ケヴィン・ベンティスカ6
この作品を手に取っていただきありがとうございます。
拙い文章ですが、楽しんでいただけます様努力してまいります。
室内に入ったケヴィンはおもむろにフードを取り外し、辺りを見回す。
薄暗く光る照明魔道具に視線を向けながら、午後の鍛錬の流れを考え始めるケヴィン。
ガラス製のコップに冷水を入れて運んできたエルフが、何故かケヴィンと視線が合った瞬間にそれを床へと落してしまう。
明らかな事故だが、店員はそれに気づいていないのか、時が止まった様にケヴィンの顔を見つめる。
何か言いたい事があるのかと顰め面をしながら彼は店員に向け首をかしげると、店員は意識が戻ったと同時に申し訳ありませんと呟き、耳まで赤くしながらその場の清掃をしていた。
良くわからず終いだったが、変わりの冷水を受け取ると、ケヴィンは席の壁に貼り付けられているチラシへと目を向ける。
ランチメニューや様々なお勧め商品のフォトが壁一面に張られている中、レストランの営業とは関係の無い様なチラシが一つ、視界に入る。
『アトランティス魔導騎士育成学園、生徒募集中』
英雄の登場で世界が平和になったと言えどやはり自衛の力は必要であり、こう言った軍を組織する事はどんな世でも必須な事である。
只管に強く成る事だけを目指すケヴィンだったが、どうにもこの魔導騎士育成学園には通う気にはなれなかった。
人との関わり合い云々もそうだが、一番の問題はその環境レベルの低さである。
絶対安全が考慮された中での学園生活等で、戦闘における危機感等が学べるとは到底思えない。
死の恐怖を感じられない環境下で、必死になれる状況等ある筈が無い。
それでは強くなれる要素を感じない。
ここ数ヵ月、己の武力の成長が乏しく進んでいない事に嫌気を覚えているケヴィンだが、学園では学べる事等無い……そう判断していたのだ。
ケヴィンは別のチラシへとも視線を向ける。
『新たな英雄!? 謎の氷山再び出現!!』
近年、世間は魔物の異常発生の影響を受け、各国の魔導騎士団や英雄達は世界中を飛び回っている。
先程井戸端会議をしていた主婦達の会話の中で英雄が活躍したと言う言葉を聞いたが、その会話の元もこの魔物の異常発生が根本である。
この広告の見出しにされている氷山とは、魔物の異常発生の対策を行っている討伐隊が遠征先で発見する謎の現象の事である。
氷山と言いつつも、その正体は大きな氷の塊の事であるのだが、その氷山が自然に作られた物では無い事が話題になっているのだ。
明らかに『自然魔法』の行使で、人の手によって作られた物。
その上氷山に中に凶悪な大型モンスターが絶命した状態で閉じ込められているからと言うのが、大きな謎となり話題性を呼んでいる。
ギルド『月下無限天』に登録されている英雄含むギルドメンバーの中には、この氷山を作り上げた人物に全く心当たりが無いのだと言う。
一時期はXランカーの一人である『氷帝』がこの氷山を作り上げたのでは無いかと噂されていたが、本人がそれを強く否定した事もあり、この氷山を作り上げた人物の捜索が始まる事となった。
世間ではこの事件を起こしている者が、未だ存在を公表していない新たな英雄では無いかと大きな期待を持ち、氷山を作り上げた人物の正体が明かされる事を心待ちにしていた。
ケヴィンにとって全くと言って興味の無い話だが、何故こうも世間は氷山の一つや二つ出来上がった程度でそれ程騒ぐのか理解が出来なかった。
当然その氷山は人が魔法で作り上げた物と言われており、その中に凶悪な魔物が絶命した状態で閉じ込められていると言う事実があったとしても、ケヴィンは知らん顔である。
「い……いけません! そちらの席は!」
考え事に耽っていると、店の入り口から何やら騒がしい声が聞こえる。
先の店員が、新たに来客したであろう人物に注意を促している様にも聞こえる。
視線を向けると、いくつかの人影がケヴィンの席へとゆっくり近づいてきていた。
「お主……悪い事は言わぬ、すぐにその席を我に明け渡したまえ」
その中で先頭を歩いていた人物が、ケヴィンの目の前に仁王立ちすると突然に命令を下してきた。
「……何故だ?」
当然の疑問をケヴィンは答える。
と同時に、ケヴィンは先ほど頼んだかつ丼を無性にキャンセルしたくなった。
見れば貴族服を身に纏い、とてもふくよかな体系をした人物が、威圧的な表情を見せながらケヴィンを睨んでいた。
顎まで伸びた金色の髪は綺麗に光り輝いているが、その美しさを台無しにするほどのだらしない体系。
その上に、御世辞でも整っているとは言えない程の醜い顔の作り。
ケヴィンの目には彼が『豚』にしか見えなかった。
「何故? その様な事も分からぬのか。下賤の者は上位の者に敬意を払う。当然の事であろう」
「そんな事誰が決めたんだ?」
つまりこう言う事だ。
この人物はケヴィンに対し、自分は偉い立場の人間だから一般市民は自分の為に席を譲れ。
と言っているのだ。
確かにこの人物はとても上位の立場にある人間だ。
しかも、貴族と言う括りの中には収まらない程に権力を持っているであろう存在。
この男の正体は……。
「この国に生まれた時点でそれぞれの立場と言う物が決まっておるだろう!! 貴様はこの我が誰か分かっておらんと申すのか!?」
「ミリアルド・カルミン・アトランティス。この国の『王太子』だろ? それで、『それがどうした』んだ?」
「そこまで分かっていて何故我に従わぬ!!?」
ケヴィンはこう言った存在が心の底から大っ嫌いだ。
権力でどうにでもなると思っている存在。
親の七光りを惜しむ事無く振りまき、自分自身が偉いと勘違いする。
こう言った者達は、権力で『理不尽』を強いろうとするのだ。
ミリアルドと言えば、アトランティスではかなり有名な人物である。
王太子なので当たり前だと思うだろうが、実際にはもっと他に大きな理由が存在する。
……『問題児』なのだ。
その傍若無人ぶりには国王も頭を悩ませていると聞く。
権力に物を言わせ好き勝手するその様に、一般市民達が国の未来を嘆いていると言う噂もある。
成る程、それらの事が納得出来る条件が確かに揃っている。
ケヴィンはミリアルドを『噂通り』と認識した。
「従う義理が無い。俺はこの国のもんじゃねぇからな」
「ぐぬぬ……」
ケヴィンに国籍は存在しない。
この国出身の者ならば、何かしら国からの恩恵があるのかも知れないが、住居不明のケヴィンは『戸籍』すあるかが不思議なぐらいだ。
「ミリアルド様、私は別の席で構いません。この席は彼の者に御譲り致しましょう!」
ミリアルドの隣で黙っていた女性が、突然と声を上げる。
それに釣られ、ケヴィンはそちらに視線を向け――顔を顰めた。
「……あんたは?」
「その声……もしや貴方は!?」
癖の有る髪に濃いめの化粧、口元の艶やかな黒子に決め手は赤い宝石の首飾り。
間違える筈が無い、ケヴィン自身二度と会う事は無いだろうと思っていた人物、マリアがそこ存在していた。
まさかこんな短時間で二度も遭遇する事になろうとはと驚いてしまったのだ。
あの時彼はフードを被っていた為に、マリアに顔を見られていなかった。
しかしケヴィンは今まさか知り合いが現れるとは思わず声を誤魔化していなかった為に、その少ない情報からケヴィンが何者かとマリアは気づいた様であった。
「何だ? マリア、この者と知り合いか?」
「はい、先ほど申し上げました様に、大変お世話になった方です。お礼を言うタイミングを見失い、あろう事か挨拶すらも出来ずにお別れしてしまったのです」
そう言うとマリアは、ケヴィンへ向き直り胸の位置へ両手を当てる。
「先程は大変お世話に成りましたわ。このマリア、あの御恩は一生忘れません」
深々と頭を下げ、ケヴィンへと礼の言葉を述べた。
「いや忘れろ、あんな事で礼を言われる必要は無い」
「そう言う訳には行きませんわ。これでも私、フィリス家の娘ですので」
時に貴族は恩を大事にする。
借りた物は必ず返すと言った教えを忠実に守る家系も確かに存在する。
誰もが与えられて当然と言った考えを持つ者ばかりでは無かった。
「なら、この礼儀の分からねぇ豚をさっさとどこかへ連れて行ってくれ」
「貴様、今何と言った?」
「何だ? 悪いのは顔だけかと思ったら耳も悪い様だな?」
「……マリアの恩人だと思い、先の無礼を許してやろうと思ったが、やはり我慢ならんな。即刻その席を明け渡せ、さもなければひどい目に合わせるぞ?」
半ば脅しである。
マリアは比較的マナーを守ろうとしている節が見えるが、相手が王太子である為に余程の事は口に出来ないのだろう。
「なぁ店員。この店は、相手が王族だからと言って先客の席を奪って良いと言うルールに成ってるのか?」
後方で青ざめた表情をしながら成り行きを見守っていた店員だが、ケヴィンが声を掛けると飛び跳ねた様に驚きながら声を発する。
「はひっ!? い……いえ、その様な事は……有りません……」
声が後半に行くに連れ小さく成って行く、ミリアルドが店員を強く睨みつけているせいであろう。
「だ、そうだ。ルールは守れよ」
「何故我が市民の決めたルール等守らなければならないのだ!!」
「ルールだからだ。そこに王族、貴族、一般市民、人間もエルフも関係ねぇ。そんな事も分からねぇからピッグなんてあだ名で呼ばれるんだ」
「そんな呼ばれ方等された事無いわ!! 貴様!! 侮辱罪で訴えられたくなければさっさと席を渡さんか!」
ミリアルドは声を荒げる。
今まで誰一人彼に逆らう者等いなかったのだろう。
だかこそケヴィンの様な存在に威厳を見せるしか、声で威嚇するしか方法を知らないのだと思える。
「断る。テメェが頭を下げるならまだしも、命令されてはいそうですかと従える程、俺は人間が出来ちゃいないんでね」
正直な気持ちだ。
もしどれだけ威圧的な態度を取られようとも、ミリアルドが「頼み」と言う形でケヴィンへ声を掛けていたら、この様に揉める事等決して無かった筈だ。
権力を、『理不尽』を振りかざそうとした為に、ミリアルドはケヴィンの逆鱗に触れたのだ。
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