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腐屍

後悔しきり。

 精一杯自分なりに頑張ってきたつもりだが結果は散々。

 オリアナを救えず、リブを巻き添えにしてしまった。ベイカーやエレンだって俺を逃げしたことで罰を受けているかもしれない。

 あの世で詫びたところでどうとなるわけでもないが──。

 転生6年──呆気ない幕切れだ。

 「みんな…………ごめん……」

 涙がじわりとあふれる。前世の経験も無駄になってしまった。

 

 ──幼い君が自己犠牲?。尊い行いですが感心しません──


 幻聴が聞こえる。虫の知らせとはよく聞くが、()()v()e()r()もあるのか。

 「もう天国……か…………二度目は案外呆気ないな」

 お迎えの声なのだろうか。甘く柔らかな口調に脱力する。

 「もう安心してください。後はわたくしにお任せあれ」

 



 死を覚悟した刹那、閃光は消え失せ、代わりに一人の女性がいた。

 凛々しくも可憐な──まるで戦女神ヴァルキュリーのような女性は長剣を携え悠然と俺の前に立っていた。

 「個人的にはとても嬉しいのだけれど、君みたいなお子ちゃまが来るような場所ではありません」

 ぴしゃりと戦女神は注意する。透き通った白い髪と蒼い瞳。は青巒せいらんの動きやすい甲冑に身をつつむ。

 「は、はい?」

 腑抜けた返答をする。なにがどうなっているかいまいち状況を掴めない。 

 「腕の傷はもう痛みませんか?。ついでに治しておきました」

 しゃがみこんで俺の体をまさぐり具合を確かめる。

 「いっ、い、痛くないです。大丈夫です、はい!」

 顔が、顔が近い。出血は止まり腕の傷は完全に塞がっている。

 「それは良かったわ。魔力の扱いが上手いからって、《《あれ》》を相手にするには時期尚早です。とても反省してください」

 「す、すいませんでした!」

 慌てて謝罪する。

 こんなほのぼのと会話をして大丈夫なのだろうか。いや、ダメだろ。ひどく混乱しているが、事態は一刻を争う場面だ。

 

 「あのー……竜の方は大丈夫でしょうか?」

 「古代の腐竜エンシェント・ロット・ドラゴンのこと?」 

 「……エンシェント……ロット?」

 「ええ、神をも屠るといわれた伝説の竜──成れの果てです」

 「…………神殺しですか?」

 「はい、とてもとても強い魔物です」

 「…………………………なるほど」

 しばし長考の末、頷く。納得したものの脳が理解を拒否する。

 「神よりも強い…………」

 反芻してみるもしっくりこない。

 「全盛期であればこの世界で三本指に入る強さです」

 「ほぅ……なるほど……」

 「君もあのまぶしい光を目の当たりにしましたよね?。あれは消滅の息吹といいまして、一度放たれれば、一帯は焼け野原となっていました。くわばら、くわばらです」

 「くわばら……くわ、そんな奴に勝てるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 俺は一歩身を引いて空に向かって叫ぶ。

 「運が無いにも程があるだろ!。どうしてそんなやつがこんな辺鄙な森にいるんだよ!。もっと荘厳なお城の中とか、暗雲立ち込める山岳地帯の秘境とか、天空に浮かぶ神殿の最奥とかに鎮座しているだろ!。いくら魔の森(アビスフォレスト)だからって人里は目と鼻の先ですよ!。王国軍が束になって戦ったところで勝ち目すらない化物じゃないですか!!」

 「ラスボス?。何のことかよくわからないけど、ここってけっこう森の中心部だよ」

 「えっ……」

 「元気な子供が丸二日かかっても来れないかも……」

 戦女神ヴァルキュリーは困ったような顔をする。話が通じない子供をあやすような言い方で癪に障る。


 たたらを踏む俺の額にそっと触れる。

 「なるほど…………魂の色がちょっと変わっていると思ったから……やっぱり……お目当てが人とまさかこんな形で出会えるなんて待った甲斐があったわ!」

 「いや……そんなことより、ここって魔の森(アビスフォレスト)の中心地?」

 「今はそう呼ばれているの?。昔は聖なる地『ヴィロニア』って呼ばれていたわ。100年も経つと色々と変わるものね」

 「……100年ですか?」

 「わたくしの話はあまり気にしないで、異世界からの転生者さん!」

 戦女神ヴァルキュリーは愛嬌たっぷりに微笑む。




 只者ではないと思っていたがやはり間違いなかった。

 「え……ばれてます?」

 俺の正体を即座に明かされてしまった。


 「……色々と苦労したみたいね。お母さんのことは本当に悔やまれるわ」

 「すべてお見通しというわけか……」

 「《《呪い》》にかかっていなければ容易に炎を跳ね返せたでしょうに。聖水を飲んだところで気休めもいいところよ」

 「ちょっ、今なんて!?」

 「本当にあの三馬鹿は碌なことしないんだから。人族以外に不幸をばら撒く卑劣な奴らよ!。君もそう思わない?」

 「え、は、はい……俺、いや僕の話を……」

 「神様にでもなったつもりなのかしら。だとしたら本当に許せないわ!」

 女性は一人で愚痴って一人で怒っている。

 「すいません、一度落ち着いていただいて僕の──」

 「ごめんなさ。そろそろあいつが起きてきそうだから。後でゆっくりと話をしましょう」

 白髪の美しい戦女神ヴァルキュリーは一方的に会話を中断する。

 人の話を聞かない性格タイプのようだ。

 



 地鳴りのような重々しい音が反響する。


 ──許スマジ神ノ使徒“ヘカテ”。死ニゾコナイノ亡霊メ──


 俺は戦女神の手を振り払い白銀の竜──古代の腐竜エンシェント・ロット・ドラゴンの様子を窺う。

 「あれは!?」

 「……本来の姿よ。後戻りできないほど呪いが進行しているわ」

 「そういうことか……」

 一人得心する。


 あれほど美しかった白銀の鱗は剥がれ、黒ずんだ肉は爛れている。

 雄々しい翼の羽は抜け落ち、所々で骨が露出している。

 左目と牙は欠けており口から長い舌を垂らし、大きく開いた口から涎を撒き散らしていた。

 「ひどい臭いだ……」 

 手で鼻を抑える。銀竜から腐臭が発せられ、目も開けていられないほどきつい。

 「魔力で無理やり抑え込んでいたのよ。わたくしがすべて薙ぎ払ってやったわ」

 

 ──痛イ痛イ痛イィ。邪魔バカリスル女狐メ。モウイイ、貴様ゴト消シテヤル──


 古代の腐竜エンシェント・ロット・ドラゴンは禍々しい邪気を放ちながら咆哮する。


 「うるさくてくちゃい…………」

 危機的状況の最中、リブが目を覚ます。寝惚けているのか俺の衣服を引っ張ってくる。

 「リブ、起きたばかりで悪いけど──」

 「んぅ………………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁりゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 瞬で俺の背中にしがみつく。これなら眠ったままの方が何万倍もマシだ。

 「……離れて欲しい…………共倒れになってしまう」

 「いやいやいやいやいやいやいやいやいやぁー!」

 「ふふっ、ずいぶんとおモテになるわね」

 「……呑気な人ですね…………勝算はあるんですか?」

 泣き喚くリブを宥めながら疑いの目を向ける。

 「もちろんよ!。世界で最も強い、わたくしの剣技をとくとご覧あれ!」

 嬉しそうにヘカテと呼ばれる女性は剣を構える。

 緊張感に欠けて、心配するのも馬鹿らしくなる。

 


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