炎帝の弱点と蒼氷の教え
出しゃばって周りに迷惑かける事はやめましょうね。
「へへ……それで良いんだ、覚悟しやがれ!!」
ここぞとばかりに笑みを浮かべたゲノムは、炎帝の腹部を強く蹴り込んだ。
「がはっ!!!」
身体がくの字に曲がる炎帝。
流石の彼でも身体強化を施していない体に一般の者と言えど魔力の込められた一撃を喰らえば、激しい痛みを感じる事だろう。
人間の頂点に君臨する英雄と言えど、その体は尋常じゃない程鍛えられてはいるが、生身の人間のままである。
ケヴィンですらその光景に眉を顰める程だ。
「ぎゃはは!! 言い様だなぁ炎帝様よぉ!!」
ゲノムはこれでもかと言う程、炎帝を殴りつける。
その一つ一つにしっかりと魔力を込め、急所と言う急所を攻め続ける。
一撃一撃を喰らう度炎帝は悲鳴を上げ、血反吐を吐く。
「炎帝様ぁ……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃいいいい! 僕がぁ!! 僕がこんな事しなければぁ!!」
事の重大さに気づいたのか、ツァールハイトの子息は泣き叫ぶ。
「へへ、そうだぁ! 貴様のせいだぁ! ここで伝説の英雄、炎帝様が散るのもぉ!! お前の同級生たちが皆殺しにされるのもぉ、全部貴様のせいだぁぁあああああ!!」
解釈を捻じ曲げ、ゲノムはツァールハイト子息を責め立てる様に言葉を連ねる。
「ふぐぅ……ぅ……」
泣きわめきながら、只管殴りつけられる炎帝を見つめる子息。
しかしそんな状況でも、炎帝は彼に声を掛ける。
「大丈夫……だ……必ず……助ける」
「ぎゃははは!! 何言ってんだ貴様は!? この状況で救える訳ねぇだろ? バカかぁ!!」
「頼む……俺の事はどうしたって良い、だから……皆の命だけは……」
「くぁー!! 泣かせるぜ、これだから正義のヒーロー様はよぉ? 自分の命を犠牲にしてこいつらを助けるってかぁ? こいつらにそれ程の価値はねぇんだよ!!」
「頼む……」
どう言われようと、炎帝は生徒達を守ろうとする意志を変えない。
他人の為に命を懸けようとすること自体、ケヴィンにとっては馬鹿らしく感じる。
しかし、炎帝は恐らく……心の底から彼らを自分の命を賭けて救おうとしているのだろう。
何が彼をそこまで突き動かすのか……その正義感がケヴィンは不思議で堪らなかった。
「良い事考えたぜ」
蹲る炎帝を見下ろしながら、ゲノムは何かを閃いたかの様な口ぶりをする。
「どうせここで貴様は死ぬんだ、なら最期にこいつらを命懸けで守ろうとした貴様の顔を……一挙公開としようじゃねぇか!!」
ローブの構造上簡単には脱げなくなって居る顔を隠すフードだが、当たり前に力強く引けば脱ぎ去る事が出来る。
頭を下げる炎帝のフードを掴んだゲノムは、ゆっくりとそれを捲ろうとした。
しかしその腕は弱々しくだが炎帝によって掴まれ、その動きを静止する。
「なんだぁ? やはり正体がバレるのはこえぇかぁ? 今から死ぬってぇのに意味の分からねぇ奴だぜ」
「……俺の正体を明かせば……皆は助けてくれるのか?」
炎帝が行った静止は、正体を隠そうとした行動では無く……交渉であった。
「……糞が。ムカつく程ヒーローを気取ってやがる……。貴様が死んだ後の事なんかどうでも良いだろうがよ!! ……だが、そこまで言うなら考えてやらんでもねぇがなぁ?」
ニタリと笑うゲノム。
炎帝から見えて無い事を良い事に、小馬鹿にした表情を浮かべる。
どう考えてもそんな約束を守る気はゲノムには無い。
彼の表情を見てる者は皆それが分かるだろうが、誰一人……ゲノムの行動を言葉にする者は現れない。
それは恐らく恐怖も有るだろう。
だがケヴィンは気づいていた。
守られていた筈の生徒達の微妙な表情の変化を。
腕を離した炎帝……覚悟を決め、自分の正体を明かす事に同意した様だ。
再びゆっくりと上げられるゲノムの腕と共に捲られるフード。
その途端、辺りからは生唾を飲み込む音が聞こえる。
生徒達の視線は炎帝にくぎ付けだ。
こんな状況でも……彼らは見たいのだ。
伝説の英雄の素顔を、自分達の為に命を懸けてくれた者の正体を……。
彼への感謝よりも……自分達の欲求を優先したのだ。
軈て現れるのは金色の長髪。
フードが捲られると共に重力に習って下に落ち、炎帝の顔を覆い隠す。
生徒達は誰もがその姿を見た事が有る筈だった。
しかし誰一人、その正体が『レオン』である事に気づいていない様子だ。
興奮しすぎているのか、固定概念の問題なのか、まさか世界最強の人物がずっと身近にいる者だったなんて思いもしないのだろう。
炎帝は一切の抵抗を見せない。
やはり生徒達の為に本当に自分の正体を証し、命までも懸けようとしているのか。
「……ここまでか」
一言呟いたケヴィンは下らない茶番は終りにしようと、腕を組んだまま甲板へと急降下を始める。
「へへ! 貴様らぁ!! よぉく見とけよ? これが炎帝様の……ご尊顔だはぁぁあああああ!!」
意味の分からない叫び声と共に吹き飛ぶゲノム。
先程レオンに蹴り付けられ人型に凹んだ甲板の壁の隣に、再び同じ様な人型を作り出した。
「何やってんだ炎帝」
ケヴィンの呆れ声が辺りに鳴り響く。
実際には風魔法で変声を行った声ではあるが。
炎帝がその声の方向を振り向こうとした所を、ケヴィンはゆっくりと彼のフードを戻しながら遮る。
「さっさと回復魔法を唱えろ、治るもんも治らなく成るぞ」
細胞が壊死してしまえば、普通の治癒魔法では直しきれない状況に成る可能性が有る。
既に炎帝の身体は死んでいない事が不思議なぐらいボロボロであり、大変危険な状態にあった。
「あんたは……」
言われた通り、治癒魔法を施しながら立ち上がる炎帝。
ケヴィンの姿を見て質問を投げかける。
「俺は誰だって良いだろ。そんな事よりなんだこの体たらくは」
ケヴィンは既に蒼氷の朱雀として黒ローブを着用していた。
いつもの癖である腕組みを崩す事は無いが、それがケヴィンの癖である事に気づく者はいないだろう。
「お……おい! どこの誰だか知らねぇが、余計な事してんじゃねぇぞ!? こいつが目に見えねぇのか!?」
ツァールハイト子息を人質に取っている男はケヴィンの参戦に強く動揺を見せるが、それでも自分の責務を遂行しようとナイフを見せびらかしている。
「知るかそんな奴。殺すなら殺せ」
「な……なんだと!?」
ケヴィンの返答に更に焦る男は、ナイフを持っている手が震えている。
「おい! お前何言ってるんだ!? 皆を助けに来たんじゃなかったのか!?」
「違うな。暇潰しにうろついていたらお前らが何やら争ってたから首突っ込んでみただけだ。お前がいつまでもうじうじとやってるからだ。こんなもんあのガキを無視して他の奴らを片付ければ、それで済む話だろうが」
「そんな事!!」
「出来なきゃどうするんだ? だからお前の命を差し出すから他の奴ら助けて下さいってなったのか? 馬鹿かお前は……そんな事したって結局こいつら皆殺されてそれで終わりだ」
「だけど約束してくれた!」
何処まで馬鹿正直なんだと眩暈を覚えるケヴィン。
フード越しに睨みつける様に炎帝に語る。
「そんな約束をあいつらが守る保証が何処に有る? お前が命を懸けた事実はこの先永遠と語り継がれるだろうよ、そりゃあ正義の英雄として奉られるだろうな。それでお前は満足なのかよ? お前がここで死んで、こいつらでさえ生き残れるかも分からねぇ。もし皆殺しにされたらお前は無駄死にだ。それでもお前がこの行動に対して満足だなんて糞みてぇな事言うならそれはただのエゴだ、自己満足なんだよ」
「貴様ら何の話をしてやがる!? 状況分かってんのか!? こいつの命がどうなって……」
「だから好きにしろつってんだろ」
炎帝に説教を垂れるケヴィンは、完全に周りを置いて行ってしまっている。
ゲノムは未だにケヴィンの攻撃の痛みが残っているのか、唸り声を上げながら甲板をのた打ち回っている。
「き……貴様ギルドメンバーなんだろ!? 良いのかよそんな事で!!」
「俺は別に好きでギルドに所属してる訳じゃねぇんでな、自分の位なんて下らねぇもんは必要ねぇんだよ。それに分かってねぇ様だから言ってやるが、今テメェがそのガキを殺したとすると、俺やこいつが……その後どう動くか想像してみろよ」
炎帝を指差しながら、人質を取る男に言葉を吐くケヴィン。
「う……」
男は想像したのだろう、少し瞳が揺れた事がケヴィンの視線に映った。
今この状況で男が人質の命を絶つ事は、その瞬間この場に居るゲノム海賊団の未来は潰えると言う事に成る。
それを出来る実力が、ケヴィンと炎帝には確かに有る。
理解したのだろう、同時に男は身震いまで見せ始めた。
「テメェの生命線は今そいつが握っている……分かったなら少し黙ってろ」
完全に状況がおかしな事になっている事をケヴィンは分かっている。
何故人質を取られている方が主導権を握っているのか。
それはケヴィンがその人質に対してなんの価値も見出していない事が大きな原因でも有り、同時にその絶対的な実力が現状を作り出す事を可能としている。
ただの暴論ですよねw




