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月下無限天~最強の在り方~  作者:
蒼氷の朱雀編
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あの日の約束

「デスマウンテンで暮らしてたと言うのなら、今の今まで貴方の様な存在が表沙汰にならなかったのも納得よね。あの場所には誰も近づこうとしないもの」


実際、蒼氷の朱雀としては名が出てたんだがな、と言う野暮な事をケヴィンは口にしない。


「でもあの地方は無謀な冒険者や……『とある目的を持った人達』が訪れる筈だけども、そう言う人達には出会った事ないのかしら?」


「……あぁ、何人か心当たりなら有る」


「た……例えば?」


何か遠まわしに伝えようとして居るのか、やはり彼女の表情は此方に興味津々で有る。


「お前の言う通り自分の力量も測れず、浅はかにも名を上げようと無謀にもデスマウンテンを攻略しようとする奴は何人も居た。他にも……『自らの命を断とうとする奴等』も居たな」


エマの言った『とある目的を持った人達』と言うものは、ケヴィンの今言った『自らの命を断とうとする奴等』の事である。


人生に絶望したり、犯罪者の行き着く先だったり、返す当ての無い借金で破綻したり、理由は様々だろう。


その者達は皆一つの目的を持ってデスマウンテンへと赴く事が有った。


……つまり『自殺』である。


デスマウンテンならば遺体は残らない。


骨すら跡形も無く魔物に食い尽くされる為である。


その為デスマウンテンで死すれば供養すべき遺体すらも残らず、まるで存在その物が消された様な最期を迎える事となる。


後腐れなく命を断とうとする者にとっては持って来いな死に場所だ。


ケヴィンが成長して行くにつれそう言った者達は激減していった為に、最近では全くと言って良い程その類は見受けられない。


魔物がケヴィンの手によって葬られている為に、今デスマウンテンにそれ目的で来たとしてもその目的は叶う事が無いのも事実だが、激減した大きな原因はやはり『英雄』の登場だ。


15年前には数える程しか居なかった英雄達も、今では世界各国に一人は存在する程までにも成っている。


レオンとデュランの様な、Xランカーに所属している者が二人もこのアトランティス国に籍を置いている程に、英雄と言う存在は伝説では無く身近に近しい存在に変わりつつあった。


それによって訪れる平和や、彼らの膨大な知識力や存在によって世界経済の流れが変わる事もさながら、彼らが居ると言う事実そのものが人々の心に強く希望を持たせる。


結果として死を考える者や、平和ボケの為に腕試しをしようと言う輩が激減したと言うのが事実だろう。


「その中に……貴方と同世代の人達も居たのかしら?」


「……居たな。大抵の奴らが大人ばかりだったが……一人だけ同年代の奴が居た」


何故彼女がその様な質問を投げかけてくるかは分からないが、それでもケヴィンはあの人物を思い出す。


先日から幾度か脳裏に過った、デスマウンテンで出会った『少年』の事だ。


そう……何故かその人物を思い出そうとすると、今目の前に居るエマの姿が浮かんでしまうあの少年である。


「この世の全てに絶望したって雰囲気を出した奴が、突然デスマウンテンにやって来たって事は覚えてる」


ボロボロの衣類を身に纏った子供、その幼きエルフの姿を思い出す。


彼の姿を確認した時、彼は既に窮地に立たされている状況だった。


上級の魔物に今にも食われんとしているその人物を目の当たりにした際、いつものケヴィンなら『無視』を決め込んでいただろう。


自ら死を望んでいる人物は見てすぐに分かる。


生に縋ろうとしないからだ。


少しでも逃げようとする素振りを見せるものならば、ケヴィンとて助力したかもしれない。


しかし当時のその人物は一切微動だにせず、自らの命を完全に諦めて居る様に見えた。


……だが、ケヴィンは何故かその人物を助けてしまった。


当時既に上級の魔物を屠れる力を持っていたケヴィンは、死を望んで居たであろうその少年を生かしてしまった。


……重なったのだ。


過去の自分と、力の無かったあの頃の自分と。


そう……フェンリルに襲われ、槍聖に助けられたあの時の自分とその少年が重なってしまったのだ。


少年に迫っていた魔物を瞬殺した後、彼はゆっくりと此方を振り向いた。


深夜帯で有る為にはっきりと色の判断は仕切れないが、汚れの目立つ金色寄りの髪色。


短く刈り上げられたその髪と特徴的なエルフの尖った耳が備わり、泥や涙に塗れて汚れ切っては居るが幼いながらもその素顔は端正な作りをしているのが分かる。


身に纏う衣服も所々が破れ、顔と同じ様に汚れ、焦げ付いている部分も有る。


しかしそれを踏まえてもはっきりと分かる『高級感』の漂う衣服。


恐らくその人物の家系は、エルフの中でも上位に位置する家系だったのだろう。


長老家とまでは行かなかったとしても、それに通じる縁者で有るには違いない。


だとしたら、きっとその少年は不自由なく育った筈だ。


人生を諦める等と言った状況になる可能性は低く、人生に絶望した理由が分からない。


ケヴィンはその記憶の中で、当時の数日前から遠く離れた『フォレスガイア』方面から『大きな魔力の渦』を感じていたのだが、それが原因か等と無理矢理なあたりをつけていた事を思い出す。


当時は実際にその少年からデスマウンテンに来た理由は聞き出せなかったが、恐らくその少年はあの日死にはしなかっただろうと確信している。


自分との『会話』で目に光が宿ったのを感じたからだ。


特に自分があの時何かをしたかった訳では無かったのだが何故かその人物に生きる意味を見出して貰う事が、自分が助けられた竜騎士への恩返しに繋がる気がしていた。


「それで!? その人とは、何か会話をしたの!!?」


食い気味に質問を投げかけてくるエマ。


質問は一つじゃなかったのかと思いながらも、何故か目を輝かせている様にも感じる彼女の表情に押し負けるケヴィン。


「あー……なんだっけな、確かに何かを話した気がするな」


本来ならば、ケヴィンの記憶力を持ってすればどれだけ昔の事でも覚えていただろう。


しかし当時のケヴィンは10歳を迎えたばかりである。


長年竜騎士以外の人物と会話をした事が無かった為に、人との対話と言う物がその時成り立って居たかさえも定かでは無い。


ケヴィンにとってはその時の出会い等、記憶の片隅に追いやってしまう程に強い意味のあるものでは無かったのも事実である。


ただ、気が向いただけ。


何人も目にして来た命を落とさんとする者の中から、偶然にもかつての自分の姿と重なったと言うだけの人物。


ただそれだけなのだ。


「いや……話したと言うより、ただただ自分の頓珍漢な意見を一方的に押し付けただけの気がするな」


会話らしい会話はしなかった筈である。


ケヴィンは記憶をふり絞りながら、かつての少年との会話を思い出す。


死する意味を問いただした際に、彼の少女の様なか細い声で返ってきた言葉に腹を立てていた様な気もした。


『生きる意味がないから』『取り返しの付かない事をしてしまったから』。


少年が発した言葉は確かその二言だけだった筈だ。


「確かその言葉に対して、いきなり反論したんだよな。生きる意味がねぇのはテメェが見つけれてねぇだけだ。今生きている事自体が生きている意味だ。テメェに何が起きたか、何をしたかなんて知りたくもねぇが、取り返しの付かない事なんて自分の匙加減で限界を勝手に決めつけてるだけだ。って言ったんだっけかな」


「ふふ……一生懸命生きてる貴方からしたら、とても認められない言動だったでしょうね」


何故彼女はこんな下らない過去の話を聞いて、楽しそうに笑っているのだろうか。


「それから……あー、何て言ったかなぁ」


「覚えてない?」


「こっぱずかしい事をただただ垂れ流しただけの気がするが……」


一部の言葉は思い出せるが、言葉の全体が思い出せない。


頭に血が上っていたのだろうか、その時の感情で勢いのまま言葉を並び立てるのは、今も変わっていない悪い癖だとケヴィンは認識する。


確かそう、這い蹲ってでも……?


「生きろ、這い蹲ってでも生きろ」


そう発言したのはエマである。


今正にケヴィンが発言しようとした言葉。


かつて少年に投げかけた言葉が、一語一句間違える事無く彼女から発言された。


「血反吐出すまで努力して、体が動かなくなるまで足掻いて、少しでも、1ミリでも前に進め。努力して努力して努力して、努力し尽してから諦めろ。テメェはまだスタート地点にも立たずに逃げ出しているだけだ。やれる筈の事、何一つやってねぇにも拘わらず、最初っから諦めてんじゃねぇ」


何故あの日あの時、デスマウンテンに居た少年に向かって言った筈の言葉を、エマがケヴィンの口癖を真似て言ってくるのだろうか。


……簡単な事である。


あの場に彼女も居たのか?


そうでは無い。


あの少年とエマは知り合いである。


その可能性も大いに有り得るだろう。


だがもっと確実で、もっとも真実に近い答えが一つある。


そもそもあの少年は、少年では『無かった』のだ。


成程、何故少年の格好をしていたかは謎ではあるが、あの時の少年が『少女』であったとして、あの顔つきが成長すれば今『目の前の女性』に近い顔立ちに成るだろう。


それがあの少年を思い出そうとした時に、何度もエマの顔が浮かんでくる理由だったのだから。


「何をやってもダメで、どう足掻いても無理で、希望の欠片すら無くなった時は改めてここに来い……その時は――」


「「この俺が殺してやる」」


彼……いや、『彼女』に言い放った言葉が、七年越しに『本人』の口から復唱された。


確認する様に、彼女と同時にその時の最後の言葉を口にした。


言った本人と言われた本人しか分る筈の無い共通の言葉。


あの時少年だと思っていた少女は……ここに居る『エマ・ローゼンクランツ』だったのだ。

殺さないでください

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