102 来賓席の炎翼
真紅の機体――大智学園の武導機人が先頭でゴールし、オブスタクルレースの優勝者が決まった。
だが、観客席から歓声は上がらず、誰もが競技場で停止して動かない二体の機人を見つめていた。
ゴール手前で右足が切断されて横たわる魔導機人と、その二百メートルほど後方で膝をつき、前面の装甲を開き、内側を晒している武蔵零式。
―――その二体の機人が放つ異様な雰囲気が、試合の壮絶さを物語っていた。
両機の搭乗者――ソウガとシンヤさんはすでに運び出されている。二人とも魔力枯渇を起こし、医務室で治療を受けている最中だ。
「……結局、ソウガは五大機能『火』の魔法剣を使ってしまったな。まあ、あのまま何もしなければ、負けていたんだから、しかたないか」
リュウゾウ先生が第五の障害――バトルフィールドの中央にある漆黒の機体を見つめながら呟いた。
隣に座るハンナを見ると、先生の言葉に頷いていた。だが、私は納得できなかった。わざわざこんな試合で見せる必要はなかったはずだ。
――それほどまでに魔法剣『火』の威力は凄まじかった。
魔導機人は魔法防御と魔法強化――二つの術式に大半を振り分けている機体だ。
よほど強力な魔法でない限り、機体が傷つくことはない。だが、武蔵零式の魔法剣はいとも簡単にそれを無効化して、装甲を貫き破壊した。
しかも、直撃する寸前でシンヤさんの風魔法も掻き消した。これは炎翼のアスカ様が持つ魔剣『赫灼』でも不可能だ。
あの魔法食いの魔剣は、持ち主の魔力を喰らうことで、相手の魔法を切り裂く。
ただ、ソウガが放った重力魔法みたいに物体がない魔法は斬れず、魔剣よりも多くの魔力が込められた魔法には押し負ける。
とはいえ、光武七翼の一翼である彼女の魔力量は国内でも五本の指に入り、七翼の中でも上位だ。
彼女より確実に魔力量が多いのは魔翼のクロメ様ぐらい――実質、アスカ様に斬れない魔法はごく僅かだ。
だが、触れただけで魔法の事象を切り裂く武蔵零式の魔法剣はそれを上回る。この観客席で、その異常さに気づいている者は、ほぼいない。
そのことに胸を撫でおろし、観客席の最上部にある来賓席を見やると、そこに座る人物に息を呑む。
――炎翼のアスカ様。学生の大会を見学するような人物ではない。彼女は忠誠心が厚く、いつも王族の傍にいるはずだ。
周囲を見るが、ヤクモ君や王族がいる気配はない。ならば、一人でこの試合を見に来たことになる。
憎々しげに武蔵零式を睨む彼女の顔を見て、嫌な予感がした。
魔法剣の情報操作と隠蔽工作、加えて炎翼のアスカ様――彼女のことも調査しなければならなくなった。
ようやく学園総体も日程が半分過ぎた。だが、不安は募り続け、私の仕事は増える一方だ。
二日後には私とハンナ、そしてソウガの三人で出場するトライアド・サバイバルが始まる。それまでにある程度の仕事を終わらせないといけない。
今日、家に帰ったらすぐに取りかからないと、間に合いそうにない。思わずため息をつく。
心配そうに見つめるハンナとリュウゾウ先生の視線に気づき、肩をすくめる。
そして、この学園総体が終わったら、代償として丸一日、私の奴隷になってもらう――そう強く決意を固める。
私に顎で使われるソウガの姿を想像して、口角が上がった。
◆
ナツメさんの不敵な笑みを見て、嫌な予感がした。おそらくソウガに関することだろう。
普段の作り物めいた笑顔が消え、剥き出しの本心が顔を出す。彼が絡む時だけ見せる人間味あふれる変化を、私は少しだけ厄介に感じていた。
ナツメさんが私の視線に気づき、笑顔を向ける。いつも見せる作り物の笑顔だ。
「どうしたんだい、ハンナ? 少し目つきが怖いけど」
本心を隠した抑揚のない声に、ため息をつきそうになる。明らかに私に知られたくないことを考えていたようだ。
「……別に何でもないです。それより急いで医務室に向かいましょう。ソウガが心配です。リュウゾウ先生はどうしますか?」
「俺はとりあえず武蔵零式を回収する。あのまま放置しておくわけにはいくまい。それに大会本部に任せたら、何をされるか分からんからな」
競技場で膝をつく無人の武蔵零式を見つめながら、リュウゾウ先生が答えた。確かにこの試合での大会本部の動きは怪しかった。
ソウガを優勝させたくない――そう思えるほど、彼に不利なルールや試合内容の変更があった。
だが、確固たる証拠はないし、多くの者は気づいていない。試合は盛り上がり、ソウガも最後まで優勝争いに絡んだのだから、仕方ない。
思考の海に沈みかけた私は首を振り、気持ちを切り替える。今はソウガのことだけを考える。
鞄から特級の魔力ポーションを取り出して見つめる。一刻も早く、これを彼に届けたい。
私はナツメさんを見やると、すぐに席を立ち、彼女の返事を待たず医務室へと歩き出した。
――――――――――――
医務室に入り、すぐにソウガが眠るベッドを見つけて駆け寄る。やはり魔力枯渇を起こしていた。顔は青白く、額にはじんわりと汗が浮かんでいた。
医療スタッフの許可を取り、ハンカチで額の汗を拭き取る。たったそれだけの行為だが、少し彼の表情が和らいだように見えた。
安堵の息を吐き、ソウガの顔を見つめる。少し伸びた髪が汗で額に貼り付き、長いまつ毛にかかっていた。
彼を起こさないように優しく髪を退けると、彫りの深い顔が現れた。すっと伸びた鼻梁に少し厚い唇――鍛え抜かれた身体のわりに幼さが残る顔。
そのすべてが愛おしく見え、気づくとソウガの顔を覗き込んでいた。間近にある彼の顔。その唇から甘い吐息が漏れる。
思わず目を閉じ、顔を近づけようとしたとき、背後から声をかけられた。
「おほん、ハンナ。婚約者だからといって、こんな場所ではやめたほうがいいと思うよ。君は公爵家の令嬢なんだからね」
嫉妬が滲むその声に胸が跳ねる。
振り向くと、いつの間にか後ろにナツメさんが立っていた。そして、半目で睨む彼女――そこに作り物の笑顔は、もうどこにもなかった。
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