第17話 本性を知るのが怖い 弍
何が起きているのか、意味がわからないでいた。
慕っていた上司が、いきなり兵部が秘匿していた『歌ってみたの音源』を峯岸の前で暴露したかと思えば。
その音源の中の抑揚に合わせて、身体が骨折したかのように曲がったかと思えば……中学生程度の低い身長まで縮んでしまった。しかも、容姿まで変わるから術式か何かと思ったらそう言うわけではなく。
『表の編集部』にとって、今までの五条悠馬は仮初の姿。実際、本人に決まった姿や年齢はないと言い切った。今も目の前にいる美少年に見える姿も仮初。しかし、記憶と経験は間違いなく『五条悠馬』だったモノは書き込まれているらしいが、人形と呼ばれる道具でしかないそうだ。
「え、あの……道具が生きてる??」
「耐えろ、峯岸……。俺もまだ混乱してるが、俺たちが知っていた五条さんでさえ仮称だったのは」
「おーい。言っとくが、お前さんらもそれだぞ?」
「「は??」」
「んじゃ、切り替えいくか? イチ!」
号令と共に、兵部の身体もだが峯岸の身体は整列と同様に動いた。動きは出来たが、身体は硬直したかのように動けなくなる。手足を伸ばしたくても伸ばせない。
五条だった少年は、いつの間にか木刀を持って立っているだけ。目を凝らして彼を見ても、自分の知る五条でも何でもない。幼い少年の姿をした彼は、次にサッと右手を横に振った。
「ぐっ!?」
「い゛!?」
その所作だけで、耐えてた兵部らは背に圧をかけられたかのように床へと押し潰される。まるで岩のように巨大なオモシを乗せられた感触を得たが、実際に何も載せられていない。
立ち上がろうにも、上からの圧で何も動けない。それを一分感じ、またいきなり消えていく。少年は何も言わないでいたが、竹刀でとんとんと床を軽く叩いていた。
「まだ耐えれんか? 事前に拓也の聴かせてもダメかぁ? 余分なもんが詰まってんなあ?」
声も、中年の五条のモノとは全く違っていた。
声変わりを、ある程度抜けた程度の少年のものでしかない。気さくで面倒見のいい五条には、それなりに訓練の指導を受けたものだが方法が全然違っていた。
こんな異質でありながらも、的確な指導方法をするタイプではなかった。
「ごじょ」
「成って呼べ。俺に固定名は無い。成も、役職名と思ってくれていいが」
「あた、し……たちが知っていた、人はっ。あなた、じゃないんですか?!」
少し起き上がれそうな峯岸が、必死の形相で問い掛けようとしていた。
数時間前の、労いをくれた男性と同じモノだった存在を信じたくないのか。今さっき、自分らに載せてきた圧力は指導でもないと思いたくないのか。内心、信じたくない気持ちが強いのかもしれない。
しかし、成は首を左右に振ってから苦笑いをしてくれた。
「信じたくないだろうが。この役目を得た存在には『概念』が整っていない。年齢も、性格も。下手をすれば性別もだが、今回の俺は男だから安心しろ」
竹刀を持ち、左右上下と型を演舞したかと思えば。今度は手足が伸びていき、髪もさらさらと。黒から染めたような亜麻色に変化していく。胴体も足も引き締まったそれへ。顔立ちは敢えて美人系にはしているが、漢らしい雰囲気を強めていた。
「な……に?」
「もう……誰?」
信頼していた男性が、どんどん異質になっていくのがわからない。
そもそもの役割すら、偽りだったのか。愕然としてしまいそうになるこの状況で、本来の自分らの役割がわからなくなってくる。兵部は立ち上がってもう一度聞き正そうとしたのだが。
いきなり、足が滑って前に倒れてしまった。
「……え?」
大袈裟ではないが、青年向きの特殊ジャージの袖などが余っているかのように折れていた。ズボンも同じだから、滑ってしまったのだろう。あまりにも届かなく、手足の長さを見ても小学生くらいしかなかった。
「なにこれ!?」
峯岸にも同じ事態が起こったのか。振り返って見てみれば、ふんわりとした金髪の美しい少女と変わってしまっていた。同僚の峯岸本人なのか、かなり疑いたいくらいの美少女だ。
「ははは! 最初の『王』にしてはデカいな?」
この変化をわかっていた成は、面白そうに笑っているが意味不明な言葉を言い出した。こちらが理解していないのをわかってか、軽く竹刀を振れば、兵部らの余っていた袖などは縮んでぴったりとなる。
「……これは、なんですか?」
「ちっちゃいんですけど!?」
己の能力にはこんなものはない。お互いにそれがわかっているので、成に回答を求めるのは当然だった。彼は自分が変化してもただただ笑っているだけ。
しかし、こちらに来れば……しゃがんで目線は合わせてくれた。その目の優しさは五条だった時と同じ気がした。
「小さい小さい、『最初の編集長』。それぞれの長がお前さんらだ」
「「は??」」
全く意味がわからないと、間の抜けた声を上げた途端。
関節に激痛を感じ、また倒れてしまった。峯岸も同じなのか、うめく声は聴こえるもどんどん遠ざかっていくような気がする。
「耐えろ〜、耐えろ〜! これから互いのために、本気で編纂しなくちゃだからな!! 互いのために離す!」
成が運んでいるのだろうか、彼の声も遠ざかっていく。色々聞きたくても、痛みがどんどん強くなっていくので耐えるのに必死だった。
その痛みが強くなるにつれ、意識が水の中に『沈む』感覚を覚える。気がついた時には、全く違う場所に座り込んでいた。
花畑の中に、シーツにくるまった『赤ん坊』に。




