あの時と同じ
何度もかまをかけた事があった。
Kの前で唐突に蒼氷の朱雀の名前を出してみたり、蒼氷の仕業と言われている氷山がKの行く先々で発見されてる事を示唆したり。
反応は確かにあったが、決め手には欠けている気もする。
しかし十中八九彼が蒼氷の朱雀だろうと思っている。
だからこそのプレゼントには、この『氷』をモチーフにした青いペンダントを選んだのだ。
彼の得意とする氷魔法を象徴する様なペンダントをプレゼントするのだ。
例え彼が蒼氷の朱雀じゃなくても構わない。
全くの別人のただの超人でも構わない。
Kと言う存在そのものに好意を持ったから。
彼とのギルド支部での一時がとても安らぐから。
ギルド員としての毎日を、楽しいものにしてくれたから。
ただそれだけの、ほんの気持ちだけのプレゼントなのだ。
しかしメイファは、ここで現在自分の不幸を呪っている。
浮足立っていた自分の過去を強く後悔している。
無事商品をメーゼから受け取り、気分晴れ晴れな状態で雑木林の中で馬を走らせていた際、その事件は起きた。
もっと周りに気を配って居れば気づけたかもしれない。
もっと慎重に成っていれば、もうとっくに任務を達成していたかもしれない。
気づけばメイファは、馬ごと空中に浮いていた。
一瞬の事だった。
雑木林を上空から抜け出す程に高く打ち上げられた自分の体。
その原因を探るべく下を見れば、大きく口を開けた『サンドワーム』が存在していた。
一瞬でメイファは混乱した。
何故この様な所に『上級』の魔物であるサンドワームがいるのか。
何故今自分は打ち上げられているのか。
冷静に考えれば、上級モンスターの異常発生の影響である事と、サンドワームの仕業によって打ち上げられている事に気づき、着陸までに頭を働かせて窮地を免れたかもしれない。
不幸中の幸いだった事が、直径3メートルにも及ぶサンドワームの口が捉えた獲物は、メイファの乗っていた馬の方だった。
馬が咀嚼される現状を確認したメイファは、やっとの事で頭を切り替える事が出来、体の体勢を整える事に集中する。
そのまま頭から落下してしまえば、硬い地面に叩きつけられ死に至る可能性がある。
風魔法を詠唱し体を回転させ、なんとか地面に接触する前に体を起こす事が出来た。
しかし対処を始める事が遅すぎた為、そのまま垂直に落下。
エルフの軟弱な体であるメイファの両足は、衝撃に耐え切れず砕けてしまったのだ。
痛みに悲鳴を上げそうになるが、今は呑気に泣き叫んでいる場合ではない。
サンドワームが馬を咀嚼している内に、身を隠す事に専念すべきだ。
目の前にある大木の後ろまで体を引きずるメイファ。
木の根の隙間に体を隠し、息を潜める。
サンドワームには目に当たる器官が存在しない。
地中で震動を頼りに地上にいる獲物へ食らいつく。
主に砂漠や荒野に生息している筈のサンドワームは、雑木林や森の様な土地での生息は不得意である。
「キシャーーーーーー!! キシャーーーーーー!!」
サンドワームの叫び声が聞こえる。
蝙蝠の超音波と同じ機能で、地上に居る際には声の跳ね返りによって周囲の状況を把握する。
その為この様な木々が障害物となってしまう場所では、正確に獲物を捕らえる事が出来ない事から地上に何も無い場所での生息を好むのだ。
サンドワームは地中へと潜る。
完全にメイファを見失ったのだろう。
直径3メートル、全長15から20メートルに及ぶその巨体が地面の中を這いずり回れば、大きな振動が起こる。
メイファは大木の根にしっかりと捕まり、体が転げまわらない様支えていた。
サンドワームが地中に潜ったからと言って安心は出来ない。
少しでも声を上げれば、敏感な震動センサーを持つサンドワームにすぐこの位置がバレてしまう事だろう。
折れ曲がった両足に視線を向けながら、なんとかこの状況を打開しようと思考を重ねるが、何も思い浮かばないまま丸一日が経過してしまい、現在に至るのだった。
メイファに両足を回復する為の技術は無い。
傷薬で傷口が防げたとしても、骨は元には戻らない。
それどころか食糧やそう言った旅の必需品は、馬と一緒にサンドワームに飲み込まれてしまっている。
丸一日飲まず食わずの上に、痛みに堪え未だ定期的に地中を動き回っているサンドワームに存在がバレぬよう、神経とすり減らして過ごした結果、通常より何倍もの疲労がメイファを襲っていた。
こんな事なら回復魔法の一つでも覚えておけばよかったと酷く後悔する。
早く一人前になりたかった彼女は、率先して戦闘を行える様攻撃魔法を集中的に覚えた。
その結果回復魔法を疎かにし、それらを覚える前にギルドメンバーを引退する事となってしまった。
チームを組んでいた際は主砲を担っていると言う自負も有った為、余計に疎かにしてしまった事も否めない。
その結果がこれだ。
痛みを発する両足が治せず、全く身動きが取れない状況。
五体満足ならば、サンドワームから逃げ切る可能性が少しでもあったかもしれない。
しかしその可能性すら今潰されてしまっている状況だ。
当たり前に転移魔法なんて使える訳が無い。
持ち運びの出来る簡易転移魔法陣はとても高価なもので、しかもある程度の大きさある上に消費魔力が激しく、ほぼ貴族層しか所持していない。
例え持っていたとしても荷物は馬に下げていた為、今頃はサンドワームの胃の中だ。
序でに言えば、エルフが戦闘を行う際に用いる杖も荷物の中に混ざっている。
例え万全な状態だったとしても、今メイファが扱う魔法は極端に威力の弱いものと成るだろう。
万事休すである。
思えばKが転移魔法を扱う際、杖等の媒体を扱っている時を見た事が無かった。
Kだから、と何故かそれが当たり前の様に思って居たが、転移魔法程の上級魔法を媒体無しで発動等出来るものなのだろうか。
やはりKも英雄の類なのだろうか。
「っ……」
そんな思考を巡らせている中、足が痛みを発する。
サンドワームが未だこの辺りの地中を這いずり回っているのだろう。
震動で足が揺れ、痛みに繋がる。
何故こんな窮地に陥った状況でも、Kの事を考えてしまうのだろうか。
絶体絶命であり今日を生き残る保証も無いのに、何故人の事を考えるのだろうか。
「……」
大事に抱えていたプレゼントへ再び視線を落とす。
彼は喜んでくれるだろうか。
いつも口元しか見えないフード越しに、あのニヒルな笑みを見せてくれるのだろうか。
会いたい。
最後に一目見る事が叶うのなら。
相手を選べるのなら、彼に会いたい。
とても強くて、それでも熱い飲み物が苦手なあの人に会いたい。
「Kさん……」
呟いてしまった。
ほぼ無意識に彼の名を発してしまった。
その短く小さな呟き一つで……地中から大きな振動を立てながらサンドワームはせり上がってきた。
「キシャーーーーーー!!」
獲物を見つけた喜びか、目の付いていない頭部でメイファに大きく開いた口を向ける。
自分が寄り添っている大木の幹ごと噛み砕いてしまうだろう、のこぎりの刃の様な牙がメイファへと襲い来る。
やけにスローモーションだった。
これが死なのだろうか?
十数メートルに及ぶサンドワームの体長が、距離と言う時間の長さを強調しているのだろうか。
思えば、以前蒼氷の朱雀に助けられた時も似たような状況だった。
幸いにもあの時は怪我等して居なかったが、身動きが取れないと言う意味では同じだった。
息を殺して身を隠していた時、突然蒼氷の朱雀が現れ一瞬にして魔物を氷漬けにしていった。
あの時魔物が繰り出した攻撃を、ほんの少し体を傾けるだけで華麗に避けていたあの姿は、とてもエルフでは実現出来ない身体能力だとも思った。
恐らくその時に破損したであろう彼のアクセサリーも、今も大切に身に着けている事を思い出す。
そう言えばあの時蒼氷の朱雀は、Kと同じ様なローブを着ていた。
フードは脱ぎ去っていた為、尖った耳を後ろ姿からでも見えた。
何故エルフであろう彼が右側の腰に帯刀していたのかは今でも分からないが、今度Kと出会った時その疑問を聞けるだろうか?
なんて悠長な事を考えていた。
目前に迫る死を目の当たりにしながらも、ただただ彼の事を考えている自分が少し恥ずかしくもなった。
ふと目の前に黒い人影が降り立つ。
あの時、蒼氷が身に着けていた物と同じ『黄金色』の剣を帯刀した人物だ。
着用しているローブの色こそ違えど、茶色い髪から除く尖った耳含め、あの時の蒼氷の後ろ姿にそっくりである。
その人物はサンドワームに向けて左腕を翳す。
ただ一言、以前蒼氷に助けられた時と同じ魔法を……その人物が放った。
「ダイヤモンドダスト!!」
一瞬だった。
ダイヤモンドダストの魔法なら今まで何度かは見た事がある。
この魔法は確か予備動作が長かった筈だ。
冷気が発生し、雪がチラつき、その後やっとのことで巨大な氷が対象を襲う。
だが、目の前の人物が放ったダイヤモンドダストは、魔法の名を発した瞬間全くの予備動作も無く突然の氷の山を作り出した。
魔法をぶつけるでは無く、魔法の中に魔物を閉じ込める。
そんな事が可能なのだろうか?
いや、以前自分はこの状況を見た事がある。
二度目となれば信じざるを得ない。
そしてこれこそが蒼氷の朱雀が得意とする氷山を作り上げる魔法の原理だ。
となれば目の前のこの人物は間違いなく、蒼氷の朱雀だと言う事だ。
何故ここに? どうやってここに?
そんな事は一瞬でどうでも良くなった。
彼が此方を振り向いたからだ。
息が止まる程の美形。
エルフ独特の白い肌は見られず、どちらかと言うと人間に近い血色の有る色合い。
切れ長の大きな瞳に筋の通った鼻。
小さめな唇がゆっくり開いたと思ったら、彼は此方に向けて言葉を発した。
「だらしねぇなメイファ……だが、無事で良かった」
一瞬で分かった。
いつもの声を変える風魔法は使ってないが、喋り方のイントネーション。
何よりその皮肉的な口調を自分が間違える訳が無い。
彼は蒼氷の朱雀で間違い無い。
そうか、黒ローブを着てるって事はやっぱりAランク以上の存在になれたと言う事だ。
自分の見込んだ通りだ。
これで自分も晴れて二つ名を持つギルドメンバーの専属ギルド員になれる。
楽が出来るなんて少し甘い考えをしている。
だけど今は言わなければ。
間違い無く自分は助けられた。
おめでとうは後で言えば良い。
今はこの人にお礼を言う時だから。
「ありがとう……『K』さん……」
メイファの意識は、そこで途切れた。
――――……。
間に合いましたね。




