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第13話 愛を渡した対価は

 兵部はここまで気を遣うことを、予想だにしていなかった己を恥じた。任務から帰還していた峯岸も同じ光景を見て絶句しているのも、当然だと同情している場合ではない。


 暫く、近づく事を許されなかった『五条悠馬』の待機部屋。


 数日もしくは十数日も籠るとされているこの部屋を、『開封』する許可を得たふたりだったが。鍵を開けた瞬間に感じたのは、『紫煙』『冷気』『腐臭』。



 五条が寝ていただけの待機場所に、不審者が侵入するのは不可能だと……兵部は篠崎からきちんと聞いていたのに。この有り様は、五条自身が起こしたことかと峯岸とともに飛び込めば。



「……なん、だよっ」

「ご、じょぉ……さん?」



 部屋中に紫煙が漂い、同時に凍るほどの冷気が刺すように体を包む。煙の中には、嗅ぎたくない腐った塵のような臭いが部屋中に立ち込めている。鼻を塞ぎたいところだが、この奥のソファに五条が眠っているはずなので行くしかない。


 特殊な眠りを通じて、世界の予知を『視る』ている間はこの部屋は立ち入り禁止の『封印』が施される。飲食を一切せずに、予知へ集中する五条自身の邪魔をしない為の封鎖に等しい。


 兵部も峯岸も、世話係の篠崎でさえ一切立ち入れない。


 その封印をされて、十五日ほど経った今日。篠崎から『鍵が開きました』との連絡が来たため、兵部は峯岸と共に対策の報告をしようとしたのだが。


 この有り様の中で、五条悠馬が生存しているのか二人には信じ難いと思い。


 呪符が破かれ、開けっ放しになった部屋の中に駆け込んだ。



「五条さん!」

「兵部、片っ端から換気していくわ!」



 峯岸の声を一応聞いたが、いち早く五条の安否を確認せねばと動きがもたつきかけた。ソファの周りにまとわりつく紫煙を、数珠の動きで打ち払った……が。



「ご、じょ……さ!?」



 煙の消えた先には、まるで木乃伊の如く、干からびた人間かどうかの身体が横たわっていただけだ。服を着ていたので、兵部は『五条悠馬』だとはわかったが。


 この有り様では、生きているのか判らない。判らないなりにも、篠崎が許可したのだから……生命維持管理はきちんとされているはず。


 ならば、と兵部は他に出来るかもしれない方法を執ることにした。


 今この場にある『素材』全てを使用して、五条の肉体を清浄させる方法を。



「ひっ!? これ、五条、さ!?」

「吸うな、峯岸。素材が減るから、口を閉じろ」

「う、ん!」



 邪魔になるからと両手で口を覆い、峯岸が沈黙を取ったのを確認。


 数珠を手に絡ませていたが、宙に投げて束をほどく。


 散らばった数珠玉に、異臭、紫煙らを吸わせて中に籠める。溜めて、溜めて、数珠玉が赤黒く染まるまで気にせずに兵部は、両手で印を組み換えて作業を続ける。



「宿れ……宿れ!!」



 紫煙などが完全に数珠玉に吸い込まれれば、兵部は印を換えてそれらを五条の身体に飛ばした。水分の喪われた青黒い皮膚に数珠玉が触れれば、瞬時に血肉が流れていくように皮膚の色が変わった。


 成功したと兵部は確信すれば、籠めていた素材を全て解放。五条の皮膚が潤うように回復していけば、部屋の冷気も消えていく。峯岸は室温の変化がわかれば、開けっ放しにした窓とカーテンをまた閉じていく。


 役割が整いつつある内に、今まで聞こえなかった人間の欠伸が聞こえてきた。それに反応したふたりは、手を止めて振り返ったが。



「ぁあ……ふぁ。なんかあったけぇけど、ザキやんのじゃなくね? 拓也くん?」



 既に数珠玉は兵部が再び紐束に連ねるように、回収していたが。


 当然のように、起き上がっていた五条の様子を見て。それぞれが感極まって泣き叫んだのは無理もなかった。話に聞いてたものの、ここまで限界点まで生命維持をする必要があることを知らないでいた。死ぬも同然の覚悟をしなくてはいけないことも、誓約書にふたりも書いてはいたが。


『表の編集部』の編集長とも言える五条ほどの覚悟をしてなかった、と兵部も峯岸も思っただろう。ただただ、子どものように泣き叫ぶしか出来ないでいた。



「五条さん! こんな……こんな危険任務なんですか!?」

「へ? あ、見るの初めて……?」

「あ、あ゛だじ……ご、ごんな! 兄貴くらいの上司、さんに……仕事聞いてなくて」

「ちょ……ちょっと、峯ちゃん? おじさんの気遣いくらいでいーんだよ。お前さんらにこんな仕事させられんでしょ」

「「だっで!!?」」



 事情を知らない能力者でも。危険をひとりで背負う人間の気さくさが、感動に近い苦痛を与えられると思わないでいた。


 兵部も峯岸も、五条の照れ臭い顔を見ても泣き崩れるしか出来ない。ソファの下で崩れて、ただただ泣くしか出来ないでいた。



「……だーいじょうぶだって。親戚のおじさんみたいな扱いでいいから? 俺を信じな? お前さんらの結末だって、保証するための仕事だ」

「「うぅう〜……」」



 本当に親戚のおじさんのように、ふたりの背中を叩いてくれる温かさに。それぞれ、本気で仕事に挑もうと思った決意が強くなったかもしれない。死をなんとも思わないこの気さくな人間が目指す、『余生の保証』とやらを一番に彼へ届けたいと兵部は特に思ったからだ。



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