異変の報告
休息時間でのお話です。
「あー、お風呂入りたーい」
と呟くのはアドレット。
時は過ぎ、二日目の交流戦も落ち着きを見せ始め、両学園の生徒達は互の陣営へと戻ると着々とキャンプの準備を初めて行った。
二日目の脱落者は双方共に三桁を軽く超える激しい戦闘結果となった。
アトランティス側の脱落者としては250人にも及んだのだ。
先行していたアトランティス側のグループの内、二つのグループがジパング側の本体……つまりあのルーチェとフィーネの居るグループとぶつかってしまい、そこで100人近くの脱落者が出てしまった。
森の至る所で激戦が起こり、いくら相手側を有利な地形から誘い出したとしても簡単に覆る程の地の理では無かった為、多数のグループで沢山の脱落者が発生してしまったのだった。
打って変わってジパング側の脱落者は200人程度だ。
総被害数は明らかに負けているが、その人数を踏まえるとジパング陣営の残り生徒するはおよそ500人弱。
それに対しアトランティス側は700人強と生徒が残っている。
全体的に見れば、推しているのはアトランティス側なのだ。
ケヴィンが探知した所注意すべき生徒はやはりルーチェとフィーネのみであり、それ以外で驚異と成る生徒は存在していなかった。
デュラン曰くこの結果は多少被害が大きく成ったものの、概ね予想通りだと言う。
「体ベタベタするぅ……髪も重いぃ、メイク落としたい~」
アドレットは焚き火の準備をしているケヴィンの隣でずっとこの様な愚痴を零している。
交流戦中のこの4日間での宿泊は森の中。
当たり前に風呂釜等が設置されている筈も無く、この数日体を清潔に保つ物は物資の中に有ったウェットタオルだけになるだろう。
男性はまだそれでも耐えられるかもしれないが年頃の女性はそうも行かない、そう言う事だろうとケヴィンは思う。
「入れば良いじゃねぇか」
「どうやってよぉ……」
「あれ使って」
ケヴィンはおもむろに森の奥を指差す。
彼が指さした先には川等が有る訳では無く、ただ少しだけの湧水が地面から漏れ出している湿地が存在するだけであった。
「あれでどうしろって言うのぉ? 寝っ転がれって? そんな事したら泥だらけになって余計に汚れちゃう~」
「だから、『入れ』って言ってんだろ」
そう言うとケヴィンは薪を積み上げる手を止め、その湧水の方へと歩き出す。
少しだけ進むとケヴィンは屈み込み、地面へと左手を添えた。
そしてケヴィンは大地魔法を展開させる。
途端に彼の目の前の土は一定の広さに大穴を開け、穴の内壁となる土部分が石の様に固まり始める。
穴と隣接する地面もある程度の範囲の地盤を、同じく石の様に固めると今度こそケヴィンは湧水へと手を伸ばす。
再び魔法を展開させるが、次に展開したのは水魔法であった。
湧水を利用し少ない魔力で先ほど開けた大穴……つまりお手製の風呂釜へ一杯に成る程に水を貯める。
この時に水の中から汚れは抜き取っており、綺麗な水で風呂釜は一杯と成る。
10人程なら足を伸ばして入れる程度の風呂釜の中に溜まった水へ、ケヴィンは左手を漬ける。
そしてアドレットに視線を送りながら彼女に質問を投げかける。
「何度がお好みだ?」
すると、彼女は今ケヴィンが何を作ったのかが分かったのだろう、目をキラキラとさせながら。
「42度!!」
と答えた。
ケヴィンは彼女の言ったとおり、体感温度ではあるが42度に合わせる為炎魔法の応用である熱魔法で風呂釜に溜まった水を一瞬にして熱したのだった。
あとは森に有る木々を利用し、入浴者の姿が周囲から見えないよう柵を作り風呂釜の周囲を囲う。
戦闘には無駄な技術だがケヴィン自身風呂と言う物は好きであり、山篭りしていた時代にもたまに天然の露天風呂を作って一人で浸かっていた程だ。
その経験が正に今活かされていた。
ケヴィンの入れば良いと言う言葉は、自然魔法が使える者に頼んで風呂を作ればいいと言う意味であった。
出来るかどうかは別として。
「一番風呂は譲ってやる、自由に入れ」
「え? 一緒に入ってくれるんじゃないの?」
いやらしい笑みを浮かべながら腕を絡めて来るアドレット。
全く動じていないケヴィンは、キャンプの準備をしていた他生徒へ向かって突然と叫んだ。
「おいお前ら、風呂入りてぇ奴は居るか? 今ならアドレットが一緒に入ってくれるらしいぞ?」
「ちょっとケヴィンちゃん!!?」
ケヴィンへぶつくさ文句を言いながらも、アドレットはマリアとフロールを誘いにテント方面へと歩いて行く。
しかし振り向きざまに、有難うとしっかりとお礼をするのが彼女らしいと言うべきだろうか。
すれ違いでやってきたのはデュランだ。
「……ケヴィン、頼みがある」
「あ? アドレットと一緒に風呂入りてぇなら直接頼めよ?」
「……お前が集めた物資の件だが」
「スルーかよ」
ケヴィンの冗談にデュランは一切顔色を変化させなかったが、彼の発言から何を頼みたいのかは理解できた。
ケヴィンがその日集めた物資を皆に分けて欲しいと言う相談だろう。
元よりそのつもりである。
「んで、皆の所に『転移』すりゃ良いんだな?」
「あぁ……状況報告だけじゃなく、直接皆の状態を確認したいんでな……」
良いリーダーだな、等と思いながらもケヴィンは快く了承する。
広範囲を一瞬で移動する事自体に生徒達が疑問に思わないかと思考するが、大丈夫だろうと言うデュランの意見に従うケヴィンであった。
聞きたい事もある為にケヴィンはデュランを連れ、先に『レオン』の元へと転移を発動した。
「お! デュラン! ケヴィン!」
他の生徒達に感づかれる事無く転移した筈だったのだが、レオンは少し誤魔化しきれなかった様子だ。
ここへ現れた瞬間に彼の視線は此方を向いていた。
本来ならその時点でケヴィンが転移を発動した事に気づき、その点からケヴィンの正体に疑問を持ちそうな物だが、やはり天然な為かその事に対しレオンは一切口出しをして来なかった。
レオンの部隊は5人編成の為、寝床として陣取ったエリアは少し狭いが、テント一つで済むためそこまで苦労していない様子である。
「……この様子なら……明日も問題無く進軍出来そうだな」
元より心配はしていないだろう、レオン一人で確実にジパング側を壊滅出来る実力は持っている。
あくまで学生レベルを演じる為に、何かしらデュランが指示しているのは間違い無いだろうが。
「俺が昼間に奪い取った物資を配りに来たんだが、その前にちょっと二人に見て欲しい物がある」
他の生徒達は既に焚き火を囲んでおり、ケヴィン達に軽く挨拶するとそのまま談笑に入っていた。
それを横目に人目のつかない場所へ移動した彼らの前で、ケヴィンは『グリズリー』の遺体を大袋から取り出した。
「お!! 今日の晩飯か!?」
戦う事と寝る事と食べる事しか頭に無いレオンは放って置きながら、デュランは難しい表情を浮かべていた。
「……今日……発見したのか?」
流石に勘が鋭いと感想を抱きながら、ケヴィンは返答する。
「あぁ」
「うぇぇええ!!? こいつこの森に居たのか!!?」
二人の発言によりレオンもその異常さに気が付いたのか、驚きの表情を見せる。
「……生徒達に危害が及ぶ可能性の有る魔物はこの森から排除されていると聞いたが……」
「あぁ、それは間違いねぇと思う。こいつ以外に力を持った魔物は探知に引っかかってねぇからな。気になるのはこいつが初日から潜んでた訳じゃなく、今日突然俺の探知網に引っかかったって事だ」
デュランは顎に手を添えだした。
「……つまりこの魔物は……突然現れた?」
「最近変な場所に唐突に現れる、上級モンスター達みたいにか!?」
炎帝であるレオンなら間違い無くそう言った事象は知っているだろう、ケヴィンの考えもその通りである。
「どんな状況でこんな事が起こってんのか予想が付かねぇが、もしこんな奴がまだこの森にいるのなら間違い無く危険な状態になる」
「……だが、その気配は見当たらないんだな?」
「話が早いな、その通りだ」
デュランは顰めっ面のまま、瞳を閉じる。
「……闇雲に不安を煽る様な行動をする訳には行かない……か」
「やっぱりそういう答えに行き届くか」
「俺達生徒だけで判断する訳には行かないが……交流戦は盛り上がりを見せている。……他の生徒達の士気も高まっている上に、皆この試合を楽しんでいる様にも見える」
「あぁ、俺のグループの人達、皆別のクラスなんだけど一瞬で仲良くなってたな」
それはお前の影響もでけぇんじゃねぇか?
等とケヴィンは思う。
「……出来ればもう少し続けさせてやりたい。ケヴィン、明日一日……様子見を頼めるか?」
「再び魔物が見つかる様だったら?」
「……あぁ、その時は完全に中止だ。即刻……学園側に報告する。レオンもなるべく気を掛けておけ……」
「あぁ! 分かった!!」
レオンに別れを告げるとケヴィン達はその後全生徒達の元を訪れ、人数に合わせ物資を配って回った。
その際にケヴィンは先ほどアドレットがそうだった様に、他の生徒達もきっと風呂に入りたいだろうと思い片っ端から浴場を作っていた。
生徒達に感謝の嵐を受けるが、ケヴィンはそれに対して素っ気無い態度で返事を返す。
別段感謝される為にやった訳では無く、ただ単に『気が向いただけ』であるからだ。
気が向いただけとかツンデレですね。




