紅蓮の翼
ケヴィンならこうやって解決するそうです。
かつてはこんな面倒に関わる事は無かった。
それこそ自ら首を突っ込むなんて有り得る筈が無かった。
だが……どうしても重なるのだ。
この正義の塊である炎帝の行動が……かつての師……エリル・エトワールのそれと。
『自分の命を賭けて守れるもんが有るって言うんやったら、俺は全力でその何かを守り通すで』
過去のエリルの言葉は、今でもケヴィンからしたら何を言ってるんだと思う。
だが彼はその言葉を、何の躊躇も無く真っすぐとケヴィンに語っていた。
炎帝の輝きは、彼の輝きにそっくりだ。
存在するだけで周囲を笑顔にする。
ただの他人の為に命を懸ける事が出来る。
誰一人傷つけようとせず、己の信念を貫く。
それこそがケヴィンが憧れた存在で、有るべき英雄の姿だと思っている。
だから……どうしても彼を見過ごせなかった。
ケヴィン自身……彼の存在に、少しだけ気を惹かれている事に気づいていたから。
「俺は皆を守りたい……」
「守れば良いじゃねぇか」
「だけど……お前の言う通り空回りする事だってあった……だから『アインス』は……」
炎帝の口から聞いた事の無い名が飛び出す。
ケヴィンの記憶に無いと言う事は恐らくこちらの知る人物では無い筈である。
「誓ったんだ、あいつと……俺はもう誰も失わない。この腕に届く範囲は全て守ってやると」
そうか、こいつにも辛い過去が有るんだな。
彼の言葉から、そう言った意味合いを感じ取ったケヴィン。
猪突猛進の彼の行動は、恐らくそう言った過去から作り上げられた物なのだろう。
「教えてくれ……俺は今、どうすれば皆を守れる?」
恥なんて一切感じてないのだろう。
彼の視線は見えないが、まっすぐ自分を見つめているのは分かる。
「だから言っただろ、守れば良いんだ」
ケヴィンはそう言いつつ、左手を人質を持つ男に向かって掲げる。
「あぁ!? 何するつもりだ! ほ……本当にこいつを殺すぞ!? 良いのか!? 良いんだな!!?」
「どうやって殺すつもりだ?」
「な……え?」
男は自分の手に持たれたナイフの変化に驚いた様子を見せる。
そのナイフは突如透明な物体に覆われていたのだ。
勿論それはケヴィンが発した氷魔法。
刃としての機能を失わせ、殺傷能力を著しく下げた。
そして……パキリと音が鳴り響く。
ケヴィンは魔力を操り、己が作り上げた氷を砕くと同時に男のナイフすら破壊していた。
「さて、その状態でどうやってそいつを殺すつもりだ? いくらお前が腕力に自信が有っても、そいつに致命的ダメージを与える前に、俺かこいつがテメェをブッ飛ばす事になるぞ」
「ち……ちくしょう!!」
使い物に成らなくなったナイフの柄を投げ捨てながら、男の顔は悔しそうに歪む。
「だが一々こんな事しなくても……」
ケヴィンはそう呟きながら、左手の指でピストルの様な形を作り、その先端を男の頭部へと向ける。
「こう言う手段も有るんだがな」
再び繰り出す魔法。
一瞬にして構築された魔力が、直径五センチ程の石の塊を作り出す。
「ストーンバレット」
打ち抜く様に手で仕草を見せたケヴィン。
途端に作り出された石の塊は、途轍もないスピードで男の額へ激突する。
「かはっ……」
白目を向き、後方へ崩れ落ちる様に男は気絶する。
ケヴィンが本気を出せば、いくら身体強化を終えた人間だとしてもその一撃で男の額を貫いてみせる事は出来た。
だがケヴィンとて殺人を好んでする様な人物では無い。
必要無いならやらない、そう言った認識である。
「雷魔法で気絶させる、相手が腕を翳した瞬間にナイフを弾き飛ばす、風魔法で腕を切り落とす、考えるだけで幾つもここを乗り切る対策は有った」
「……」
ケヴィンの言葉を静かに聞く炎帝は、思いつかなかった……と言う様に後頭部を軽く掻いている。
「お前はその異能力が有る癖に体術に頼りがちだ。まぁ足りねぇ頭を働かせるより、体で行動した方が楽なのは分からんでも無いがな」
炎帝の存在がレオンだと知っているケヴィンは、彼が決して頭脳派で無い事を理解している。
「だがそれでもお前が英雄で有り続けたいなら、考えて行動していかなきゃなんねぇ。どんな状況に成っても覆す力を持たなきゃいけねぇ。力だけじゃ解決出来ねぇ事が有るってのを……覚えとけ」
「……分かった」
炎帝は力強く答える。
恐らく自分の弱さを自覚して、認めての発言だろう。
「うわぁ!!」
ケヴィンは邪魔なツァールハイト家の子息を風魔法で強引に生徒達の元へと吹き飛ばし、同時に彼らと海賊を隔てる様に氷の壁を出現させる。
とても分厚く透明度の高い氷の壁。
その壁に隔離されている生徒達の姿はケヴィン達からもしっかりと見えた。
「まさか……あの人は!!?」
そしてその光景で生徒達は気づいただろう。
ケヴィンの正体に。
一部の生徒達の表情が、見る見ると憧れの者を見るそれに変わって行く。
「この氷魔法……蒼氷様……蒼氷の朱雀様だ!!!」
「なにぃ!!?」
生徒達の声に一番驚きを見せたのはゲノム海賊団である。
「え……英雄が二人も揃う事なんて……偶然にも程があるだろ!?」
はっきりと言えばケヴィンは英雄でも何でもない。
本来なら一般人よりも弱小な種族である。
だが今彼がいくらそれを主張した所で、この状況を作り上げた彼の事をただの一般人と信じる者はまずいないだろう。
ケヴィン自身、己が英雄に劣る点が見当たらないと思っている節も有る為に、余計にそれが助長される。
「お前が……蒼氷?」
炎帝はゆっくりとケヴィンへ質問を投げかけてきた。
しかしそれにケヴィンは答える筋合いは無いと言わんばかりに、鼻で笑いながら言葉を返す。
「そんなどうでも良い事より、テメェはさっさとこの状況を収めろよ」
炎帝は辺りを見回す。
ケヴィンの魔法により、生徒達、甲板の床、そして客室を隔てるその全ての壁を厚い氷の膜が覆っていた。
その事から予想出来るに、今炎帝がある程度の力を発揮して炎魔法を操ったとしてもこの船はそう簡単に傷付かないと言う事である。
ケヴィンが魔物討伐の為に作り上げている氷山を溶かしているのは炎帝だと言う話も聞いている。
彼ならケヴィンが……蒼氷が作り出す氷がどれだけ頑丈なのか、一番理解している事だろう。
「……遠慮するな、ド派手にやれ」
ケヴィンの言葉の意味を理解したのか炎帝は口元を綻ばせ、ゆっくりと頷くと右手を高々と掲げる。
途端に上空に出来上がる巨大な炎の玉。
まるでこの船の全てを焼き尽くさんとする程のその魔法に、一同は戦慄する。
彼らのその心境を知ってか知らずか炎帝はその後右腕に長剣を握りしめると、再び頭上へと向ける。
そしてその剣に吸い込まれる様に、上空の巨大な炎は渦を巻きながらゆっくりと炎帝の剣へと吸収されていく。
直径100メートルは存在していただろう炎の玉は、その全てが炎帝の持つ剣へと纏わり付く。
あれ程の存在感を醸し出していた炎は、その面積を凝縮し炎帝の剣に収まっている。
これは人間が使える一つの技術、魔力付与の派生技だ。
人間は身体強化だけで無く、己が持つ魔力を装飾品にも循環させる事が出来その硬度を強化する事が出来た。
炎帝はその魔力付与に扱う魔力に属性を持たせる事によって、己の剣を強化すると同時に炎の自然属性をそれに付与させて見せたのだ。
つまりこれは人間とエルフの特徴を持った魔力を持つ者のみに許された『属性付与』と言う技術である。
この技術を行使できる人物は、オールガイア中を探しても炎帝とケヴィン『だけ』だろう。
人間には魔力付与が出来たとしても、当たり前に自然魔法を操れない。
自然魔法を操る事が出来るエルフでも、魔力付与は使用出来ない。
この二つの点からそのどちらも行える炎帝と、混血種として異端な能力を持つケヴィンにしか出来ない技術だと言う事となる。
わざわざ先程の様に炎の上級魔法、『クリムゾンノヴァ』を一度発動せずとも、そのまま剣に直接属性を付与させる事は出来る。
恐らく先の演出は彼なりのデモンストレーションなのだろう。
しかしその効力は限りなく絶大であった。
あれ程の質量を誇る魔法が、炎帝の持つ剣へと収められているのだ。
それを振るう事は先ほど目にした巨大な炎魔法の威力と同時に、炎帝自身の腕力が付加される。
想像しただけで死を直感してしまうだろう。
「お……おい! まさかそれを放つ訳無いよな!? そんな物振り回したら俺ら皆死んじまう! あんた英雄なんだろ? え……英雄が人を殺す訳……無いよ……な?」
海賊団の中で唯一言葉が捻りだしたゲノムでさえ、声が震え上がり表情が恐怖に染まっている。
もし炎帝がこのまま本気で剣を振るえば、間違い無く大災害が起こるだろう。
例え英雄クラスと言えど退けられる者は少ないとケヴィンは断言する。
まぁ自分ならどうにでも出来るがと気楽に構え、そのまま流れを見守る。
炎帝はその炎剣を大きく後ろに構える。
激しく燃え上がる炎はまるで炎で出来た片翼の様だ。
この姿こそが、彼の二つ名の元と成った由来だ。
己の武器に炎属性を付与し、得意な剣戟で魔物を倒す姿から付けられた名。
今のこの形こそが『紅蓮の翼』本来の姿なのだ。
そして炎帝は、横一閃に剣を振るう。
炎が湾曲を描く様に剣先から放たれ、物理的な速度を無視した炎の斬撃が海賊団達に迫る。
「ウソだろ!? ウソだろおい!!」
海賊団達は確実に死を直感しただろう。
人は絶体絶命に陥ると冷静でおられず、場合によっては体が硬直してしまうだろう。
その例に漏れず彼は微動だにすら出来ておらず、ただただ迫りくる炎を見つめていた。
炎帝の様な正義感の塊である男が人を殺すのだろうか?
一瞬、誰もがそう思った事だろう。
しかしケヴィンは、やはり彼の甘さを鼻で笑うのであった。
炎帝の放った炎が彼らに触れる瞬間であった。
突然の爆発。
大きな音が鳴り響き、辺りに強い衝撃が突風と成って舞う。
海賊団は耐えられず、支を失った者は次々に海へと投げ出される。
壁に三度目の激突をしたゲノムでさえ吹き止まない突風に圧され、ずるずると体が移動しやがて同じ様に海へと飛び立っていった。
氷の壁で守られた生徒達には一切の被害も無く、船すら傷つける事無く海賊団全員を海に吹き飛ばした。
捉える事が目的では無く退ける事を第一に起き、激しいデモンストレーションを行った後に魔力を雲散させ強い爆風を発動させた。
相手すらも傷つけずに解決しようとするやり方に、ケヴィンは同意は出来ない物の結果良ければなんとやらとも感じている。
転移魔法が使える筈も無いゲノム海賊団は、運よく通りかかった船に救助されるか自力で陸まで辿り着かなければならない。
幸いにエルフが存在していなかった事から、身体強化を施し一時間も泳げばアトランティス側の港へ辿り着ける事だろう。
奇跡的に漁師の乗る漁船と遭遇する事も有るかも知れないが、その可能性はほぼ低い。
後は教師陣に連絡をして貰い、アトランティスの港に辿り着いた所を一斉検挙して貰えば良いだけだ。
ケヴィンは、炎帝がお礼を言おうと振り向く前に姿を消す。
と言っても、先程の様に探知出来ない魔法を施し再び上空へと飛び上がっただけなのだが、一瞬の出来事であった為に反応出来た者はいない。
氷魔法を雲散させ、自分がそこに存在していた痕跡を消す。
そんな事をしてもそこに居た者達の記憶には残っており、確かに蒼氷の朱雀はそこに存在した。
案の定、慌てながら辺りを見回す炎帝の行動が見える。
それをほくそ笑みながら流し見すると、ケヴィンは再び船の上部に取り付けたハンモックへと戻って行ったのだった。
――――……。
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