和解、そして
「学園の中庭での事を覚えているか?」
「……えぇ」
ケヴィンはエマへとしっかり視線を向ける。
彼女の瞳は、ほんの少しだけ悲しそうな眼差しを見せている。
「あの時の発言を謝罪する。あの時俺があんたに言った、恵まれた環境下で生活してきた温室育ちと言う言葉。あんたにはとても酷い言葉だったと思う」
「……デュランにでも聞いたのかしら……?」
「あいつを責めないでやってくれ、あんたの事を思っての事だからな」
「それは大丈夫よ、デュランが軽い気持ちでその事を言う筈は無いから」
「……お前の人生の全部を聞いた訳じゃない、俺の知ったお前の環境は間違いなくほんの一部だろう。だが……お前の言う通り、勝手に決めつけてたのは俺の方だった。何も知らずに一方的な考えを押し付けたのは俺だった。だから……すまなかった」
「……」
エマの目を真っすぐ見て謝罪したケヴィン。
彼女は黙り込み、ゆっくりと俯く。
許してもらおうと思っての言葉では無い。
ただ、謝罪しなければここから先には進めない。
そう思ったからこそケヴィンは彼女に謝ったのだ。
だから、この後は彼女の判断次第だ。
「私ね」
エマも突然と口を開く。
「あの交流戦の夜……貴方が温泉を作った日の事ね。夜遅くにアドレット達が何やらこそこそしていたから、後を着けてみたの。まぁ彼女達の事だから何か悪戯をする事は考えられなかったけど、それでも少し気になってね」
と言うと、ケヴィンが夜食を彼女に渡した日の事だろう。
このパーティに誘った日の事でもある。
「その時にね……私も見てしまったの」
「何をだ?」
「……貴方のその体の傷よ」
「……あぁ」
エマが言っている言葉の意味は、あの日アドレット達が絶句した、ケヴィンに体に刻まれている夥しい傷跡の事だ。
「……あの時、激しく後悔したわ。貴方の傷を見た事じゃないわよ? 私もあの時中庭で貴方に向けて言い放った言葉を、凄く後悔したの」
「どういう事だ?」
「私も何も分かってなかったの。貴方の今までの努力を全部否定する様に、『優れた存在』だなんて言葉で片づけてしまった。何も知らない癖になんて言いながら、知ろうとしてなかったのは私の方だった。だから……私の方こそごめんなさい」
それは確かな謝罪であった。
自分も彼女に対して謝罪し、彼女もまた同じ様に此方へと謝罪をした。
「いや、謝ってんのはこっちの方だからな」
「いいえ、お互い様と簡単に済ませて良い事じゃないわ。だから私の方こそ謝るの」
「まず俺の謝罪を受け入れて貰ってからだな」
「私の方こそ受け入れて貰わないと困るわね」
「頑固かよ」
「貴方もね」
「……」
二人は同時に睨み合う。
恨みがましい目つきでは無く、まるで冗談を言い合う様に睨む。
「はっ」
「ふふっ」
そして、二人同時に吹き出す様に笑う。
許した許されたじゃない。
互いにそれを受け止めたのだ。
言ってしまった事は取り消す事は出来ない。
体の傷と違い心の傷に完治等無いかもしれない。
だけどそれを限りなく薄くする事は可能だ。
受け入れれば良い、認めてしまえば良い。
互いに互いを傷つけてしまった、そして互いに後悔し反省した。
それが事実である。
それを二人は受け止めたのだ。
彼女との間に金輪際、蟠りは存在しないもの……そう捉えても良いのだろうかとケヴィンは悩む。
今すぐに、レオンやデュランの様に友人と呼べる関係に成れるかどうかと言えば、それは非常に難しいだろう。
先日まで互いに近づこうとすらしていなかったのだから当たり前である。
ただ、気分はとても優れている。
不思議と何かが高揚する様な、そんな感覚に襲われる。
その感情が一体何を指すのかは分からないまま、ケヴィンは彼女へと返答する。
「あの時は勢いで言葉を並べ立ててしまったが……俺は気にしてねぇ。それに、これから互いの事知っていけばいいだけだ」
「私こそ貴方に言われたことは正論だったもの。自分から首を突っ込んでおいて他人任せなんて、してはいけない事だと痛感したわ。と言うか貴方……私の事知りたいの?」
「あぁ?」
恐らく彼女の今出来る最大限のからかいなのだろう。
彼女なりの距離の詰め方とでも言うのだろうか。
ケヴィンの性格上、素直にその事を認める訳がない。
……無いのだが、ケヴィンは確かにその時思っていた。
彼女の……彼女達の事を知りたいと。
デュランとレオンの過去に触れた事も理由に有るだろう。
何も知らないが故に彼女を浅はかな言葉で傷つけてしまった手前も有る。
だがそれ以上に、彼女達に興味を持ったと言う純粋な好奇心に寄るものだ。
「冗談よ。そうね……それなら、先に私から一つ質問してもいいかしら?」
「答えられねぇ事もあるかもしれねぇぞ?」
「えぇ、差支えが無い範囲でいいわ。私の一番の疑問、貴方はその力……どうやって培ってきたの? 分かってるでしょうけど、貴方のそれは一般の枠を大きく掛け離れているわ。混血種としてでは無くとも……ね」
やはりその質問にたどり着く事だろう。
ケヴィンと言う存在を知る上で、最も重要な部分と言っても良い物が、ケヴィンの強さの秘密である。
それがそのまま彼の人生に繋がる事柄で有る為に、ケヴィンを知ろうとするのなら確かにその質問が一番だろう。
レオンやデュランはこの手の事に関して質問を投げかけて来ない。
レオンはあの性格上そう言う事に無頓着だからと言えるが、デュランにおいては恐らくある程度の予測を付けている為、敢えて聞かないと言った手段を取っている様にも見える。
別段その過去を人に語る事に対しケヴィン自身に抵抗は無いのだが、そう言った気遣いが出来るのもデュランの良い所だろうとケヴィンは思う。
だからと言って、率直にそのまま聞いてくるエマやアルベルトの行動も、勿論悪い気はしない。
以前なら即刻突き放しているだろう質問だが、今はもう状況も心境も違ったのだ。
「そうだな……簡単に言えば、俺は一時期槍聖の奴に世話になっていた。この家が俺の自宅になったのも、そう言った経緯が有った上でのアルベルトの手回しだな」
「竜騎士様……ね? 彼の下で稽古を付けて貰ってたと言う事? でも……それだけじゃ少し論理性に欠けるわね……。竜騎士様は、十数年前に行方不明になってるのも含めて、寧ろそれ以降の貴方の人生の方が重要なんじゃないかしら?」
やはりそれだけじゃ納得してくれないよな、等とケヴィンは思いながらも、少しの情報からここまで予想する事の出来るエマの思考能力を評価する。
元々隠すつもりも無い為に、ケヴィンはアルベルトにも語った過去の話を、彼女へと聞かせる事にした。
「そうだな、竜騎士……つまりエリルの野郎が居なくなった後の十数年間……俺はずっと『デスマウンテン』で暮らしていた。そう簡単には信じられねぇかもしれねぇが、それが事実だ」
ケヴィンがそう語った瞬間エマの表情は一転し、目を見開きながら此方へ言葉を返してきた。
「デスマウンテン!? え? ちょっと待って……」
その言葉は驚愕を意味している。
実力を隠している事は明らかである彼女。
ある程度の実力を持つ者ならば、幼い混血種があの地帯で生きて行く事がどれだけ難しいかは理解している筈。
「いつから? ねぇ! いつから住んでいたの!?」
だが何故だろうか、彼女の表情からは疑心は伺えず、何故か好奇心の様な、何かを期待する様な素振りさえ見え隠れしていた。
「それこそ、エリルのやつが行方不明になってすぐだ。ってか……年代を確認する意味あるのか?」
「貴方の話の通りなら……『7年前』もあの山に居た事になるわよね?」
拘りを見せる様な、一つ一つ確認する様なエマの言動に疑問を持つケヴィン。
「7年前も確かに居た。それこそ育成学園に来るまではずっとそこで暮らしてたからな、証拠も有る。……ってこんな事言って、あんたはそのまま信じるのか?」
「普通ならきっと信じないわよ。でも貴方には確かにそれを証明する力も有る。私相手に格好つけて嘘を付く意味も無いでしょうし、嘘が得意な人だとは思えないもの。貴方は自分の思うがままに……正直に生きている。そうでしょ?」
その通りだ、とケヴィンは頷いて見せる。
見る人は見ているとはこの事かとケヴィンは思う。
互いに関わりを断とうとしていた筈なのに、彼女は此方の考え方を少し理解してくれていた。
誰もが自分に対して感じる印象だろうが、それでも興味を持って見なければ分からない筈だ。
「それに、ここ最近元デスマウンテンに潜む魔物からの被害は元から少なかったけれども殆ど耳にしなくなったし、貴方の言う通り貴方があそこに住んで居たのなら……きっとデスマウンテンの魔物は貴方が片してると言ったところでしょう?」
「あぁ、もうあそこには魔物は殆ど存在してねぇ。俺が全部ぶっ飛ばした。それもすんなり信じるのか?」
「信じるわ。貴方がそこで暮らしてたのが事実なら、魔物達をどうにかしなければ暮らせる環境じゃないもの。貴方にはそれが出来る力が有るのは間違い無い。最初からその力を持っていたなんて言われれば信じれないかもしれないけど。でもあの山で生きて行く力を身に着けたと言うのなら、無理矢理だけど納得は出来るわ。……それに」
エマは一息つくと、再び口を開いた。
「貴方は今生きてここに居る。それが何よりの証拠でしょう?」
「はっ、ちげぇねぇ」
どれだけ過酷な道のりでも、どれだけ苦難の多い人生でも、今自分は生きてここに居る。
それこそが真実で有り、嘘偽りなど無い確かな物だ。
今生きている事実が大切なのだ。
仲直り?




