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第14話 生命を対価にする仕事の始まり

 篠崎への連絡が付くと、メッセの返答は『お疲れ様でした』のみ。柔和な雰囲気に見えて、実のところこの任務には五条と長く携わっているからこそ、それが当たり前と認識している。


 そろそろ、この任務の厳しさを若手の兵部や峯岸らに『知っておけ』と初任務として向かわせた。五条が『寝て』いる期間の本当の状況を肉眼で見させるために。


 これまで生命維持を如何してきたのか、知らないでいるまま五条を現実側で酷使出来ない上層部らの采配もこれで理解出来る。知らない者は多くていいとされていても、兵部は込み上がってくる後悔が腹をうねっているようで苦しかった。



「いや〜、寝起きにはまず糖分補給だよなぁ? ザキやんのやつだとやわいから、即席のスティックラテが胃袋にどんっと来るし」



 なのに、なんてことの無いように。救命処置が終わればいつも通りと起き上がる五条は気楽な風態でいるだなんて。兵部はメッセを送り終わったあとに、また泣き出してしまいそうだった。


 地位とか名誉とかを仮初で持ち合わせていても、生命を賭ける回数が多過ぎる。少なくとも、兵部が知る回数は両手足の指の本数以上のはず。


 呑気に飲み物から飲んでいる彼の横では、まだ化粧直しすらするつもりのない峯岸が五条の欲しがる『ホットスナック』をワイヤレスケトルのお湯で作りまくっていた。だいぶ涙は止まっていても、あんな木乃伊からの蘇りを見てしまうと引き攣る顔も無理はない。



「五条さん! しょっぱいのと甘いの、次どれがいいですか!?」

「峯ちゃん、落ち着けって。驚いただろうけど、『役割』持っているだけだから死なねぇよ」

「それでも死にかけたんですよ!?」

「死なないって。ザキやんが見定めてっから、死なない死なない」

「っ! うぁああぁあ!」

「……お嬢さん泣かすの、毎回嫌だなあ」

「俺だって泣きたいですけど! こんな状況毎回繰り返してるんですか!?」



 兵部も口を挟んだが、五条はほんの少し止まった。ずっ、とカップに入っていた即席カフェオレの残りを飲み干してから、振り返る。真剣のように見えて、少し苦笑いを含んだ表情には『諦め』ではなくて『当たり前』が滲んでいた気がした。兵部はそれ以上叫ぼうとしていた言葉をぐっと飲み込む。



「簡単じゃないからな。『異界の編纂』だなんて。座標を当てられたもん同士、お互いの正確な顔を知らないんだよ。生命賭けて、これ以上の災害を抑えるのは……技術使っての操作なんて、爪切り程度」



 人間がこれまで、文化改革や技術革新などと偉大な技術をモノにした事も、五条のような存在には大したことがないと言い切れる使い方。


 いずれの節目に、役割が有る存在には『仮初の肉体維持』以外は問題があるかどうか。その節目と言っても『理解あるモノしか知り得ない』。兵部は、たまたま節目のひとつを目に出来ただけなのだ。あの黒尽くめの外法師と思える存在たち。



「……あの宣告者たちが来る前から、何度も?」

「あいつらは、俺とほとんど同じ。つか、もっとやべぇよ? 形すら決められてねぇし」

「は?」

「え?」

「次しょっぱいのたーべよ」



 もっと意味不明の回答をもらえても、さらに兵部らは混乱するばかり。五条は腹が減ったのか、用意されたカップ焼きそばを音を立てて貪っていく。生命力の戻りが速いので、本当にいつも通りか。彼への疑問が多いはずなのに、別の疑問の多さで頭が沸騰しそうになる。兵部も峯岸も。



「ま、待ってくだ……さい、五条さん?」

「俺が見たあのふたり。片方は保育園児くらいの子どもでしたけど」



 念のため目にした外見を伝えたが、五条はちょうど食べ終えた焼きそばの器を置き、一旦食べ終えるのに手を合わせていた。



「あ、そんなちっちゃくなってたのか? また迷子になったせいで縮んだな。……さっき見つけたので補給されてたらいいけど。それ女の子だった?」

「あ、はい」

「もうひとりは男っぽかった? 少年?」

「た、多分」



 直接会っていなくても、だいたいの外見が判るのは、やはり関係者なのか。『役割』あるモノとしての。兵部が回答していけば、五条は大袈裟なくらいにため息を吐くが。そして安心したように頷いて片手で顔を覆った。



「……あ〜、間に合った。んで、めっちゃ叱られる」

「「え??」」



 何かが間に合ったのに、叱られるという意味不明。それでも五条は気にせずに続けていた。



「めちゃくちゃ怒られるぅ。編集部としては間に合ったけど、お互いのためにはめちゃくちゃ遅れた……。届けても身体はまだちっさいだろうな」



 とりあえずの栄養補給で、いつものぶっきらぼうな中年男性に戻るかと思えば。これはなんというか、『彼女に叱られる男の懺悔』にしか兵部には見えない。


 五条は役割の関係で、肉親もおらず。結婚も恋愛事も許されていない。仕事の報酬後の『余生のスタート』とやらで確実な家族が居るからと耳にはしている。


 しかし、『誰か』なのかは最終結果が来るまで誰も判らないのだ。兵部と峯岸が『開花』してから得た情報では。



「ふふ。政殿からしたら、お叱りも当然でしょう。暫く『お受け』出来なかったんですから」



 とここで、食事のワゴンを持って来たのか。篠崎が当然のように入って来た。兵部と峯岸は切り替えのために、姿勢を正して会釈をする。


 篠崎はふたりの態度に少し微笑み、ワゴンの蓋を開けてから用意していた『食事』を五条の方へと運んでいく。兵部らのは別だとしても、銀皿には熱々のフライドポテトにとろけたチーズと茶色のグレービーソースがかかった料理だった。



「え? ロスティ?」

「百合嬢となられた方への、御指名ですよ?」

「待って待って!? 百合ってことは……」

「黒百合、ですね。維持のためにまずはこのあたりから大量に補給してくださいね? 芋は大地の恵みですから」

「……はい」



 また意味不明な話題が出たのだが、五条はその料理をガツガツ食べ切った。四十手前であれ、健啖家は凄いと思うしか出来ない。



「……生きている、よね?」

「けど、何度も繰り返して……」



 それでも欲しいものが『何か』なのか。兵部らはまたわからなくなっていた。

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