108 ノートに残る違和感
私が校門でソウガ君を待っていると、ハンナさんと歩く彼の姿が見えた。大振りの日傘を差し、彼女を初夏の太陽から守っている。
本来は従者がすることを、嫌味なくやってのける姿は好感が持てた。それに、時折吹き付ける風にもよろめくことなく日傘を支える彼は、従者というより騎士のようで、堂々として凛々しかった。
二人の横を通り過ぎる女性たちは振り返り、羨ましそうにハンナさんを見つめる。やがて二人が校門に着くと、私は笑顔で迎えた。
「待っていたわ、ソウガ君。今日はハンナさんと一緒なのね。ナツメさんはいないの?」
何気なく投げた言葉に、ソウガ君が口を開くより早く、ハンナさんが笑みを浮かべながら答えた。
「はい、チサトさん。今日は私とデートなので、ナツメさんはいません」
隣に視線を移す。ソウガ君が眉を下げ、頬を掻いている。どのような経緯でデートをすることになったのか――気にはなったが、詮索はしない。
私が興味があるのは、武蔵零式の性能と、学園総体の裏で何かを画策している人間についての情報だ。
思わず目つきが鋭くなりそうになり、無理矢理笑顔で覆う。訝しげな表情を浮かべるハンナさん。彼女は何か察したらしい。
さすがキクーチェ公爵家の令嬢だ。飛び級で入学した彼女は私と四つも歳が離れているが、まったく油断できない。
私は日傘を傾けて顔を隠し、やり過ごす。彼女も深く追及する気はないのか、ハンカチで汗を拭った。
たしかにまだ朝だが、日差しは強く、気温も高い。いつまでも校門の前で話すわけにもいかない。私は続きは生徒会室で話そうと促し、歩き始めた。
――――――――――――
私たちが校舎に入ると、副会長のマサヒコ君と出くわした。どうやら、いつまでも戻ってこない私の様子を見に行こうと、校庭へ出るところだったらしい。
「ごめんなさい、マサヒコ君。少し話し込んでたの。心配かけたわね」
詫びながら日傘を閉じると、マサヒコ君の手がすっと伸びる。私は笑顔で日傘を手渡し、振り返る。ソウガ君も日傘を畳み、細い棒状へとまとめていた。
私たちは玄関を抜け、生徒会室へ歩き出す。先頭に私とハンナさんが並び、その後ろをマサヒコ君とソウガ君が続いた。
「そういえば、昨日のオブスタクルレースは残念だったな、ソウガ。あと少し魔力が残っていたら、優勝していたと思うぞ」
「ありがとうございます、マサヒコ先輩。ですが、魔力量の調整も選手としての実力なので、素直に力不足だったと反省しています」
二人の会話に聞き耳を立てる。マサヒコ君には何も伝えていない。彼の本質は武人だ。政治的な駆け引きも、腹芸もできない。もっとも彼には不要なものだ。
だが、だからこそソウガ君も警戒することなく、気軽に話している。武蔵零式の機能を少しでも聞き出してほしい――心の中で祈った。
「そういえば、最後の魔法だが、あれは火魔法か? 防御力が低い魔導機人とはいえ、一撃で膝を貫通するとは、すごいな」
マサヒコ君は、済聖光学園のシンヤ君が乗る魔導機人――その脚を打ち抜いた魔法について尋ねた。その表情は心の底から感心しているように見えた。
質問を受けたソウガ君に視線を向ける。やはり疑うことなく、その表情は穏やかだ。これなら、あの魔法――その能力について話してくれそうだ。
私は口角を上げかける。そのとき、ハンナさんが振り返り、マサヒコ君に答えた。
「マサヒコ先輩、あの魔法は物理特化の魔法です。属性は火ですが、魔力を物質化して飛ばしているので、土魔法に近いかもしれませんね」
その言葉にマサヒコ君は頷いた。たしかに理屈は分かる。だが、ならば魔法防御の刻印が施された装甲に触れた瞬間、少しは威力が弱まるはずだ。
しかし、私が入手した画像には、そのような兆候は映っていなかった。いくら機人の中で最弱の防御力の魔導機人でも、あそこまで一方的に貫かれるのは不自然だ。ソウガ君の魔法が規格外だとしても、なお不自然すぎる。
ちらりとソウガ君を見やる。彼は開きかけた口を閉ざしていた。やはり何か隠している。視線をハンナさんに移すが、彼女は満面の笑みを浮かべるだけだった。
だが、その眼光は鋭く彼を射抜き、何も言わせないよう圧をかけているようにも見えた。私がソウガ君に話しかけようとした瞬間、彼女が振り返る。
「チサトさん、申し訳ないのですが、このあとギルドに向かわなければなりません。できれば急いで、昨日の試合結果について報告したいのですが、よろしいでしょうか?」
有無を言わせぬ物言いに眉を曇らせる。言い方は丁寧だが、明らかに「無用な詮索はするな」と訴えていた。
私は大きく肩をすくめてみせた。降参の合図だ。これ以上は聞かない――そう示す。彼女も私の態度に納得したのか、足早に生徒会室へ向かった。
渡り廊下を抜け、職員室の前を通り過ぎた。やがて生徒会室に着く。中に入ると、会計のエイダが机で事務処理をしていた。
「お疲れ様、エイダ。ごめんね、ひとりだけ仕事を頼んで」
頭を下げる私に、エイダは無表情で首を横に振る。彼女は私の領に住む平民で、幼馴染だ。その類まれな頭脳でこのベアモンド学園に入学し、私の補佐をしてくれている。
だが、表情に乏しく人付き合いも苦手で、愛想も悪い。見た目はいいのに、勿体ない――そう思って眺めていると、半目で睨まれた。
「こほん。それじゃ、ソウガ君とハンナさん、適当な席に座って。このあと用事があるなら、さっさと済ませましょう。二人のデートの時間を邪魔したら悪いしね」
揶揄いながらそう告げると、ハンナさんは頬を染め、ソウガ君は苦笑いを浮かべた。先ほどまでの張り詰めた空気がほどけ、マサヒコ君の表情も緩む。
私も笑顔を保ったまま、事務的な会話を進める。その合間に、武蔵零式のことや、総体で不審な点がなかったか――それとなく探りを入れた。
だが、そのたびにハンナさんが口を挟み、ソウガ君に代わって答えていく。やがて報告も終わり、二人はすぐに生徒会室を後にした。
その背中を見つめながら、私は笑みをこぼす。あれほど頑なに情報を隠そうとするということは、重要な秘密があると言っているようなものだ。
エイダを見ると、彼女はソウガ君たちとの会話を書き留めたノートを、すっと差し出した。
礼を言ってノートを捲る。そして、ハンナさんが強く反応した質問内容を読み返しながら、彼女が何を隠しているのか――予測を立て始めた。
読んでくださり感謝です<(_ _)>
ブクマor★で応援いただけると励みになります!




