第7話 死を厭わぬ編集部
「「終わった!!」」
五条から渡されたデータの振り分けを、警視庁の一角にと設置された部屋で兵部と峯岸は完了することが出来た。無関係者だった頃はそれぞれ社会人としての仕事技術を身につけていたお陰か。
『表の編集部』の仕事の末端も、だいたい似通っていると思われがちだが無理もないのだ。兵部と峯岸の『役割』が来るその時までは、壊れないように務めるしか出来ないとされている。日本どころか、『地球自体』を壊れないようにするためだと。
「お疲れ様でございます。拓也様。妃里様」
柔らかい口調の男性が端末の前で崩れ落ちそうな二人に、ふわっとした表面のカフェラテを差し入れてきた。市販のスティックブレンドではなく、わざわざ二人のために手作りという気遣いだというのは知っている。
互いに、振り分けたPDFデータを。土木関連の『編集部』へと確実に送信するのを忘れない。あの膨大なデータは、これから予測されていた『ここあそこが壊れるから』を五条ひとりで導き出したものなのだ。
ただ寝ているように見えて、能力者の彼が『予知を通じて割り出した特定地』全てを、起床している間にひとりでデータとして作成した。
警視庁に所属はしているが、事実は『存在を守られている』だけでほとんど警察の人間ではない。特定の所属に到達するまでは、訓練も受けていたらしいが。兵部が今の所属に就く頃には、五条の存在は既に『能力者の彼』でしかなかった。
「ふわふわでいっつも美味しい……篠崎さんのこのふわラテ好きぃ」
「完璧なまでの仕上がり……いつも助かります」
「いえいえ。悠馬様のサポート、こちらこそありがたいことです」
顔を合わせた時には、五条は活動の半分を『夢見の予知』の中にいた。そして、ある程度の『予知のデータ化』を終えた今も。兵部たちを呼んだ『部屋』のソファで意識を閉じたまま寝ている。
彼の仕事はこれからが本領発揮だと知る者は少ない。
ただ杜撰な人材だと惑わせて、実は国家の危機への対策を担っている中心人物なのは知る者は少ない。兵部も言い聞かされてきたが、未だに信じられないでいる。
「……ほとんど死んでも同然の、人間にも『役割』を与えただけ」
兵部もその編成に加わったと知った頃は、若かったので反抗意識もあった。でも、その対面の時に起きていた五条に頭を撫でてもらえた後には、考えが変わった気がしたのだ。
『……お前さんだけの、【最愛】を見つけな。それがこの仕事の最終報酬なんだよ』
人間なのか、死者なのか、妖怪なのか、はたまた神なのか。
最後の最後で、其れ相応の対価は得られる。だからそのために、地球の崩壊を防げ。海も地形も空も。告げてきたのは、逆さまである『異界の編纂者』。兵部がこの前見た彼らは『その一端』に過ぎない。
彼らもまた、五条のように其れ相応を得るために。逆さまの『異界の維持』を今も書き変えているのだろう。
ふわラテをもうひと口飲むと、疲弊しかけていた意識が冴えるようだった。
「五条さんのデータによると。世界大戦によって、世界各地の地層のバランスが、100年強でめちゃくちゃになっているのか。地層の隙間を凍らせれるので間に合えばいいが」
「術師さんってそれ出来るの? こっちの特定のクジラの皮を採取も怪しいのに」
「やるしかないんだ。俺とお前じゃ、能力の育成にもう少し時間がかかる。『夢想空間』に溶け込むまでは現実世界でしか対策出来ん」
「……そうね。五条さんの『予知』のデータは確かだもの。これのお陰で各地の滝壺の水量調整も出来ているし」
「君が加わる前から、ユニセフ経由で計画は進んでいたらしいからな。……五条さんの人生奪還もかかっているんだ。俺たちもどうなるかわからない」
「確かに。自分がいきなり『化け物』言われても、五条さんは違ったもの」
峯岸はふわラテを一気に飲み干すと、体が服も皮膚も何もかもが黒く染まっていく。完全に黒く染まると、水のように蕩けて地面に染み込んでいく。シミが消えた頃には彼女の姿は何処にもなかった。
「……頼んだぞ。皮の捜索とやらは通常の術師にはできない」
五条の予知の中で『必要』と出たモノはおそらく、既に海底に眠っているだろう。峯岸の『影液』の能力で、見つけ次第確保は出来るかもしれない。しかし、畏怖されがちな『影』『水状』の合わさった能力を率いれたのも五条の懐の大きさ。
一番の犠牲を払っている彼のサポートに来る編集者は、『死以上の報酬』を受け取る前提の異質者なのだ。峯岸のカップを片付けている篠崎すら、同じ扱いであることに変わらない。