月灯りと猫の声
夜になると、あの路地には猫が集まる。
誰が言い始めたのか、町ではいつの間にか「猫の集会通り」と呼ばれるようになっていた。
その通りには、古い本屋がぽつんと一軒ある。昼間はひっそりとしていて、開いているのか閉まっているのか分からないような、古びた木の扉。
けれど夜になると、不思議なことが起きる。
本屋の二階の窓辺に、一匹の白い猫が現れるのだ。
その猫は、とてもきれいで、どこか人間のような目をしていた。
名前を呼ぶと振り向くこともあるらしいが、誰もその名を知らない。
月がきれいなある夜のこと。
ひとりの小さな女の子が、その通りを通った。両親が大声でけんかをしていて、家にいたくなかったのだ。
家から出たまではよかったが、夜の暗さがこわくて女の子はしずかに泣きながら歩いていた。
女の子はふと本屋の前で足を止めた。
すると、上の窓辺の猫が、まるで待っていたかのように、するりと下へ降りてきた。
「にゃあ」
白猫は、まっすぐに女の子を見つめた。
その目を見ていると、女の子はなぜだか安心して、涙が止まった。
猫はとことこと路地を歩き出す。
女の子はその後を、なにも考えずについていった。
路地の奥に、小さな広場があった。
そこにはたくさんの猫たちが集まっていた。
黒猫、灰色、縞模様に三毛。
みんな月を見上げて、静かに鳴いている。
女の子は驚いたが、こわくはなかった。白猫がそっとそばに座り、じっと彼女の顔を見上げた。
そのとき、白猫が、まるで誰かの声を借りたように、静かに言った。
「ここに来てくれて、ありがとう」
女の子は目を丸くした。
「しろねこちゃん、しゃべったの……?」
白猫は目を細めた。それが笑ったように見えた。
「ここは、心がさみしくなった子が来るところ。月の光が、少しだけ勇気をくれる」
そう言って、白猫はふわりと彼女の膝に乗った。
ふわふわであたたかかった。
しばらくして、女の子は目を閉じて、少しだけ眠ってしまった。
目を開けると、朝になるところだった。
たくさんいた猫たちは一匹もいなかった。
けれど、不思議と心が軽くなっていた。
その日から、女の子は夜がこわくなくなった。
それからというもの、「猫の集会通り」は、夜になるとしずかにざわめく。
たまに誰かが、夜の路地で白猫を見たと言う。それが本当かどうかは、誰にも分からない。
でも、たしかにいるのだ。
この町のどこかに、月の夜にだけ現れる、誰かの心をそっとあたためる猫が。