歓迎会
日本料理と言えばやっぱりあれ!
あ、ジパングでした。
招かれた夕食会場は大変珍しい物だった。
ジパング特有の室内は廊下こそフローリングだが、そこは古風な『畳』を敷き詰められた一室である。
扉も一つや二つで無く、襖と呼ばれる引き戸により通路と部屋を仕切る壁全てが出入り口と成る作りになっている。
宴会場に並べられている机は椅子に座って食事するタイプでは無く、座布団着きの座椅子に腰を下ろして食べるタイプの低い長机であった。
その机が広い広間に長く繋がれ、横並びで食事をとる形となる。
アトランティス側の生徒達には地べたに座ると言う習慣が少ない為最初こそ戸惑っていたが、ジパング側の生徒が正座や胡坐を掻いて座っているのを見て真似る事で、それぞれが用意された場所へと座り込む。
ケヴィンの両脇には死守に成功したマリアとフロールが占め、少しだけ残念そうにしてるアドレットがフロールのもう一つ隣に座っている。
机を挟んで正面側に、レオン、デュラン、エマが此方と向かい合う様に並び、ケヴィンの正面に居るレオンの隣にエドワードが座っていた。
エマは相変わらずケヴィンと視線を合わせようとはしないが、それでも机に立ち並ぶ料理に若干の微笑みを見せていた。
ジパング学園は港町近隣に設立されている為に、この地方の特産品である海産物これでもかと使った料理が立ち並んでいる。
魚形の魔物を捌いて生で食す文化は、ジパングならではだ。
女性陣は微妙に生魚に苦い表情を見せるが、エマは不思議ともの珍しそうに食卓を眺めていた。
「これは……本当に食べられますの?」
「ちょっとあたしは経験ないなぁ」
「マリア! 特別に僕のお魚味見させてあげる権限をあげるね!」
各々が気兼ねする中、ケヴィンは特にその料理に違和感は感じていない。
今まで幾らでも生で、と言うよりも何の処理もせずに魚形の魔物にかぶりついた事さえあるからだ。
口には出さないが、ケヴィンにとっては食べる事が出来るのなら味覚は二の次だ。
彼の今までの食事情が影響してしまっているからこその余裕でもあった。
「……これは刺身と言う料理だ。俺やレオンの出身国では当たり前の食べ物だな……」
怖がるアトランティスの生徒達に、安全な食べ物である事を諭すデュラン。
恐らく彼らが暮らしていた『地球』と言う地方でも、同じ様な食べ物が有ったのだろう。
「僕も何度かジパングに足は運んだ事が有るので、その時に口にした事は有ります。とても美味しいですよ」
エドワードがそう言った事によって、貴族出身の者達も幾らか安心した様に見えた。
「これは何?」
「それは山葵って言うんだ! 醤油と一緒にこの魚に着けて食べるとめちゃくちゃ美味いんだ! まぁ人によっては苦手な人も居るかもしれないけど」
エマの問いに答えるレオン。
エマのうきうきした表情を始めて見るケヴィンは、他の生徒たちが見蕩れてしまうのも分からないでも無いとも思った。
その時突然と脇腹をフロールに殴られたが、何故殴られたかも分からず更には殴った側のフロールの方が拳を痛がっている為、その件を問うのはやめた。
「それでは諸君。明日からの親善試合を盛り上げる為に、今宵は楽しもうでは無いか。食べて飲んで語って、明日に備えるが良い!」
乾杯、と言うキースの音頭の元、夕食パーティは開催された。
最初は皆懸念していた刺身料理を一口試してみたアトランティス側の生徒達は、目の色を一瞬で変え取りつかれたかの様に次々と魚を胃の中に放り込み始めた。
天婦羅、煮つけ、カマ焼き等様々な料理は一同の舌を大いに楽しませているのだろう。
中には山葵の分量を誤り、鼻を抑えながらもがき苦しむ生徒も居るのだが。
「ねぇレオン! エマ!! これ食べてみて! 凄く美味しいんだ!」
何故かいやらしい笑みを浮かべながら刺身を二人に向けるフロール。
疑う事の知らないレオンと、興味津々なエマは何も躊躇する事無く差し出された魚を口に含む。
レオンはそれを口にする事によって巻き起こる事象を知っている筈にも関わらず、それを咀嚼し……。
「ぐはぁっ!!」
となったのである。
涙を流しながら咳き込むレオンに、フロールはケタケタと笑い出す。
「ふ……山葵を大量に盛られた様だな……」
レオンが咳き込んだ理由をいち早く察したのか、デュランは無表情のままレオンの背中を摩る。
それと同時にデュランはエマへと向き直るが、彼女を見たデュランは何故か一瞬止まった。
「あれ……エマ、辛くないの?」
フロールがエマに渡した刺身には、レオンと同じく大量の山葵を盛られていたのをケヴィンは見ていた。
ケヴィン自身は山葵等の辛さにも耐性が有る為被害を受ける事は無いが、常人の味覚であればその山葵の量は異常な事が分かる。
しかしエマは何事も無かったかの様にその刺身を飲み込んでしまっていた。
「えぇ、この風味凄く刺身に合うわね。確かに美味しいわ、有難うフロール」
「う……うん」
心の底からお礼を言っている様に見えるエマに、フロールは少しだけ青褪めている様に見えた。
「エマちゃん凄いですわ……私、この山葵ダメみたいです」
「あたしは結構イケると思ったけどー、量ミスると鼻が痛くなるぅ」
悶えていたレオンも即座に復帰し、仕返しと言わんばかりに渦を巻いた貝の煮つけの苦い部分をフロールへと渡し、今度は彼女が悶絶すると言う一面で一同が笑う。
次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら、学園では語る事の出来ない世間話に花を咲かせる一同。
「ケヴィン、今度僕と一緒にギルドの依頼を受けてくださいよ」
「あ! ズルい! 僕も行く!!」
相槌程度ではあるがケヴィンも会話に参加しており、エドワードも気さくに話しかけている。
ジパング側の生徒一同は、ケヴィンやフロールを見ても誰一人怪訝な表情を見せない。
ジパングも貴族制社会の文化では有るが、人種差別とは程遠い生活を送り続けていた為に混血種にも分け隔てなく接する事が出来る。
何より人間とエルフの共存が始まった時に、いち早くエルフを受け入れた地方がジパングであると歴史も語っている程に、この地方の人々は暖かい心を持って居るのだ。
宴さながらの夕食パーティは時が流れ、皆腹を満たし箸の動きが止まり始めていた。
大量の料理は余りに余っている中、レオンとデュランは未だに料理を掻き込んでいる。
そんな二人を見たジパング側の生徒達が、突然と彼らに勝負を挑んできた。
聞けば、大食い対決でアトランティス側と戦いたい様だ。
前哨戦にもなって面白そうだと両陣営はその案に乗り、双方の大食い自慢を三名選出する運びとなる。
と、そこでジパング側からの提案で、ただの対決だけでは詰まらない事から一つ賭け事をしようと言う話に成る。
勝った学園側の選手には、相手側の学園で一番の美女からの頬への接吻が景品と成ると言い出し、ジパング側からは先程遭遇したフィーネが選出され、代わりにアトランティス側からはエマが名指しされる。
突然選ばれたフィーネは顔を真っ赤にし嫌々と抵抗を見せるが、彼女を黙らせて強引に許可したのはルーチェ。
こんな遊びの付き合いには乗らないだろうと思われたエマでさえその立案を受け入れると言う形に成り、大食い勝負は開催される事となった。
エマは報酬になる代わりにと言い、選手は自分で選出する事を告げる。
彼女が選んだのは勿論レオンとデュラン。
元々ジパング側の生徒もそのつもりであった為に、誰もがそれを認めた。
ケヴィンですら彼らの胃袋の限界が把握出来ない為、エマが勝負を受けたのは確信が有ったからだろうと理解する。
これは勝ったも同然です。




