焚火を挟んで
深夜の出来事です。
ケヴィンはふと目を開けた。
昨晩と同じく、ただ体を休めていただけで眠っていた訳では無い。
デュラングループに設けられたテントの一つに場所を開けてもらい、その中で休息を取っていた。
必要性は無いのだが、デュランの部隊は交代制で見張りを立てている様である。
先のケヴィンが発見した魔物に対しても警戒しているのだろう。
まだまだ睡眠を取る必要の無いケヴィンは、誰か見張りに立っていたら変わってやろうと思いテントから出ていく。
暗闇の中、薪が燃える音と光を頼りに見張り場所である焚き火の元へ向かう。
「……」
一人の生徒の背中が見え、声を掛けようとした所でケヴィンの歩みが止まる。
気配を感じ取ったのだろう、その『女性生徒』が此方を振り向いてくる。
「……」
彼女も此方を一瞥した後、直ぐにその視線を前へと戻した。
揺れるオレンジ色の髪が、焚き火の光でより一層目立っている。
そう……その女性生徒はエマ・ローゼンクランツである。
ケヴィンが今一番会いたく無い相手だとも言えよう。
珍しくケヴィンは動揺と言う心境に陥る。
このまま来た道を戻れば済むだけの話なのだが、別段避ける必要も無いのではないかと言う思いもある。
エマだからと言って見張りを交代しないと言うのもおかしな話だろう。
交代すればエマも休め、ここで一人残り時間潰しが出来る事だろう。
そう思い、口を開こうとした。
「いつまでそこに立っているつもりなの?」
口を先に開いたのはエマの方であった。
「何か用でも有るのかしら」
「……見張りも疲れるだろ、交代して休んで貰おうと思ってな。俺は眠れねぇ体質だからこっちの事は気にすんな」
「そう……気持ちだけ頂いておくわ。でも私は平気よ、私も『似たような物』だから」
つまりその言葉は、彼女も大して休息を必要としていないと言う意味を持っている。
人が魔力を回復する手段として最も効率的と言われる方法が『睡眠』だ。
魔力を行使しすぎた時に訪れる倦怠感は、強い睡魔をも誘う。
体が魔力の回復を求める為だ。
しかし、この魔力が逆に人の睡眠時間を短く済ませる効果を持つ事が有る。
それは魔力を『使わなかった』時だ。
魔力は使用せずとも、体内のマナの核は魔力を生み出し続ける。
マナの核内に保有出来る魔力量は人によって違うが、確かに最大魔力量は人それぞれ決まっている。
その保有出来る魔力量が最大値になっている状態から魔力が生み出されると、溢れた魔力は体内へ巡る。
その体内へ巡った魔力が疲労回復の効果を発揮し、体力の回復が起き、魔力回復の為の睡眠を必要としない作用を起こす事となる。
ケヴィンの様に保有魔力量がとてつもなく多い者は、魔力の枯渇と言う物がとても起こりにくく、更に魔力を生み出す速度もそれに比例して異端な物となる。
上級魔法をいくら放とうが、ケヴィンの魔力は直ぐに最大保有量まで回復してしまうのだ。
エマの言葉の自分も似た様な物とは、恐らくは『英雄であろう』彼女も、その保有魔力量の多さと魔力を生み出す速度がとても高い事を指している。
それによって彼女も睡眠時間が大して必要の無い体質となっていると言う事だ。
「そうか……」
エマにそう返された事により、無理矢理に交代する事が出来なくなってしまった。
しかしこれ以上彼女を避けてもどうする事も出来ない為、ケヴィンはそのまま焚き火の元へと向かい、彼女と対面に座り込んだ。
ケヴィンは特に彼女を気にしない様に努め、大袋から何十本もの鉄串を取り出す。
そして皆が寝静まった時に処理を施しておいたグリズリーの肉を、出していた鉄串に次々と差し込む。
調味料として持ち出していた塩胡椒やその他香辛料をグリズリーの肉に振り掛け、焚き火の周囲に鉄串を突き刺す。
薪を多めにくべ風魔法で火力を上げると、熱風がエマに届かない様に調整する。
彼女は此方のする事を黙って見つめていたが、そっと声を掛けてくる。
「夜食のつもりかしら」
「あぁ、どうせこの調子じゃレオンやデュランの奴も起きてるんだろ?」
焼き加減を確認しながら、ケヴィンはエマに答えた。
「いえ、レオンは寝てるわね……確実に」
「そう言う奴か」
「そう言う人ね」
この様にいくら魔力保有量が高くても、レオンの様に例外も居たりする。
脳自体が睡眠を欲する場合も多々あるのだ。
「じゃぁこいつはデュランと食うか、レオンにはわりぃがな。……お前も食うか?」
調理をしながらケヴィンは彼女に問う。
ただただ、気が向いたと言う事だ。
少し目を細めたエマだが、数秒もしない内にすんなりと返事をする。
「頂くわ」
「あぁ」
そうと決まれば早い所こいつを調理してしまおうと風魔法を強める。
熱風を強め、外をこんがりと焼き上げる。
「……レオンから聞いてたけど、本当に不思議な魔法の使い方をするのね」
「風魔法を使って防音が出来る技術を持ってんなら、これくらい簡単に出来るぞ」
不思議と会話が続く。
やはり自分の魔法は他人から見て面白いのだろうか。
少し視線を上げると、彼女の目の前で風魔法が綺麗に渦を巻いている事が分かる。
焚火から生まれる熱エネルギーをうまく取り込み、熱風となっている。
彼女は手に何も持っていない、エルフが必要とする『媒体』を所持していない状態で、指を二本小刻みに動かしながらケヴィンの魔法を真似ていた。
明らかに学生の領域じゃない器用な魔法の使い方だが、ケヴィンはそんな所に茶々を入れない。
此方の技を見て自分も出来るかどうか、使えたとしてそれを戦闘に応用出来るかどうか考える行為自体、とても評価出来るからだ。
防音の技術と言うヒントだけでこの応用魔法が使用出来るのは、やはり彼女のセンスの賜物だろう。
肉が芯まで熱された事を確認したケヴィンは、一番焼き上がりの良い肉を選び取る。
選別した二本程の串をエマに差し出した後、ケヴィンは焼きあがった全ての串を回収し立ち上がる。
そのままデュランが居るであろうテントへと足を向け、数歩歩いた所で足を止めた。
後ろを振り向いたケヴィンは、エマの背中を見つめる。
熱された肉に息を吹きかけて冷ましている彼女の仕草が見え、何故かケヴィンは言葉を掛けたい衝動に駆られた。
「なぁ」
その言葉に、エマは此方を振り向いた。
「今度、新しく住む事になった俺ん家でパーティやる話になってんだ。まぁレオンの考案なんだがな……。それでデュランも来るし、お前も来るか?」
不思議と、その言葉が出てきた。
あの日……彼女に対して売り文句に買い文句で嫌いだ等と言い返してしまったが、特に本当の意味で嫌いだと言う思いは無い。
ただ友人として思えるかと言えば微妙と言った感情である。
しかしレオンやデュランが来ると言ったパーティで、彼らの親友であろう彼女を誘わない等と言った行動は取れる筈がない。
これもそう……ただ気が向いたと言うだけである。
「……」
流石に少しほど長い思考の仕草が見られる。
「別に無理に来る必要はねぇ、お前あんまり俺と関わりたく無いだ――」
「行くわ」
「そうか」
こちらも意外とあっさりした答えだった、その為動揺する事もなく素っ頓狂な返答をしてしまった。
「じゃぁまた予定が決まったらレオンからでも伝えて貰う。無理せず休めよ」
そう言い放ち、ケヴィンは再びテントへと向かおうと正面へ向き直った。
「ケヴィン」
すると、今度はエマがケヴィンへと声をかけた。
それに対し振り向くと、エマが口を開く。
「これ、有難う。お礼が遅れたわ、それにとても美味しいわ」
串を此方へ見せながら、彼女はお礼を口にしてきた。
その表情は、焚き火の明かりのせいか頬が少しだけ赤くなっている様にも見えた。
少しだけ笑っている様にも見えた彼女の横顔に、ほんの一瞬鼓動が早くなった自分の心臓に謎を感じながらも適当に返事を返したケヴィン。
……何故か彼女のその振り向いた横顔が、先日に思い浮かんだ数年前のデスマウンテンで出会った男子との姿に再び重なる。
その人物が今浮かび上がった理由は分からないが、関係ないなと頭を振ると今度こそデュランの元へと向かうのだった。
――――……。
僕にもお肉下さい。




