107 小さな影、ふたりの聖域
私がソウガの家に上がり、リビングで待っていると、着替えを終えた彼が入ってきた。
「待たせたな、ハンナ。とりあえず、俺はギルドと生徒会に用事があるから、それを済ませたら、あとはハンナの行きたいところに付き合うよ」
笑顔で告げるソウガを見つめる。制服ではなく普段着の彼を見るのは久しぶりだ。襟付きの黒い半袖シャツに真っ白なズボン――ありきたりな服装だった。
だけど、鍛え抜かれた肉体と精悍な顔立ち。ソウガが着ると、かえって彼自身の力強さを強調していた。
つい襟元から覗く厚い胸板に目が向きそうになり、慌てて私は口を開いた。
「わ、わかったわ。それじゃ、まずは学園に行きましょう。家の前に魔導車を止めてあるから、すぐに着くと思うわ」
耳まで赤くなりながら告げると、ソウガは眉をひそめた。おそらく実家の高級魔導車に人だかりができていると思っているのだろう。
「ソウガ、安心して。今日は公用の高級車じゃなくて、私用の小型車だから大丈夫よ。目立つことはないわ」
その言葉に安堵の息を吐くソウガ。学園総体ではあれほど派手な戦い方をしたくせに、妙なところで控えめだ。
そんな彼を見て口元を綻ばせると、私はその手を握り、外へと連れ出した。
――――――――――――
玄関から出ると、多くの人が集まり、私が乗ってきた魔導車を遠巻きに見ていた。目立たぬようお父様から小型の魔導車を貸してもらったのに――首を傾げる。
理由が分からず隣に立つソウガを見ると、掌で目を覆い、天を仰いでいた。
「どうしたの、ソウガ。私、何か失敗した?」
「……そうだな。確かにあれは小型の魔導車だが、レース用の最新型だ。色も真っ赤だし、皆が注目するのも仕方ないと思う」
その言葉に、私はまた首を傾げる。お父様が趣味で買った魔導車で、そんなに高くなかったと聞いている。それに外装に貴金属の装飾もない。赤くて可愛い。
何がそんなに珍しいのか分からない。ソウガの顔を見上げると、彼は苦笑いを浮かべ、私の手を握ると急いで魔導車へと歩き出した。
手を繋いで歩く私たちに、多くの人たちが注目する。女性からは嫉妬の眼差しを向けられ、男性からは熱い視線を注がれる。中には、魔導車の写真を撮る人までいる。
恥ずかしくなった私は、ちらりとソウガを見やる。あんなに目立つことを嫌っていたのに、彼は多くの人の目など意に介さず、堂々と歩いている。
そのとき、太陽の光を受けて、ソウガの金色の瞳が強く輝いた。心臓がとくりと跳ね、その横顔に目を奪われる。
ぼうっとする私をソウガは優しくエスコートし、魔導車の前まで辿り着く。私たちに気づいた家の運転手が車から出ようとしたが、ソウガが手を上げて止めた。
そして私に笑顔を向け、ドアを開けて魔導車へと促す。その瞬間、女性たちから小さな悲鳴が上がり、私は顔が真っ赤になる。
恥ずかしさのあまり、ソウガに礼も言わず車内に入ると、すぐに彼も乗り込み、隣に座る。肩と肩が触れ、また鼓動が早くなる。
ソウガに視線を向けると、先ほどの余裕は消えていた。何が起きたのか心配になり声を掛けようとしたとき、彼は言い放った。
「頼む、早く出してくれ! こんな大勢に見られて恥ずかしくて、死にそうだ!」
必死で運転手に頼む彼の顔は、私よりも真っ赤に染まっていた。
――――――――――――
魔導車に乗り、しばらく走る。すぐにベアモンド学園が見えてきた。今は学園総体の期間で、休校中だ。学園にいるのは、出場選手を取りまとめている生徒会ぐらいだ。
いつもと比べて静かな学園を車窓から眺める。突然、ソウガが運転手に車を止めるよう頼む。学園からはまだ距離があり、不思議に思う。
「どうしたの、ソウガ? まだ学園に着いていないわ」
「あぁ、分かっている。だが、この車で学園に乗り込む勇気は、俺にはない。悪いが、ここから歩いていく。ハンナはこのまま乗って、先に行ってくれ」
そう告げるソウガ。彼は魔導車が停止するや否や、すぐに降りた。私も慌てて、その後に続く。
「もう屋敷に戻っても大丈夫です。帰りはソウガに送ってもらいますから!」
一刻も早く魔導車から離れたいのか、足早に歩くソウガ。私は彼を追いかけながら、大声で運転手に告げた。
私も降りたことに気づいたソウガは足を止めて、苦笑いを浮かべた。
「ハンナも降りる必要はなかっただろ。まだ結構距離があるぞ」
その言葉にムッとする。ソウガを残して魔導車に乗って学園に行くほど、私は薄情な女じゃない。そんなことも分からない彼を睨むと、颯爽と歩き出した。
ソウガを置いて歩く私に、強烈な日差しが肌を焼く。帽子は被っていたが、焼け石に水だった。日傘も持ってくればよかったと悔やむ。
じわりと汗が滲み、後悔が増す。そのとき、影が落ちた。思わず顔を上げると、大きな日傘を持ったソウガが立っていた。
「お前が去ったあと、すぐに運転手の人が届けてくれたんだ。何に怒っているか分からんが、これで許してくれ」
彼は微笑み、日傘を傾けて日差しから私を守る。そして、私と同じ歩幅で、ゆっくりと歩き始めた。
初夏の激しい陽光は日傘に遮られたが、代わりにソウガの笑顔に、思わず目を細めてしまう。
彼が作ってくれた小さな影。それは外側の喧騒や眩しさを遮断し、二人だけの濃密な聖域へと変えていった。
このままずっと歩いていたい――そう思ったとき、校門前に立ち、笑顔で手を振る生徒会長のチサトさんの姿が目に飛び込んできた。
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