010 決着
ソウガが両手をこちらにかざし、何かを叫んだ。
――刹那、九体の氷の竜が出現した。独眼や角を持つものなど姿はさまざま。
だが、どの竜も荘厳で雄々しい。上位の魔物以上の圧力に押し潰されそうになる。
ソウガの背後に屹立する竜たちはこちらを見据えると、一気に襲いかかってきた。
一直線に迫る竜もいれば、上空から急降下する竜もいる。軌道はすべて異なっていた。
空へ駆け上がった竜は、目前の魔法陣に突進し、いとも簡単に破壊してみせる。その光景に生徒たちは悲鳴を上げ、次々と逃げ出した。
逃げずに留まっているのは、リュウゾウ先生やナツメ、ハンナ、それに腰を抜かして動けない生徒たちだけだった。
そんな光景を尻目に、迫りくる竜の軌道を落ち着いて見極める。まずは一直線に迫る一本角の竜へ盾を突き出した。
バキンッと凄まじい炸裂音が響き――竜は盾を粉々に噛み砕いた。そのまま突き進み、王導機人の左腕に深々と角を突き刺す。
――信じられないことに、その竜は魔法無効を打ち破った。
役目を終えたのか竜は霧散したが、角だけは残り、強烈な冷気を放ち続けている。
次第に凍っていく左腕を切り離し、次の竜に備えるが、すでに八体の竜に囲まれていた。逃げ場はない。
ならば一体でも多く倒そうと槍を構えたそのとき、独眼の竜の目が閃光を放つ。一瞬で槍は凍りつき、粉砕。同時に竜も消滅した。
魔法陣が壊れ、校庭は極寒の地へと変貌していた。校舎からは多くの生徒や教師が何事かと窓越しに見守っている。
校庭に残った教師たちは、腰を抜かした生徒を抱えて避難していく。ナツメやハンナは魔法を展開し、寒さから身を守っていた。
残り七体。どれも強力だ。これは本当に魔法なのか。俺が知る超特級魔法でさえ、こんな馬鹿げた力はない。
もはや敗北は確実だ。だが王太子である俺が、この大勢の前で膝を折ることは許されない。
冷たい汗が全身を伝う。同時に、己のおごりと相手の力量を見誤ったことを悔い、操縦桿を強く握り締めた。
――非は認める。だが王族の誇りは残っている。せめて一矢報いて、華々しく散ってやる。
操縦桿に全魔力を流し込む。片腕を失いバランスを崩した機体を必死に調整し、砲身をソウガへ向ける。
素早く詠唱を済ませ、全身全霊をかけた上級の火魔法を放った。
増幅装置によって何十倍にも増した魔法が砲身を砕き、砲口を流星のように四散させる。
凄まじい勢いで放たれた灼熱の凶弾は二体の竜を粉砕。それでもなお勢いは衰えず、大気を焦がしながらソウガに迫った。
勝利を確信する。同時に後悔もする。夢中だったとはいえ、生身の人間に全力の一撃を放った。それは確実な死を意味する。
――直撃さえ避ければ命は助かる。どうか逃げてくれ。
そう願い、ソウガを見やると、彼は襲いかかる炎弾に向かって呟いた。
「……あとぜき」
驚愕した。突然、ソウガの眼前の空間が裂け、巨大な奈落となった。そして炎弾を丸ごと飲み込み、口を閉じる。
誰もが言葉を失った。規格外の魔法では到底説明できない。理不尽すぎる。一瞬の静寂が満ちる。そんな緊張の中、穏やかな木の芽風が通り抜けた。
周囲を見渡し、いまだ五体の竜に囲まれていることに気づく。――追い込まれていたのは俺の方だ。
もはや戦う術はない。片腕を失い、砲身も砕けた漆黒の王導機人。あれほど頼もしく見えた機体の面影はもうない。
五体の竜に見下ろされ、王族の矜持も凍りつく。敗北を悟った――その瞬間、一斉に竜たちが襲いかかってきた。
◆
まだ魔力には余裕がある。だが、空間魔法まで使うとは思っていなかった。まさか生身の人間に魔法砲撃を放つとは――。
俺でなければ、死んでいた。
そう思うと怒りと呆れが胸をかすめた。だが、自分で怪我を承知の上で戦ったことを思い出し、肩をすくめる。
想定外の魔法を使った反動で疲労感に襲われ、膝をつきそうになる。ただ、戦闘不能となった王導機人を見て、気力を絞り出した。
次の一撃で終わらせる。氷竜たちにヤクモを傷つけるなと命じ、解放する。
瞬時に氷竜たちが機人へ襲いかかった。操縦席を避け、四肢を食いちぎるが、冷気の侵食は抑えていた。
忠実に従う氷竜たちに満足する。すでに達磨と化した機人を一瞥し、魔法を解除しようとした――そのとき、上空から紅蓮の機人が現れた。
飛翔する機人に目を見開く。赤は武導機人の色だが、金の装飾が施され、明らかに別格の機体。純白のマントを纏い、見覚えのない金糸の刺繍が光っていた。
呆然と見ていると、紅蓮の機人は腰の剣を抜き、横薙ぎに払った。
――一瞬で五体の氷竜が消滅した。
氷が砕ける音すらなく、ただの一閃。それだけで俺の魔法を打ち消した。最強と呼ばれる王導機人をも超える力を感じ、息を止める。
紅蓮の機人は俺を無視し、四肢を失った王導機人の傍らに降り立つ。装甲を引き剥がし、搭乗席からヤクモを救い出した。
距離があってよくは見えないが、眼鏡は割れ、かすかに凍傷を負っているようだった。氷竜が力を抑えても、冷気の浸食までは防げなかったのだろう。
だが、死にかけた俺と比べれば軽傷だ。思わず口角が上がるが、すぐに失礼だと首を振る。
紅蓮の機人は膝をつき、ヤクモを下ろすと、中から赤髪の女騎士が降りてきた。彼女は周囲を見渡し、声を張り上げる。
「おい、誰か! 殿下を医務室まで運べ! 凍傷を負っておられるぞ!」
その言葉に、生徒を介抱していた教師たちが駆け寄り、ヤクモを見て顔を強張らせた。一人が慌てて治癒魔法を唱え始める。
「何をしている、貴様! 殿下は魔力枯渇を起こしておられる。今は休ませるのが先決だ! すぐに医務室へ搬送せよ!」
叱責された教師は血の気を引き、すぐに詠唱を止め、平身低頭する。女騎士は取り合わず、他の教師に指示した。
頭を下げ続ける教師を見て、少し同情する。
……焦っていたのだろう。魔力枯渇した相手に治癒魔法を使えば、細胞が異常反応を起こし、肉体を変異させてしまう。
常識だ。だが、王太子に万が一があれば学園は責任を問われる。焦るのも無理はない。
俺には関係ない――はずだが、原因を作ったのは俺だ。そう思った瞬間、反射的に乾いた笑いが漏れた。
「おい、お前! なんだその態度は。殿下をあそこまで傷つけておいて、反省はないのか!」
女騎士はヤクモが運ばれるのを確認すると、俺に詰め寄ってきた。
その態度に、微かな怒りを覚える。これは授業の模擬戦。学園の許可もある。しかも俺は生身。断然不利な状況で、一歩間違えれば死んでいたのは俺だ。
反省――誰に? 何に対して? 何一つ分からない。
……疲れてはいるが、魔力は十分に残っている。あと一戦くらいはできるだろう。人差し指を女騎士に向ける。
「……ぬすけんな、ばか」
気づけば方言を呟き、ただならぬ気配を放つ。ヤツも腰の剣に手をかけた――その瞬間、リュウゾウ先生が間に割って入った。
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