人類最強の二人
「すごい……」
後方で、エドワードがぽつりと呟く。
幼い頃から英才教育で武術を叩き込まれていた彼だからこそ、英雄がいかにして異端な存在なのか分かると言う物だろう。
「よぉく見ておくのじゃぞエドワード。あの者達が、この世を救済してくれる者達の姿じゃ」
「はい……」
エドワードは身震いが止まらないと言った様子だ。
それは恐怖では無いだろう。
最高峰の戦闘力を目の当たりにした事による高揚だろう。
だが……。
「……」
その隣で歯ぎしりをする様に口元を引き締めるルイスは……一体何を考えているのだろうか……。
「よしっ!」
撃ち損じが居ない事を確認した刀聖は、ローブをはためかせながら後方へ振りむく。
「討伐隊の者達よ!! これより俺と蒼氷は、敵陣営へと突撃を仕掛ける!! この場は頼んだぞ!!!」
「「おぉぉぉぉおおおおおおお!!」」
彼の叫びに返答する討伐隊の勇士たち。
満足いく彼等の返答に、刀聖は強く頷くとこちらへ視線を向ける。
「蒼氷……行くぞ!!」
「任せろ」
言うと、二人はその場を強く踏み込み、前線へと駆けだした。
第二陣が繰り出される寸前だったのだろう。
今にも飛び出さんとする魔物の数々が、ケヴィン達を視界に捉えた事で一斉に騒ぎ出す。
二人は一瞬も戸惑う事なく魔物の群れへ進撃、それぞれの武器を強く振るうとそれだけで数体の魔物が勢いよく吹き飛んだ。
斬れば、殴れば、蹴れば。
一つ一つの動作で確実に数体もの魔物達の息の根が止まる。
彼等を止められる存在は居ない。
空中に打ち上げられた魔物が、重力に習って地面へ接触するまでの一瞬の間で、その魔物の周辺に居た生物は息絶えてていく。
凄まじい速度。
正に瞬きする間に場面は切り替わるだろう。
人間は多対一を得意としない。
どれだけ身体能力を極めようと、どれだけ高い魔力を得ようと、討伐出来る『範囲』と言うのはその者が持つ武器が『届く範囲』が限定とされる。
それは本当だろうか?
答えは限り無くイエスだ。
しかし、世の中に『そんな小さな事』を物ともしない人達が存在する。
異能力に頼らずとも、自然魔法に頼らずとも、剣で、刀で、身体能力だけで多数の魔物を屠る事が出来る存在がいる。
今まさに、それらが出来る存在がここに二人も存在する。
オールガイアランキング4位、紫炎の一閃。
そしてオールガイアランキング10位、蒼氷の朱雀。
世界最高峰の戦闘力を持つ二人ならば、このスタンピードを瞬く間に終わらす事が出来る。
それを証明するかの様に、目の前に立ちはだかる巨大な魔物達ですら、二人を止める事は出来なかった。
虫が、獣が、ゴーレムが、龍が。
手足を切断され、胴体を切断され、頭部を切り落とされ、翼を引きちぎられる。
彼等にとっては下級も中級も上級も関係なかった。
ただ体の大きさが違うだけの魔物という認識でしかない。
しかし、そんな彼らですら一度足を止める様な魔物が目の前へ現れる。
「……なんだこいつ?」
ケヴィンはその魔物を目にして呟く。
巨大なカバの様な、それでいて獅子の様な。
隆々とした筋肉に身を包み、大きな口には鋭い歯とは別に上下合計4本の大きな牙を携え、頭部から長い尾の先まで鼠色の鬣が生え渡る。
硬そうな皮膚は濃い茶色に染まり、赤く不気味に輝く瞳でケヴィン達を見据える。
全長は20メートルに達するだろうか。
ケヴィンが足を止めたのは、その生物を未だかつて『見た事が無かった』からである。
その巨大生物に後ろに見えるキングドラゴンを始めて見た時と同じく、興味本位での観察だ。
このカバの様な巨大な魔物は、確認出来るだけで3体程。
そして以前剣聖と共に討伐したキングドラゴンが6体程存在している。
常々、報告通りである。
「……『ベヒーモス』」
刀聖がポツリと目の前の魔物を見上げながら呟いた。
ケヴィンからしたら聞きなれない単語である。
だがその言葉が意味するのは恐らく。
「この魔物の名前か?」
ケヴィンの問いに、刀聖はゆっくりと頷く。
「あぁ……間違いない。地球の文献で見た魔物の中に、この姿形をした奴が存在していた。ベヒーモスと言う名でな」
食ったら美味いとも書いてあったぞと言う彼の言葉をスルーしながらも、ケヴィンはベヒーモスを見つめる。
ケヴィンにとってベヒーモスに期待する事は、美味いかどうかなんて物じゃない。
『強い』かどうかだ。
ケヴィン達に向け、雄叫びを発するベヒーモス。
開けた大きな口で咆哮するそれは、大地を強く揺らした。
強い風圧に当てられても、二人のローブのフードは脱げる事が無い。
しかし特に風魔法で音のエネルギーを遮断していなかったケヴィンは、その雄叫びに若干イラつきを見せた。
「うるせぇ、黙ってろ」
瞬間、ケヴィンは一体のベヒーモスの頭部へと移動していた。
恐らくベヒーモスはケヴィンのその移動速度を目視出来なかった事だろう。
未だ大口を上げながら叫び声をあげているのだから。
その間抜け面へとケヴィンは高く上げた左足の踵を叩き込む。
大型の魔動車同士が正面衝突した様な激しい音が鳴り響き、顔を高く上げていた筈のベヒーモスの頭部は、地面へと叩きつけられた。
大口から長い舌を出し、完全に伸び切ってしまったベヒーモス。
体が痙攣し、崩れ落ちる様に体を横たわらせるが、恐らく死んでは居ないだろう。
気絶したと言う所だろうか。
加減して放ったただの体術なのだから、この程度で絶命してもらっては困る。
ケヴィンはそう思うがしかし、一気に興味が失せたのもまた事実である。
「見掛け倒しか」
横たわったベヒーモスの頭部に降り立ったケヴィンはつまらなそうに呟く。
ケヴィンを一瞥した刀聖は、仲間がやられた事で激高したであろうベヒーモスへと駆けだす。
刀聖の接近に気付いたベヒーモスは、体を回転させ長い尾を刀聖へと叩きつける。
刀聖は刀を抜刀させ、尾を切りつけ弾き飛ばす。
「一太刀では貫けないか……」
悔しそうにポツリと発した刀聖は、弾き飛ばした尾へ自ら接近し、先程切りつけた部分を寸分違わず切りつける。
「ゴアァァァアアアアアア!!!」
悲鳴の様に聞こえるベヒーモスの悲鳴。
長い尾が半ばから切り裂かれた痛みによるものだろう。
「中々、皮膚は堅いがな」
とケヴィンは呟く。
上級のドラゴンの鱗を位置も簡単に切り裂く刀聖の刃でも、尾を切り落とすのに二撃必要だった。
その事実は、このベヒーモスの皮膚は龍種の鱗の硬さを超えていると言う証明となる。
「この程度なら、あそこにいるキングドラゴンの方が硬ぇな。その分こいつらは素早さに特化してるみたいだが……」
四足歩行でケヴィンへと迫るベヒーモス。
その早さは、上級の魔物ですら比較にならない。
「その早さも正直、話にならねぇな」
再び衝撃音。
ケヴィンへ突進をかまそうと途轍もない速度で迫るベヒーモスへ対し、ただ殴りつけると言う行為だけで対処した彼。
その結果、衝撃に耐え切れなかったベヒーモスの頭部がはじけ飛び、残った胴体は後方へと転がっていく。
ケヴィンが刀聖へと振り向くと、先程彼が対処していたベヒーモスの頭部を刀で上段から串刺しにしている所だった。
刃が脳へと達したのだろう、ゆっくりと息を引き取る様に地面へと体を横たわらせたベヒーモス。
前回のキングドラゴンの様に自爆魔法を放つ暇は無かった様だ。
刃が通るのならなんて事は無い相手である。
キングドラゴンの様に硬い鱗に覆われているのなら多少苦戦は強いられるだろうが、ただ早いだけなのならば遅れを取る事は無いだろう。
その速度に反応出来る能力を刀聖は有しているのだから。
ケヴィンは手応え的に、この程度ならデュランもキングドラゴン程苦戦する事は無いだろうと予想する。
二人は、件のキングドラゴンへと視線をむける。
「あいつらで最後か?」
「スタンピードに対してこちらから攻めると言う戦い方は今までした事が無かったから、最後の魔物達かどうかと言うのは分からないが、十中八九奴らが最後だろう」
「結局報告より合計の魔物の数は多かったが、取りこぼしの数を計算しても十分南門に居る奴等で対処出来るレベルだろうな。つーか対処させろ」
目ぼしい魔物は始末していった。
上級の魔物は確認出来る限り駆逐した筈である。
残るは多くの下級、中級の魔物達だがアルベルト達が居れば、例え多少上級を取りこぼしていたとしてもなんとかなるだろう。
最悪の場合ケヴィンが転移すればいいだけの事なのだから。




