第8話 人形の眠り
美味しい『モノ』を食べた気がする。
するだけ、多分するだけしかない。
己は人形。形があるだけの『片割れ』。
ただただ、異界の夢を見て。
また違う『異界の編纂者』に伝えるだけの道具。
死んでいるのも同然の道具だから、キレイにキレイに飾ってもらっているだけ。
鋼で。
土で。
糸で。
布で。
溶けても溶けても飾ってもらえるだけの、『蜜出しの箱』でしかないのだ。
異界の編纂者たちが、ある女の子の魂を詰め込んだ『箱の人形』。それに仮の名前をつけて、旅を重ねた上で貯まる『蜜』を地脈へと流していく。
添い寝を可能とする『タネ』が蜜を溢れさせ、人形は箱に入ったら氷のように寝るだけ。自動人形に見えて、実は燃料のいる機械仕掛けに似ている。
壊れてしまう世界の修復を促すための、『情報伝達の箱』に近い其れ。
ただただ、集めては伝えるために流して。また動かなくなってじっとしていく。
ひとりじゃないが、タネは己の相手ではない。動かすための添い寝を許された存在。
それもまた、自分の欲しいモノを手に入れるために……添っているだけ。
逆さまの『異界』にはいない。
全く逆さまの『表の編集部』にお互いいるのだろうと、されているが。
それぞれの役割を終えたあとに、全てが決定するのだ。
終わるまでわからない。
人形の『朱里』の外側が溶ければ、また着飾るまで時間がかかる。
添い寝を許された『政』は、布や糸がわりにおもちゃのカードで彼女をまた着飾る。
チグハグなやり取り。
無謀なやり取り。
そう見えるかもしれない、世界の理への導き。
表の編集部らも、自らの生き筋を導くのに躍起になっているが。
最奥の到達者である、朱里と政の方が悲惨かもしれない。
崩れて、流して。伝えてはまた集めて。
今もまた溶けていく、政が集めた『綿埃』はどんどん溶けていくのだから。
「ま……さ。も、い……よ」
「いやや! また……また溶け切ったらあかん! 逢えるんやろ? 向こうでお前の成に! 着飾らせてや! そんな木乃伊は!」
「だ……って、わ……たし、人形」
「もとは女の子や! 魂の集めたもんでも! お前は女やろ!?」
タネとて集めた魂のそれでも、集まった数が多いから整いかけている。それなら間に合うかもしれないと、朱里は目もとが笑う形になったと思う。
「……いいよ。もう、添って? あの人……に逢えるように」
「! ……わかった」
朱里の形は、結局ほとんど残っていない。
木と粘土で固めて作った、手で抱えられる人形は一見可愛らしい整い方に見えるも。冷たさしかない其れを抱え、政は溶けていく粘っこい中に身体を埋めた。
廃油が流れた水溜まりのようなそこには、銀髪の男が倒れているようにしか見えない。けれど、ここには他に誰も来ることはない。
廃墟の外からは見えないが、室内の空気はだんだんと冷え始め。政のいる水溜まりも端から凍っていくように見えた。