100 フラグの点滅、風の罠
隣に立つ紺碧の機体――シンヤさんの魔導機人を見やる。両肩の改造された太く短い魔導砲は、大型旅客機の『ジェットエンジン』のようだ。
もちろん、この世界に飛行機など存在しないし、『ジェットエンジン』なんて言葉もない。俺の前世の知識だ。
だが、あれだけの推進力を生み出せるのであれば、この魔導砲を改良すれば、飛行機も製造できるかもしれない。
当然、そんな前世の知識をひけらかすつもりは俺にはない。これ以上、大事に巻き込まれるのはごめんだ。
俺は邪念を振り払うかのように軽く首を振り、試合に集中しようとした――そのとき突然、クムァムーン様の姿が脳裏によぎった。
漆黒の熊神様は両手を上げ、肩をすくめて呟いた。
『それは、フラグだモン』
相変わらず、呼んでもいないのに嫌なタイミングで現れるクムァムーン様に、息が漏れそうになり、噛み殺す。それはあまりにも不敬だ。
とりあえず、クムァムーン様に頭を下げ、貴重なアドバイスを頂いたことに礼を言って、飛行機のことは頭の隅に追いやった。
気持ちを切り替えて、モニター右下の魔力残量を見ると、『77/125』と表示されていた。
疑似迷路に突入する前は『91/125』――『14』も消費したことになる。確か、上空高く跳んだ瞬間に魔力残量は一気に『8』も消費した。
だが、おかげでシンヤさんに追いつくことができた。もし向かい風だったら、追い越すことも可能だったが、欲をかくと碌なことがない。
先頭に並ぶことができただけで十分だ。ただ、シンヤさんに付いて行くため、壁から壁への跳躍を繰り返した。おかげで魔力を『6』消費した。
しかし、残りの障害はひとつ。魔法に加えて物理攻撃でも妨害ができるバトルフィールドだ。魔力残量は『77』もある。
強制輩出される安全装置が作動するのは、魔力残量が『20』を切ったときだ。これなら新機能『火』を使うことができる。
思わず、モニターに映るグレーアウトした『火』の文字を見て、口角が上がる。シンヤさんには悪いが、実験に付き合ってもらう。
思考の海に沈みかけたとき、隣に立つ紺碧の機人が動いた。
シンヤさんはこちらが何も仕掛けてこないと分かると、俺を無視して第五の障害――五百メートルに及ぶバトルフィールドに向けて走り出した。
俺が魔法の妨害ができないと分かっているのか、その背中は隙だらけだ。そんな紺碧の機体を見つめ、ほくそ笑むと、俺も後を追った。
その直後、モニターに浮かぶ『火』の文字が、かすかに点滅したように見えた。
◆
ソウガより早くシンヤさんの魔導機人が動いた。ただでさえ移動速度で劣っている武蔵零式。先行されれば追いつくのは至難の技だ。
余裕を見せるソウガに、私は少しだけ苛立ちを覚える。
たしかに超高速移動を繰り返せば追いつける。だが、ここの地面は泥濘が酷く、本来の速度は出せない。万が一、足元を掬われて転倒する可能性だってある。
ソウガもそのことは理解していた。出力を抑えた高速移動に留め、これ以上距離を離されないことだけに専念していた。
ならば、シンヤさんよりも早く動くべきだった。そう思い苛立ちが増す。だが同時に、なぜここまで熱くなっているのか分からず、首を傾げる。
(……私は本気でソウガの優勝を願っている?)
初めての感情に戸惑い、頬を染める。誰にも悟られぬよう深呼吸を繰り返すと、シンヤさんが最後の障害――すべての妨害行為が許された無法地帯、バトルフィールドに到着する。
ゴールまでの距離は五百メートル。その走路は幅広く整地され、真っすぐ伸びている。
加えて、地面は細かく砕かれた石や鉱石が隙間なく敷き詰められ、幾千もの足に踏みつけられて、鉄のように硬く締まっていた。
シンヤさんの魔導機人は走路に入ると、一気に速度を上げた。固い地面は機人が踏み締めても、びくともしなかった。
猛烈な勢いで駆け上がる紺碧の機体。誰もがシンヤさんの優勝を確信した。そのとき、遅れてソウガが第五の障害に入ってきた。
前方を走る魔導機人を見やると、すぐに腰を下ろして地面に手をつき、クラウチングスタートの姿勢になった。その姿を見て、思わず呟く。
「どうやらソウガは、予選と同じように連続の超高速移動を使うようだね。この差だったら、余裕で抜ける」
その言葉にリュウゾウ先生とハンナは大きく頷いた。私たちは、ソウガが五大機能『火』を使わず優勝できると思い、安堵の表情を浮かべた。
もし、こんな大勢の観客の前で伝説の魔法剣を使われたら、父の代わりに私が大掛かりな情報操作と隠蔽工作を指揮することになる。
――身が持たない。万が一、ソウガが魔法剣を使ったなら、その代償として丸一日、私の奴隷になってもらう。
私に顎で使われるソウガの姿を想像して、つい口角が上がってしまう。ふと鋭い視線に気づき、顔を上げるとハンナが半目で睨んでいた。
わざと大きく咳払いをして競技場に視線を向けると、ソウガが超高速移動をするところだった。
ボンッと空気が爆ぜる音が上がり、一瞬でその場から消える武蔵零式。
これでソウガの勝利――そう確信したとき、済聖光学園席の生徒が通信機に向かって叫んだ。
「シンヤ、ソウガが消えた! おそらく予選で見せた超高速移動だ。すぐに準備しろ!」
通信機に向かって怒鳴っていたのは、テッペイさんだった。競技中の通信は禁止されていない。だが、普通は意味がない。
だが、小型の武蔵零式はカメラで捉えるのが難しい。後方にいるなら、尚更だ。そう思い直したが、今の指示に一体どんな意味があるのか――。
その直後、シンヤさんの紺碧の機人は肩の二門の魔導砲を背後に向け、一気に風魔法を放った。猛烈な突風が起き、観客席まで届く。
砂塵が舞う中、目を細めて競技場を見ると、強力な魔法で推進力を得た魔導機人が体勢を崩しながらも凄い勢いで走っていた。
そして、その背後には突風を真正面から受け、バランスを崩して派手に転倒する武蔵零式の姿があった。
地面を削り、火花を散らす武蔵零式。だが、その目は青く強く光っていた。
――その瞬間、私は嫌な予感がした。
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