012 不穏な学園生活
ヤクモを倒し、武光七翼のアスカにも勝った俺は、結局、魔力枯渇を起こして医務室に運び込まれた。
ただ、そこで問題が起きた。ヤクモと同じ部屋で休ませることに、教師たちが反対したのだ。
リュウゾウ先生は抗ってくれたが、俺の魔法に恐れおののく周囲を見て、説得は不可能と判断し、宿直室に運んで休ませてくれた。
やがて目を覚ました俺は、いきなり「少しは加減を覚えろ」とリュウゾウ先生に叱られた。
だが、機人相手に生身の俺が気を使う必要があるのか――眉を下げる俺に、先生は首を横に振り、淡々と告げる。
「あのな、ソウガ。機人に乗れないお前が興味ないのは仕方ないが、機人一体を造るのに白金貨二枚はかかる。貴重な国の財産だ。
しかもお前が壊した二体は高位の機人。修理代は白金貨六枚――六億モンだろうな」
顔面蒼白になる。この世界の金の単価は日本とほぼ同じ。一モン=一円。つまり六億円だ。
――実家の年収では、到底返せる額じゃない。
絶望に沈み視線を落としたとき、「モン」という単位にクマモトの気配を感じ、思わずクムァムーン様のお姿を思い浮かべ、口元が綻ぶ。
だがすぐに、故郷の真っ赤なほっぺのアイドルを頭の隅に押しやり、弁償について考えた。
……まともに働いても無理だ。一つの町を治める親父でも年収は二千万モン。すべてつぎ込んでも三十年はかかる。
――いっそ国外逃亡か。だが、それでは実家に迷惑がかかる。
頭を抱える俺の肩を、リュウゾウ先生がポンと叩き、笑顔で言った。
「気にするな。ヤクモの機体は学園が責任を持つ。アスカの機体は本人の責任だ。
本来、武官の模範たる武光七翼が、模擬戦にしゃしゃり出て無様に負けたんだ。……当然、本人が負担することになる」
険のある言い方に驚いたが、それだけ先生がアスカに怒っていると分かり、胸の奥に共感が芽生えた。
――少なくとも学園の中に、信頼できる大人が一人はいる。そのことに心から安堵した。
しばらく会話を交わし、体力も戻ったので教室に戻ろうとしたところで、先生から呼び止められる。大人しくするよう釘を刺され、魔力回復ポーションを手渡された。
少し苦いポーションを飲みつつ教室へ。中には誰もおらず、机の上には俺の鞄だけが置かれていた。……ぼっち確定だ。
やり過ぎたとは思ったが、後悔はしていない。ため息をつきつつ鞄を取りに向かうと、一通の手紙が置かれていた。
薄紫の封筒に包まれたその手紙に手を伸ばした瞬間、窓の隙間から春風が差し込み、ひらりと床へ滑り落ちる。
入学初日にいろいろあり過ぎて疲れていた俺は、拾った手紙を封も開けずに鞄へ放り込んだ。
――――――――――――
――入学式のあの事件から、一週間が過ぎた。
なぜか俺の隣にはナツメが座り、楽しそうにこちらを見ている。ふと前に目をやると、リュウゾウ先生の授業を真剣にノートへ綴るヤクモの姿があった。
周囲を見渡せば、俺たちから距離を置き、目を合わせようともしない生徒たちが視界に入る。
――腑に落ちない。
一次方程式の基礎を解説する先生を眺めながら、なぜこうなったのか考えていると、隣のナツメが声をかけてきた。
「ねえ、ノート取らなくていいの? ここで躓くと、ずっと苦労するよ」
中一の数学など知っている。余計なお世話だと思いつつ前を向くが、ヤクモの無駄に艶やかな銀髪が視界に入り、集中できない。
本当にどこかに行ってほしいと舌打ちすると、ナツメはさらに言葉を続ける。
「けど、驚いたよね。まさかヤクモ君がEクラスに転属してくるとは。やっぱりリュウゾウ先生を追いかけてきたのかな?」
そんなこと本人に聞け――出かかった言葉を飲み込み、俺は睨みながら答える。
「知るか、そんなの。それよりお前こそ授業を聞かなくていいのか。さっき自分で言っただろ、ここで躓くと大変だって」
「まあ、こんなのとっくに学び終えてるから大丈夫。それよりソウガ君の方が心配だよ。なんなら放課後、教えてあげようか?」
……なぜこいつは、他の生徒と違ってグイグイ絡んでくるんだ。
それに目の前のヤクモ。リュウゾウ先生を尊敬するのは分かるが、学年首席がEクラスに転属するなよ。
――周囲の生徒が萎縮しているだろうが。
しかも転属して早々、俺にライバル宣言をして「いつか倒す」と言い放ち、クラスに溝を作った。
――と思ったが、全員が王太子派なので、大事にはならなかった。結局、俺はぼっちのままだ。
一ヵ月を振り返り黄昏れる俺に、ナツメは相変わらず話しかけ続ける。
いい加減、静かにしてもらおうと魔法を発動しかけたとき、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
クラス中の生徒が一斉に食堂へ向かう。実家が裕福ではない俺は仕送りを抑えるため自炊し、弁当を持参している。
足早に出ていくクラスメイトを見送りながら鞄から弁当を取り出そうとすると、ナツメがいつものように机を寄せてきた。
――うざい。なぜ俺と食事をしたがる。ヤクモなんて俺に一瞥もせず、さっさと食堂に行ったというのに。
模擬戦の翌日から、ナツメはずっとこんな調子だ。間違いなく裏がある。こんな美人が俺に近づく理由なんてそれしかない。
一応、無駄だと分かっていても注意する。
「俺と一緒にいても、もう『方言魔法』について話すことはない。知ってることは全部話した。弁当だって作る必要はないだろ。お前の家は裕福なんだから食堂で他の生徒と食べろ。俺に関わっても得はないぞ」
なるべく柔らかく言ったつもりだが、やはり彼女には響かない。いつものことなので気にはしない。念のため言っただけだ。
笑顔を浮かべるナツメを半目で睨みつつ、弁当を広げる。すると、彼女は当然のように覗き込み、品定めを始めた。
「本当にソウガ君は料理が上手だね。変わり映えしないのが玉にきずだけど。おっ、今日は卵焼きがある。ありがとう、もらうね」
そう言ってフォークで卵焼きを突き、口へ運ぶ。その様子を無言で眺めた。
初日に痛い目に遭った俺は、もう抵抗する気はなかった。
――あの日、頑張って作ったタコさんウィンナーをナツメに奪われ、激怒した。
詰め寄って文句を言ったら、彼女は大声で泣き出した。当然、嘘泣きだ。涙なんて一滴も出ていなかった。
しかし、生徒たちが集まって騒ぎになり、駆けつけたリュウゾウ先生に「弁当ごときで騒ぐな」と注意された。
そのとき、隣に立っていたヤクモに見下すような目で言われたのだ。
「たかがウィンナーごときで情けない。今度、死ぬほど食わせてやる」
――その言葉を今でも覚えている。
いつか本当にヤクモにウィンナーを馳走させ、『あとぜき』で無限に吸い込ませ、国庫が尽きるまで食べてやる。
ヤクモが慌てふためく姿を想像し、口角を上げると、ナツメが近所の子どもを見るような視線を向けてきた。
……まあいい。卵焼きくらい恵んでやる。これでようやく落ち着いて食事ができると思い、サンドイッチに手を伸ばしたとき――教室の扉が突然開いた。
そこに立っていたのは、金髪をサイドで結ったキクーチェ公爵家の長女――飛び級で入学を果たした才女、ハンナ・キクーチェだった。
――いやな予感が胸を掠め、ふと視線を落とすと、ナツメが最後の卵焼きを食べていた。
……自信作を奪われ、涙がこぼれた。
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