011 炎翼のアスカ
「おい、何をするつもりだ、二人とも。ここは学園だ。授業以外の戦闘は認めん!」
リュウゾウが目の前の黒髪の小僧との戦闘を止めようとする。筆頭とはいえ、所詮は教師。武光七翼の「炎翼」である私を止める権利などない。
たとえ殿下の恩師であろうと、それは変わらない。
リュウゾウを無視し、魔法食いの魔剣――赫灼を抜き、切っ先を小僧に突き付けた。
それでもなおリュウゾウは声を上げる。
「おい、武光七翼の炎翼――アスカ・カメリアが、学生を相手に剣を向けるのか? 今代の七翼の品位を疑われるぞ。何より、お前自身の誇りが汚れてもいいのか!?」
その言葉に怒りで血が逆流し、視界が赤く染まった。たかが特級教師が、この私に意見したのだ。しかも武光七翼の在り方にまで口を出した。
――斬り伏せても文句は言えまい。
カチャリと柄を握り直し、魔剣を振り上げた瞬間、あいつが呟いた。
「ちと、おもか」
次の瞬間、周囲の空気が鉛のように重くなり、全身にのしかかってきた。大気は次第に重量を増し、思わず膝を折った。
目の前のリュウゾウは訳も分からず目を見開いている。その隣には、金色の瞳で冷たく見下ろす黒髪の小僧。間違いなくヤツの魔法だ。
魔剣に魔力を込め、身にかけられた魔法を解除しようとするが、全く歯が立たない。主人の魔法すら食らうこの剣の力をもってしても、あいつの魔法に抗えない。
生身で王導機人を倒したというのも納得だ。武光七翼である私すら圧倒するとは。
もしどれかの機人に乗り、魔法増幅の恩恵を得られるのなら――その力は武光七翼の筆頭、光翼にすら届くかもしれない。
だがヤツは機人に乗れず、王族に対する忠誠も敬意もない。そんな存在は不要。私の矜持が許さない。
睨みつける私に、あいつはわざとらしく大きなため息をついた。
そのとき、何かが弾けた。私は怒りを具現化するかのように、愛機を呼んだ。
◆
膝をつき、鬼のような形相で睨む女騎士――アスカ・カメリアを見下ろしていた。魔法を弱めにしたのは正解だった。
通常の方言魔法「おもか」を放っていれば、この女は地面にめり込み、肉塊と化していただろう。
――どちらでもよかった。だが、もし殺して学園を追放されたら困る。俺には親との約束がある。
無様に地面に伏すアスカを見下ろし、武光七翼を思う。胸に去来するのは失望だけだった。
品位もなければ、力もない。さらに統治者への妄信――そこに信念は微塵も感じられなかった。
少しばかりの力と才能を笠に着るだけの集団。これが目指した夢なのかと思うと、気分は沈み、大きく息を吐いた。
その瞬間、アスカが大声で叫ぶ。
「来い! 清正一式・改――陽炎!」
校庭に響き渡る声。無人の紅蓮の機人がゆっくりと立ち上がった。すぐ隣で王導機人を回収していた教師たちが、慌てて逃げ出す。
機人は主を見つけると、ふわりと浮上し、こちらへと向かってきた。――仕組みは分からないが、自動操縦機能があるらしい。だが動きは鈍重で単調だ。
勝ち誇った笑みを浮かべるアスカを一瞥し、魔法を展開する。
「おもか」
空を飛ぶ機人は轟音を立て、一瞬で視界から消えた。大量の砂塵が舞い上がり、視界を奪う。
メリメリと地面に沈む音が響く中、砂煙が校舎を覆わんばかりに迫ってくる。魔力にわずかな余裕があることを確かめ、手をかざした。
「……けせなっせ」
刹那、土煙は消え去り、周囲を晴らす。地面にめり込んだ紅蓮の機人が姿を現す。いまだ魔法は発動し続け、機体を地中深く沈めていた。
愛機の無惨な姿に呆然とするアスカ。その横で、俺は止めの魔法を放つ。
「たいぎゃ、おもか」
一瞬の静寂。直後、地鳴りが轟き、学園全体が揺れた。想像を絶する重力が機人を押し潰し、校庭を穿つ。
突如現れた奈落に、誰もが沈黙したように見えた。
かなりの魔力を消費し、枯渇寸前でよろめいたところに、リュウゾウ先生の手が伸びる。
その温もりに父を思い出し、胸が安らいだ。礼を述べ、一人で立ち上がると、魔法が解けても手をついたままのアスカへ告げる。
「……もう俺に関わるな。次は機人だけでは済まないぞ」
アスカがキッと睨む。だが無視して背を向け、先生の肩を借りる。一度、深く息を吐き気力を振り絞ると、重い足を引きずりながら校舎へ歩き出した。
◆
呆然とする。現王とキクーチェ公爵の確執を慮って提案した模擬戦での決着――それが裏目に出た。
リュウゾウ先生に支えられ、力なく歩くソウガ君を見つめ、後悔する。
彼はヤクモ殿下が搭乗した王導機人を圧倒し、その護衛であった武光七翼の一翼・炎翼のアスカ殿すら退け、その愛機を粉砕した。
殿下は凍傷を負ったが軽傷で済み、アスカ殿も骨折程度で済んだだろう。ただ、二体の機人の損傷は甚大だった。
機人同士の戦いですら、あれほど破壊されることは滅多にない。ましてやアスカ殿の機人は、武導機人の最高位――清正一式。その改良型である清正一式・改。固有名を<陽炎>。
それを自動操縦中とはいえ、ソウガ君は一瞬で撃沈したのだ。
もはや人外の化物。現王と公爵の確執など些細なことに思えるほど。彼は国家を転覆させる力を、公然の場で示してしまった。
この戦いの報は、瞬く間に国内へ広がるだろう。そして、多くの貴族や豪族が彼の力を求め、動き出すに違いない。
唯一の救いは、彼がまだ学生であり、このベアモンド学園に庇護されていること。そして実家の寄り親が、この国で最も力を持つキクーチェ公爵であることだ。
公爵家当主タケミツ様は人格者。むやみに力を振るわず、権力を笠に着ることもない。
だからこそ、コイズミ陛下の横暴を諫めようとした。私も少しでもタケミツ様のお役に立ちたいと思い、この提案をしたのだ。
けれど、それが仇となった。国の安寧を願い、決闘を提案した。その結果、国にとって大きな火種を作ってしまったのだから。
リュウゾウ先生の肩に寄りかかり、重い足取りで歩くソウガ君を見つめる。
そのとき、校庭に残っていた微かな残影を吹き飛ばすように、春の嵐が巻き起こった。砂塵が舞い、ソウガ君を覆い隠していった。
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