第15話 表の編集部の本性
政は久しぶりに、本気の息切れをしたと思う。廃墟を棲家に使用していたのと、毎回水浸しをしまくりの『泥化』だったので片付けはほとんどしていない。
水気をモップで吸わせ、絞るときは術を使って限界まで搾る。
出てくる水はバケツに入れるのではなく、搾られる流れをそのままに球状にして宙に浮かせる。
「氷雪!」
朱里が袖を振れば、水は氷の塊に。それを袖の振り具合で天井部分にゆっくりと上がる。この繰り返しを幾度かした事で、政の方が息切れるのも無理がない。
まだ途中だが、本格的に掃除だなんて……かなり久しぶりのことだったからだ。朱里には無駄に体力を使わせられないので、政が率先して力仕事を担うのは仕方がない。
何故なら、朱里が最初は対決だと言った居場所づくりを。
『政の方にあげるわ』
なんて言い出すので、気合が入らないわけがない。ただし、水の使い方を見た途端、違う意味で焦り出したが。集めた水を氷に変えて、天井部分に集めていく。溶け出さないように術で細工はしてくれているようだが、仕事が早いので急いで掻き集めるしかなかった。
ある程度の水浸しが落ち着き、朱里の作業もひと段落ついたのか。水が抜かれたホワホワのブランケットや毛布たちを自分なりに、好みに並べていた。
「……なんや、色づけてくれるんか?」
「そーりゃ? あの子との『最初』の手始めくらい整えてあげるわよ? 成は成で既に場所確保してるっぽいし」
「あ? 何処にもらったんや、あのアホんだら!?」
「決めたのあたしじゃないもーん」
姫装束という服装に合わせて、可愛くぷいっとする姿は艶やかさもあってさらに映えていく。この性格は蜜を受けた成の好みだと言うので仕方がないが。
『現実の表』と『異界の表』は同じのようで違うとされている。
それぞれの生活には、『選ばれし存在』を等しく集める時間軸の都合とも認識があるのだ。
台風、稲光、地割れ、地震、津波など。
多くの災害が引き起こる時期こそ、『異界の編集部への依頼』が彼方から届くとされている。
天の『成』。地の『政』。
それぞれを異界側が現実側へと選定することで『タネ』が散らばるのだ。
「タネの俺がこっち側で……か。それもお前の『ばあちゃん』の依頼なん?」」
「おばあちゃんも必死だもの。こっちの時期が色々迫りつつあるときに『編集者』のあたしを軸にした。あたしたちの『ID』を掻き集めるためにも、準備を急ぐ必要あるもん」
「堪忍ぅ。俺とあいつのは後でええから〜。確実に朱里らは集めてもらいー?」
朱里と成が異界側で執り行う事を優先とするのなら、最後の報酬はとんでもない余生を過ごせるのだろう。お互いに余生は絡むと確実に決まっているので、政が気を遣うのも当然。
朱里にも伝わっているのか、ニコッと笑顔になっていた。
「そうよ! あたしと成のスタートは、政たちのためもあるんだもの! そ・れ・に! ほんとの名前は成から欲しいもの!!」
ほわ、ほわと乾いたブランケットには、政が選別した『男前のキャラクター』たちが印刷されている。朱里が好みそうな外見を意識して選び、わざわざカードからブランケットや毛布に印刷したのだが、と気にしていれば。銀色が多い、なかなか爽やかそうなキャラクターのを持つと、政に何故か渡してきた。
「なんなん?」
「銀の鶴丸。埋没経験のあるキャラクターになり切って」
「…………また面倒な」
「あの子のため」
「…………はい」
白百合になっている方のために。つまり、『政の女』になる方の形態を整えるためにも。これまで『朱里』という黒百合のバックヤードを整えてきた準備段階は終わりかけという事らしい。
『現実の表』もある程度、災害の予測などが出来たのであれば。成と政の管轄をそれぞれ仕上げるべき。
受け取った途端、政は意識が蕩けたかと思えば、そのまま倒れてしまった。ふわふわに囲まれていたためか痛みは感じない。
「ちょっとだけ、バイバイ〜」
遠退く意識の中で、政は朱里のそんな声が聞こえたのは覚えていた。




