ソウガも慣れているのか止めようとしない。
――本当にそれでいいの?
そう思いながら眺めていると、ナツメさんが私の手紙を見つけ駆け寄ってきた。
「ソウガ君、見つけたよ。ほら、ここにハンナちゃんの名前がある。あれ、でもこんな可愛い封筒に? ほんとに果たし状かな?」
彼女が薄紫の封筒をひらひらと揺らすと、ソウガは礼も言わずに奪い取った。
じっと封筒を見つめる。その横顔を見ているだけで、顔が熱くなる。今から目の前で読まれると思うと、胸が締め付けられるようだった。
ソウガは丁寧に封を切り、視線を落とす。その隣で図々しくナツメさんが覗き込む。勝手に人の手紙を盗み見る彼女に、腹立たしさが込み上げた。
とにかくソウガに読んでもらうのが先決。文句を言うのを我慢する。風が桜の花びらを巻き上げ、決闘場にかすかに春愁が漂っていた。
やがてソウガが読み終えると、目を見開き呟いた。
「もしかして、ハナちゃん?」
◆
視線を落とした先には、可愛らしく丸っこい字が並んでいた。それを見ただけで、これが果たし状ではないと察した。
読み進めるうちに目が見開く。昔、俺は彼女と会っていた。しかも、親父が治める町で。
俺が十歳のころ、二か月という短い期間だったが、彼女は町に遊びに来ていた。
初めて方言魔法に目覚めたあの日も、彼女に会っていた。俺が町に向かうと、ガキ大将のコテツくんと一緒に、魔法を見せてほしいとせがんできた。
あのときはまだ、方言魔法ではない普通の魔法だったが、それでも二人が目を輝かせて喜んでいたことを覚えている。
そして、二人と別れた帰り道。俺は方言魔法に目覚めた。
――鮮明に記憶が蘇る。思わず呟いた。
「もしかして、ハナちゃん?」
顔を上げると、顔を真っ赤にしたハンナ――ハナちゃんが頷いた。久しぶりの再会に言葉が出ない。
あのころは金色の髪を後ろでまとめていたが、じっと見つめると確かに昔の面影があった。
俺は嬉しくなり、便箋を放り投げて彼女のもとまで駆け寄った。
「ハナちゃん、久しぶり! 本当に驚いたよ。飛び級して入学した才女――ハンナ・キクーチェが、まさか昔遊んだハナちゃんだったなんて!」
近くで見ると、ますます確信した。コテツくんの隣で眩しそうに魔法を見ていた、あのハナちゃんだ。
反射的に昔みたいに頭を撫でてしまい、すぐに手を引っ込める。謝ろうと頭を下げたとき、視線が重なった。
そこには顔を真っ赤にするハナちゃんがいた。年下とはいえ、少し子ども扱いし過ぎたと反省する。
学園で再会した昔の幼馴染。ようやく、ぼっちから抜け出せる。そう思った。
これからまた仲良くしようと声をかけようとしたそのとき、ナツメが満面の笑顔で割り込んできた。
「ねえ、最後まで読んだ方がいいよ、ソウガ君。ほら、ここに面白い文字が書いてあるから」
そう言って便箋を突きつけてきた。訝しみながら受け取り、視線を落とす。そこには、今までの可愛い文字とはまるで違う、毅然とした筆跡で――
『ソウガ・アクオスをハンナ・キクーチェの婚約者とする』
そう記されていた。
次の瞬間、俺は白目を剥き、膝から崩れ落ちた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。<(_ _)>
本作は原則、毎日1話更新です。
続きが気になったらブクマが作者の燃料になります。




