第12話 受けた愛は、確実に
政は急に目が覚めた気がした。
朱里が成のところへ寄り添いたい願いを受け、人形体を抱えて寝床を与えていたのだが。氷層のように冷たさしか感じないそれが、不意に熱くなってきたために慌てて置き上がる。
溶けていた布たちの上に置く時には、もう燃え上がるように色が赤く染まっていた。人形は形を変えるかのように、上に伸び小さな子どもよりは少し背の伸びた少女の如く、しなやかな手足も伸びていく。
光の強さに服は見えないが、この肉体で裸体を見てもお互い羞恥心を感じないように組み込まれているので気にしない。
ふわっと、地面に溶けていた布が浮かんだかと思えば。朱里の新しい肉体に巻き付くように、新しい布地に変わっていく。政が苦笑い出来る頃には、朱里の姿は紫と黒の布で可愛らしく着飾った少女の姿へと変貌していた。
店までの姿が小学生くらいなら、今は中学生ほどだろう。髪も艶やかに長く伸び、腰から下まであるのにサラサラと流れていく。足は裸足のように見えて、黒のレースが縁にあるトゥシューズを履いていた。
顔も縦に長くなったが、幼さはあるのに艶を帯びた女性に見えそうなそれ。
着飾った『人形』に相応しいその風貌は、ゆるりと頬に薄紅を添えていく。意識が戻ってきた証拠なのか、政を見ると花びらのような唇にも弧を描いた。
「政、ただいま〜」
「おっかえり〜」
子どもの肉体と明らかに違う物言いのあとに、朱里は手を挙げて政に向けてひらひらさせていた。それに応じるように、政はグラサンを直してから手を挙げれば、軽く鳴る程度にそこへ叩いてあげた。
熱さはないが、氷ほども冷たくもない。うまく成が寄越してきた人形体の『思念体』を吸収したのだろう。少し茶化した物言いこそ、異界側の編纂で奴が『己の最愛』を見つけてくれから……朱里が取り込めた。
最終的には、どんな女になるかは確定出来ずとも。今も今でなかなかに奴の好みだと確信が持てる風貌。政は必ず『惚れない女』と認識させられているために、朱里には言い寄らない。
政の最愛は、異界に移った瞬間に逢えると定まっている。これらは異界の編纂者として、最後の報酬だと決定されている為。
どれだけ崩れようとも、姿が溶けても。最後の最後に、安寧は得られる。
誰から受けた。
誰から命じられたか。
それは全て、異界に棲息している存在からの『連絡』に過ぎない。
神なのか、それ以上の何なのか。
実際に編纂される者らは、殆どを『抹消』の状態にさせられる。
死など、生易しく。
眠るなど、甘ったるい。
ただただ彼らは、余生の『生活』のために。世界の編纂に、今はただただ形を保てないだけなのだ。
「あ〜あ、今度は『黒百合』。どんどんどんどん、みぃんな死んじゃうのねー?」
「しゃーないやん。成がそないに別嬪さんに仕立ててくれても、『保証期間』が始まったんやろな? 次は確実に表側の俺らも仕事せんとあかん」
「そぉね。政といっしょなのはいいけど……『最初の朝』にしなきゃいけないのは面倒。貴方側の味付けの朝って、季節逆転までしなくちゃじゃない?」
「堪忍ぅ。成側が決めた『褒美』なんやから……そこは我慢してぇな」
背丈は朱里が小さいのに、政は腰を低くするくらいヘコヘコと謝罪していた。溶けた布地のせいで寒いはずが、どんどん朱里から流れる『吐息の熱』で室温が上がっていく。合わせて、政の服装も黒い襤褸から淡い銀に変わっていくから……本人も焦っているのだ。
お互いの『最愛の結末』をどの様に編纂していく必要があるから。同じ余生のスタートでないとわかっているからだ。
朱里はその態度に免じたのか、服の袖を少し伸ばす。シルク地に近い艶やかな生地のはずが、パンっと強い音が響く。政はその音に起立して、じっと動かなくなった。
「いいわ。黒百合の『望月文庫』って編集部組んであげる。余生の『限定BOX』の記録映像もだいたい的に残して、次の仕事が暫く無いようにしてあげるんだから!」
左右の袖をりぼんのように少し伸ばし、鞭の様に振り回した。
「ひっ!?」
「当てないわよ。成のように、演者なんて簡単に出来るかわかんないけど」
振り回し方は、まるで旗回しの振り付けのように。
一。二。と、リズムが大体取れたら……地面に溶けていた布地が跳ね上がり、細かい水滴と変わっていく。それを見定めたら、朱里はさらに上下に袖を振り出した。
途端、色のついた水滴は同じ集まりになっていく。
それぞれ水球となれば、朱里は大きく身体を捻った。動きと同時に、ふにゅんと水球は凹んでしまう。廃墟の開けっ放しの窓を伝って、蕩けて色水たちは流れて行った。
「あーあー……視えへんかて、大胆に」
「ふふ。……あたしの成がせっかくくれた『黒百合』だもの。泣かせ続けた分、こっち側の編集部にも頑張ってもらうわ」
「ありゃ、今までの蜜全部か?」
「ううん。お菓子程度」
「嘘やろ!?」
「とりあえず、片付けするわよぉ?」
「へ?」
大きくなった朱里だが、やはり強制力の働きはそのまま。
水浸しになった廃墟の掃除をするぞと言い出し、隅っこにあったモップで彼女はなぜかスケート風に移動しながら始めた。
「お互いの『はじめ』。ここをどっちがゲットするかの勝負」
「載った!」
態と惚れさせないためとは言え、朱里を『妹』のように仕立てた成にしてやられたと思うしかなかった。




