103 「ラクーン寝入り」
目を覚ますと、白い天井が広がっていた。寝返りを打ち、横を向く。視線の先で睨み合うハンナとナツメの姿があった。
あまり見たくないので視線を落とすと――ベッドに寝かされ、白いシーツがかけられていることに気づく。
どうやら魔力枯渇で意識を失い、医務室に運ばれたらしい。今も激しい頭痛と吐き気が襲ってくる。
それらに耐えながら、なぜ二人が剣呑な雰囲気になっているのか考える。だが、気を失っていた俺に分かるはずがないと、すぐに諦めた。
ならば俺がやることは一つだけだ。再び目を閉じて『狸寝入り』――いや、この世界でいうなら『ラクーン寝入り』で、二人が去るのをじっと待つことにする。
激しく火花を散らす二人を見て、聞こえぬよう小さな溜息をつくと、静かに目を閉じた。
「ソウガ、なに寝たふりしているのさ。君の可愛い婚約者二人が、ただならぬ雰囲気で睨み合っているんだよ。未来の旦那様として、場を収めてほしいね」
ナツメがいきなり、ハンナに向けていた倍の鋭い視線をこちらに向け、言い放った。彼女は俺が目を覚ましたことに気づいていたらしい。
油断ならないヤツだと改めて思い知らされる。俺は開き直り、起き上がると、二人を見つめる。何か声をかけようとするが、言葉が出てこない。
なぜなら、俺は二人がどのような経緯で一触即発の雰囲気になったのか分からないからだ。
それに魔力枯渇で波のように何度も頭痛が襲ってきて、まともに考えることができない。思わず頭を押さえて苦悶の表情を浮かべる。
「だ、大丈夫、ソウガ。無理しないで、これを飲んで」
ハンナが心配そうにすっと魔力ポーションを差し出した。俺は苦痛に耐え、笑顔を向け、それをそっと押し返した。
「気持ちは嬉しいが、もう試合はない。あとは家に帰るだけだ。できればこのまま休んで、魔力の超回復の幅を大きくしておきたいんだ。ありがとう、ハンナ」
そう力なさげに呟くと、彼女の顔が赤く染まる。理由は分からないが、ハンナは俺に対して怒っていないようだ。
ならば、これを利用しない手はない。心の中でほくそ笑む。俺は再び頭を押さえて、苦痛の表情を浮かべる。
「うっ、頭痛が……。すまん、ナツメの話だが、なんで二人が険悪になっているか分からない。だが、おそらく原因は俺なのだろう。二人を止める言葉が思いつかず、悪い。あっ、また頭痛が――」
俺は目を潤ませ、二人に告げる。最後は言葉を詰まらせ、消え入るように喋った。もちろん頭痛は本当だし、嘘はついていない。少しだけ大袈裟にしただけだ。
両手で頭を押さえる俺は指の隙間から、ちらりと二人の様子を覗う。
ハンナはハラハラと心配そうに見ているが、ナツメは半信半疑なのか、疑うように半目で睨んでいる。
やはり、ナツメは信用できない。仮にも婚約者――俺が苦しんでいるのだ。少しは気遣いを見せるべきだ。
つい頭痛も忘れて抗議しようとしたが、元気な姿を見せれば取り返しのつかないことになる。ハンナからの信頼もなくしかねない。
仕方なく頭を押さえ、再びベッドに倒れ込むと、白いシーツの中に潜り込んだ。これなら二人から見えず、俺も二人を見ないで済む。
これからベッドの外で何が起きても知ったことではない。痛みを堪え、眠ろうとしたとき、男性の声が届いた。
「失礼するよ、ソウガ君は大丈夫か?」
その声に心臓が跳ねる。済聖光学園――セイセイのシンヤさんだ。慌てて俺は、ベッドから起き上がる。
「シンヤさんですか? どうしてここに?」
声のほうを向くと、ナツメとハンナの背後にシンヤさんが立っていた。
――――――――――――
「――そうですか。シンヤさんも魔力枯渇を起こして、ここに運ばれてきたんですね」
彼も第五の障害で最大出力の風魔法を使い、すでに魔力は限界だったらしい。加えて、片足がなくなった機人を操作するため、複雑なイメージを伝達しなければならなかった。それも魔力を大きく消費させたのだろう。
結局、俺は優勝できず、ただシンヤさんの邪魔をしただけだった。申し訳なくなり、視線を合わせられない。つい俯いてしまった。
「ソウガ君、気にすることはないよ。これは勝負だ。それにこの競技自体、魔法での妨害はありだし、最後の障害は物理攻撃も許されていた。過去には大怪我をした選手や、運悪く命を落とした選手もいたんだ。君がやったことなんて、大したことじゃない」
その言葉に救われる。それと同時に、シンヤさんの懐の深さを感じる。平民出身と言っていたが、立ち居振る舞いはよほど貴族らしかった。これなら平民から人気が出るのも頷ける。
「ありがとうございます、シンヤさん。本当はあなたが優勝するはずだったのに、俺が無用な妨害をしたせいで――。でも、そう言ってもらって、少し心が軽くなりました」
そう言って深々と頭を下げると、シンヤさんが俺の肩に手を置く。俺は顔を上げる。そこには翡翠の瞳を真っすぐ向けるシンヤが、微笑んでいた。
「それに勝負はまだ終わっていないよ。君たちも出るんだろ、トライアド・サバイバルに? 俺もテッペイと出場する予定だ。そこで決着をつけよう」
そう言って、シンヤさんはすっと手を差し出した。俺も笑顔を浮かべ、その手を握り、同時に頷いた。
一拍の間のあと手を離すと、シンヤさんはそれ以上何も告げず、去って行った。その背中をじっと見つめる。
やはりベアモンド学園と並ぶ、王都屈指のエリート校――その主席だ。人格も素晴らしかった。
シンヤさんと話し、心のつかえが取れて魔力も少しだけ回復した。おかげで頭痛と吐き気も、若干だが収まったような気がする。
これなら自力で帰れそうだ。そう思ってベッドから起き上がった。そのとき、ナツメの声が届いた。
「これなら、なんで私とハンナが睨み合っていたのか、ゆっくり聞くことができそうだね。あっ、安心して。帰りは私の魔導車で送るから、じっくり話し合おうね、ダーリン?」
その瞬間、収まったはずの頭痛と吐き気が再び襲い、俺は静かにベッドへ戻り、白いシーツを頭から被った。
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