第3話 足掻く意味もない
消えた彼らが『何か』を知る者は少ない。
表舞台であれ、裏舞台であれ。
何処か彼処に出ては消え、意味深な言ノ葉の羅列と人間でない存在たちの【残像】を残すのみ。
数少ない知る者たちもまた、彼らの手玉に取られて情報を意味不明なものにされるだけ。
出会い、僅かに記憶に残る者も、また同じ。
「……とうとう来ちゃったねぇ? 『異界の編集部』」
「呑気に煙管吹かしている場合ですか!」
「騒いだって意味ないっしょ? 彼らが来たんだから警察の俺らだって……対策すれってだけさ」
黒と赤の彼らの記憶を持つ者として、『兵部拓也』と呼ばれた警察の人間は。事情を知る上の人間に伝えても呑気に『ああそう』と返されただけ。
兵部自身は、目の当たりにした彼らの異質さには身震いしたほど。だから久しぶりに秘密裏に会得していた秘術で守衛部門の二人には記憶を抜き取って消し去るしかなかった。
対する、煙管を吹いているのは兵部よりも屈強な体格をしているのにだらけた態度をしている男は呑気に椅子に座っているだけだ。直に会ってはいないが、兵部が目にすることが出来た彼らの存在は熟知している。兵部の口を止めたように、自分らは『これからの対策』を実行するしかないのだと。
「五条さんのいうとーり。あたしら『表の編集部』に携わる人間でしかない存在。異界の側ではただの駒だけさ」
茶汲みがわりにコーヒーを持ってきたのは、所謂姫カットの黒髪女性。口調に似合わず緑のシックなスーツでトレーに人数分の珈琲を運んでいた。兵部は彼女の言い分をわかっているのか、悔しそうに口を閉じる。
「峯ちゃん、ありがと。俺らが『現在』警察の人間の中にいるんなら……特殊部隊への直接的な命令書を出せるってことさね?」
「まさか、ですけどね。あたしも拓也と同じ部署にいた昨日で気づきましたよ。『ただの同僚』が『同業者』ってことに」
「……峯岸自身も、剪定の能力者だったのか?」
兵部も彼女からコーヒーのカップを受け取りながら問い掛けた。しかし、峯岸は否定の意味で強く首を振った。
「昨日の夜までは……そんな異能者だなんて気づかなかったわよ。夢見なんて絵空事とか思っていたくらいなのに。でも……あの声で気づかないって無理」
「異界の編集者の声……『天啓』の宣告は特殊な声音だ。相応に実力をつけていない者でさえ、瞬時に呼応してしまう。拓也くんはともかく、峯ちゃんは隠されてただろうね。そういう子は日本以外でも気づかせた存在はいるだろう。彼らは自分の仕事以外、『どうでもいいから』」
煙管を一旦置き、峯岸の淹れたコーヒーを飲む五条。壮年の彼ですら、昨日の彼らには能力でも敵わないと言わんばかりの口振りだ。
「……五条さんでも、あの二人に敵わないんですか? 止めるとか」
「やめときな、拓也くん。彼らは『異界の編集者』。だから人間すらでない。僕らがなんとなしに頼る『神』が許した存在なんだよ」
「「人間ですら、ない?」」
兵部が一応目にした彼らの姿は人間のようでいた。
しかし、まるでアニメやゲームのような演出で式神のような顕現も可能にしていた。現在、僅かに存在している呪術師や陰陽師などにあのような能力は受け継がれていない。とくれば、異界からの渡航者だからこそ可能。
「一応生きてはいるらしいが、俺の掠る『予知』にも具体像がないんだ。拓也くんが目にした姿は……おそらく『膿』の姿だろうね」
「う、み?」
「あたしも見てないけど、彼らの姿は統一されていないんですか?」
「うん、そう。峯ちゃんが『今まで視た夢の姿』って覚えているかい?」
「え、いえ? むしろほとんど霞の中みたいですが」
「そういうこと」
「はい?」
「……固定した姿がない。んですか? 五条さん!」
「正解」
兵部も五条の『予知夢』の話はよく聞いていた。災害を予測するモノもあれば著名な人間が死ぬモノとか様々。秘密裏にそれを頼りにできるかと言えばそうではなく。
【世界がひっくり返る時しか役に立たない】
という持論とやらであまり信用がないとされていたが。ふとした時には当たるとかで、警視庁内ではそれなりに重宝されていたのだ。
その五条の予知夢が本領発揮する時期がこれで来たなら、兵部も違和感がある五条の言いたい事柄を理解出来そうだった。
「じゃあ……彼らの存在其の物が『夢の登場人物』と同じようなモノってことなの?」
「確証はないが。わざわざ『なんにでもなれる』ならゲームカードとかで姿を適当に置き換えるくらい可能だ」
「神にも依代が必要だからね? 主部隊の彼らに『玩具』で憑依体の形を創るのくらい遊び道具として与えたんだろう?」
「「すっごく特定しにくいです」」
「揃って言わないの。とりあえず、俺が言えることはこれまでの震災地や海との境の補修強化の計画書くらいだね」
いきなりの提案企画に、兵部と峯岸が珈琲を噴く前に顔が引きつるくらいで済んだと互いに思っただろう。五条が今時のようにPDFデータでどうぞと言わんばかりにタブレットの一覧を見せた時の、笑顔。ただただ能力者として職務制限されていたわけでないのが、兵部らにもよくわかったのだった。
「こ、この量の指示書ぉ!?」
「峯岸、PDFの分割だけ頼む。どこの部署を派遣するかは俺がなんとかするから」
「拓也、頼むわ。五条さんはだって」
「もう寝てる。行こう!」
指示書とやらのタブレットを渡したすぐ後だ。身体をふらふらしかけていた五条悠馬の方は、とっくに腰掛けていたソファに倒れていた。事情を知る兵部は峯岸の背を押して部屋から退室するしかない。
五条の予知夢に、他人を介入させてはいけないのをよく知っていたからだ。
また明日〜