予想外の行動
正義感が強い人物には、それと反比例する様な弱点が存在します。
「……おい! 動くな!!」
その時である。
突然、炎帝の後方で守られていた生徒の一人が、甲板に寝そべっている男の元へと駆け出す。
「こいつめ……こいつめ!!」
その男の元へと辿り着くと、途端にその生徒は男を蹴り飛ばし始める。
「僕を……僕を誰だと思っている!? ツァールハイト家だぞ? その子息である僕をこんな目に合わせやがって……」
見た目、風貌からして、間違いなく貴族の出で立ちであるその生徒。
ツァールハイト家と言えば、ミリアルド派の筆頭貴族であるツァールハイト侯爵家。
アトランティス三大貴族の一つに数えられる程の名家で、その権限はかなりの物と聞く。
その上……先日、ケヴィンが顎を砕いた生徒でもあった。
まだ記憶に新しい過去にも拘わらず、ケヴィンは何処吹く風と言う表情をしながらその暴走する生徒に同情した視線を向ける。
つい先ほどまで怯えていたにも関わらず、優位に立った瞬間手の平を返す。
所詮貴族と言う物は、弱者にしかその矛先を向けない。
強者には刃向わない。
ケヴィンの彼に対する行動が問題視されなかった事にも、そう言った背景が存在する。
侯爵家の息子に拳を挙げようものなら、世間的にも肉体的にも確実な報復が起こるだろう。
しかしケヴィンの元へは誰一人刺客の様な者は訪れない。
来ていたかも知れないと言う可能性は、ほぼゼロである。
もしそうならば、ケヴィンがそれを探知出来ない筈が無いからだ。
まだあの日から日が浅いと言う理由もあるかも知れないが、報復されない一番の理由はケヴィンに対する『国王』の対応だろう。
彼のミリアルドに対する行動は、度が過ぎてるとも言えなくも無い。
決闘において辱め、口を開けば暴言を吐き、決して権力を持つ者に対する行動では無い。
その殆どがミリアルド自身が原因と言ってしまえばその通りではあるのだが。
それを差し置いても、国王がケヴィンに対して何もお咎めなしと言う事実は聊か問題視されているのだ。
一般的に見れば、国王がミリアルドを見限ったとも取れるが、貴族間では話が違った。
国王はケヴィンの行動を『許容』しているかもしれないと言う事実。
故に、国王の息が掛かっているかもしれないケヴィンに、おいそれと手が出せないのである。
そんな事気にせず掛かって来いよ等と思うケヴィンではあるが、この日もツァールハイト家の生徒はケヴィンとすれ違っても目を合わせる事すらしなかった。
その憂さ晴らしか何かは知らないが、表情を歪ませながら気絶している無抵抗な海賊団の団員をただただ蹴り飛ばしていた。
「おい、いい加減に……」
炎帝ですら呆れてしまい彼を引き戻そうと声を掛けた時、彼の言葉は詰まった。
「ツァールハイト!! 下がれ!!」
貴族に向けて思わず呼び捨てにしてしまう炎帝だが、それ程に予期せぬ事態が起ころうとしていた。
「何を!? こいつはあろう事か僕を……」
「よぉガキぃ、わざわざ起こしてくれてありがとうなぁ?」
気味の悪い声が響く。
「ひぃ!!」
ツァールハイト子息が蹴り続けていた団員は気絶していた筈であったが、彼がしつこく蹴り飛ばす為にその衝撃によって目覚めてしまったのだ。
いち早くその事実に気づいた炎帝だったが、子息に向かって声を荒げ時にはもう既に遅かった。
炎帝は身を乗り出し無理やり彼を後方へ引き込もうと急接近したのだが、その手が届く前に目覚めた男が生徒を掴み、腕を回すと彼の首元へナイフを押し当てていた。
手慣れた手つきであり、炎帝ですら反応が間に合わなかった。
恐らく何度も人質を取ると言った手口を使ってきたのだろう、ある程度鍛えられている筈のその子息でさえ、今に成ってやっと状況に気づいた程に一瞬の事だったのだから。
「あ……た……助けて」
どんでん返しのどんでん返し。
炎帝に窮地を脱して貰ったにも関わらず自分で再び窮地を招き、挙句の果てにその上で助けを求める。
なんとも情けない姿だと、ケヴィンは溜息を漏らす。
「……その子を離せ」
低く唸る様に言葉を発し、翳した手の平に火球を纏う炎帝。
その火球の威力をつい先程受けたばかりのその団員は、微妙に顔を引きつかせる。
がしかし、優位に立っているのは自分だと言う認識があるのだろう、直ぐに表情をニヤつかせ首元に押し付けているナイフを見せびらかす。
「おい、状況分かってんのか? お前の行動次第でこいつ……死ぬぜ?」
炎帝の戦い方は、明らかに生徒達を守った立ち振る舞いである。
彼の人柄を知る者ならば、ここに存在する生徒達をどんな状況でも守ろうとするだろう事が分かる。
そうやって人質に取られてしまえば、恐らく炎帝は……動けない。
「く……」
それを予想されていたのだろう、事実炎帝は具現化させていた火球を消し去り、その腕をゆっくりと下げた。
ちっ……と舌打ちをしながらケヴィンは未だ状況を見ろしている。
強すぎる正義感が災いしたか、はたまた人が良すぎるだけか、なんにせよ炎帝は爪が甘い。
とケヴィンは認識する。
炎帝として君臨している以上、こう言った状況はこの先何度も訪れるだろう。
その時々に毎度行動を躊躇ってしまえば、救える命も救えなくなってしまう可能性が出てしまう。
明らかに現状を解決出来る方法を炎帝は持っているのだが、頭が回らないのかその事に気づいていないのだろう。
さて、どうするか……。
ケヴィンはそれでも、炎帝が何かをするのでは無いかと楽しそうに状況を見つめる。
「へへ、良くやったぞジム」
炎帝に蹴り飛ばされていたゲノムは、腹部を押さえつつニヤけ面を晒しながら彼の元へと近づく。
「何もしてくれるなよ炎帝様よぉ? 生徒達を助けてぇんだろ?」
「……」
ゲノムの問い掛けに、炎帝は黙り込む。
再び最悪の状況と成ってしまった事に対し、生徒達に恐怖が蘇る。
「ぎゃははは! さっきはよくもやってくれたなぁ? こいつを喰らいな!!」
言うと、ゲノムは炎帝の腹部を殴りつける。
容赦無く振りかざしたのか、辺りに轟音が鳴り響く。
だが炎帝の身体はピクリとも動かず、逆に悲鳴を上げたのはゲノムの方であった。
「ああぁぁぁぁああああああ!! 糞がぁあああ!! なんてぇ体してやがるんだ貴様はぁあああああ!!」
炎帝は人間の英雄である。
鍛え抜かれたその体に惜しみ無く魔力を注ぎ込めば、鋼どころか金剛石の肉体を手に入れる事が出来るだろう。
あまりにも固すぎたそれは、殴りつけたゲノムの拳を砕いてしまう程であった。
在らぬ方向に指が曲がった拳を片手で抑えながら、ゲノムは炎帝を睨む。
「貴様ぁ!? 状況が分かってねぇのか!? 今すぐ身体強化をやめねぇとぉ、生徒が死ぬことに成るんだぞ!?」
ジムと呼ばれた男はゲノムの言葉を皮切りに、ナイフを深く押し当てツァールハイト子息の首筋を軽く切る。
赤い血がゆっくりと首筋を伝う様に流れ、その生徒の表情が更に恐怖に染まる。
「い……いやだぁ!! 炎帝様ぁ!! 助けてぇ! 僕を助けてぇえええ!!」
無様に泣きわめくツァールハイト御子息を見て、炎帝は口元を強く歪める。
「く……」
その瞬間、辺りを支配していた強い気辺りが薄れる。
それは炎帝が放っていた魔力であり、強すぎる魔力は感じた者に威圧として認識される。
勿論彼程の技術を持っていれば、その魔力を探知させない方法も取得しているだろうが、恐らく敢えて威圧していたのだろう。
自分の実力を見せつける事によって、相手の戦意を消失させるのはケヴィンも良く使う手である。
しかし今の状況でそれが消えたと言う事はつまり……炎帝が身体強化を解除した事に直結する。
本当に余計な事しかしない奴って存在しますよね




