隣の住人
引っ越しの際の隣人挨拶の文化って無くなりつつありますよね?
気のせい?
「えぇっと、なんつうか……」
妙な廻り合せだ、とケヴィンは感じる。
その日の放課後の事である。
ケヴィンはほぼ無理やりに押し付けらた様な形となった住居へ足を運んでいた。
目の前に聳え立つのは、上流階級の貴族にも負けない程の豪邸。
和をテイスティングされているのだろう、西洋風では無くどちらかと言えば東南風の作りになっているその家。
「でっかい家だなぁ!! ここが『槍聖』の家だった場所か!!」
隣でケヴィンと同じく家を見上げるのはレオン。
彼の言う通り、ケヴィンに宛がわられた家は元槍聖宅。
アルベルトは確実に分かっていてケヴィンの住居をそこに指定したのだろう。
十数年ぶりに見上げた槍聖宅は当時より少しだけ古ぼけており、庭の手入れも全くされていない為に雑草をかき分けてやっと入り口へ辿り着く程だった。
行方不明の槍聖の自宅を保全と言う形で住む事を命じられたケヴィンは、特に反論する事も無くそれを承諾した。
「……清掃が必要だな」
レオンとは逆隣りで口を開くのはデュラン。
学園長室から教室に戻った後、デュランに声を掛けられたケヴィンはポロっと槍聖宅の話を彼に伝えた。
英雄の住まいに興味が有ると、表向きは憧れの様な口ぶりでケヴィンへと着いて来たデュラン。
そんな彼に着いて来るようにひょっこりと現れたのがレオンだったのだ。
案の定三人組の最後の一人であるエマが来る事は無かったのだが。
「お! なら俺この庭をどうにかするよ! 正直室内の掃除は苦手だからな!!」
自慢げに言うレオンだが、デュランもレオンに室内掃除はさせない方が良いと勧めてきた為、ケヴィンはそのままレオンに庭の清掃を頼む事にする。
させない方が良いとは一体どういう意味かと言うのは聞かない事にした。
「……」
そう言えば……と、ケヴィンは『隣の家』の二階の窓を見上げる。
幼少の頃、この槍聖宅の庭で素振りをしていた時、いつも隣の家の窓から此方を覗いてきていた少女が居た。
年代的に自分と同世代の筈で、仮にその少女がまだその家に住んで居て、大人の女性になったであろうその人物の部屋がまだそこであるのなら、また顔を合わせる時が来るのだろうか。
等と記憶の片隅に仕舞われていた僅かな記憶が、槍聖宅の懐かしさと共に込み上げて来た。
「……は?」
だがケヴィンはその隣の家の二階の窓へ視線を向けた時、思わず間抜けな声を挙げてしまう。
その部分には、当時と同じ様に此方を覗き込む人物が存在したからである。
これだけならば偶然もある物だろうと無理やり済ませる事が出来たかもしれない。
だが問題なのは、その覗いていた人物。
先程ケヴィンが『同年代』である可能性を示唆し、正にその通りにあの時の少女が成長したであろう人物が窓から此方を覗き込んでいた。
そしてその人物は、勢いよく窓を開くと此方に向かって声を掛けてくる。
「およ? 皆こんな所でなぁにしてんの?」
まるで知り合いかの様に声を掛けてくるその女性。
いや、知り合いも何も此方の三人にとって彼女は『同級生』だ。
事もあろうか、最近やけに顔を合わせる事の多い『アドレット』が二階の窓から顔を出したのである。
「いやこっちのセリフだろ。なんでお前がそんな所に居るんだよ」
「何言ってるのぉ? ここあたしの家! フルーズ伯爵家の持ち家!」
「マジかよ」
思わず淡々と返事を返してしまったケヴィン。
流石に出来過ぎだろうと思える程に、お隣さんのご令嬢が同級生だった。
これもアルベルトは知っていたのかと勘ぐってしまうが、槍聖宅がここに有るのはただのエリルの意思だっただろうから考えすぎだろうか。
「あー……どうやら今日から俺はあんたのお隣さんになるみてぇだな」
「え!? ケヴィンちゃん槍聖様の家に住むの!?」
「あぁ、隠すつもりは別に無かったが、俺は昔奴の弟子だったからな。その名残で譲り受ける事になった」
「ふーん」
驚き、と言うよりは何やら嬉しそうに笑顔を浮かべている彼女に軽く首を傾げるケヴィン。
「フルーズ伯爵領へようこそ!」
「うるせぇ奴の隣人になっちまったもんだ」
「ちょっとぉ!! そう言う事思ってても言わない!! ケヴィンちゃんはもうちょっと女心を理解しなきゃダメ!! そんなんだから顔だけで寄ってくる女性が後を絶たないんだよ? あたしみたいに!!」
言ってる意味が分からん、と彼女の言葉をスルーしたケヴィンは彼女も巻き込もうと考え発言する。
「丁度良い、お前も掃除手伝え。礼ならする」
「え、ほんと?」
「あぁ」
「ほんとにほんと!?」
今にも落ちそうなぐらい窓ぶちから上半身を露出させるアドレット。
何を期待しているかは知らないがと思いながらも、ケヴィンは礼の内容を口にする。
「かつ丼を好きなだけ食わせてやる。お前らもそれで良いよな?」
「よっしゃぁあああ!!」
大喜びしたのはレオン。
それに続きデュランは黙って頷き、アドレットは何故か不満げだ。
「もぉ、何でそうなるかなぁ。もっとこうエッチな事頼もうと思ったのに」
困った表情を見せながらも、不気味な事を呟くアドレットを一瞥する。
「ちょっと待っててね!」
言いながら室内に戻っていったアドレット。
何だかんだ言いながら掃除の手伝いには乗り気らしい。
伯爵令嬢を扱き使うなんて世間的には不味いのかもしれないが、同級生なのだからどうでも良いだろう。
軽装に着替えて出て来たアドレットを出迎えながら、今度こそ掃除を始めようとケヴィンは槍聖宅の扉へと手を掛ける。
「デュランは立てつけや家具を見て回ってくれ、替えが必要な物は全部とっかえるつもりだからな」
「分かった」
そう言うと、デュランは準備万端と言わんばかりにマスクと軍手を大袋から取り出し、それを装着。
そのままケヴィン達と共に槍聖宅へ入って行く。
「うわっ! これやっばいよケヴィンちゃん!!」
言われなくても分かると、ケヴィンは目の前に広がる通路へ視線を向ける。
床一面びっしりと埃が敷き詰められ、先ほど開かれた扉の風圧によってそれらが一気に巻き上がった。
予め用意していたマスクをアドレットにも手渡し、自分もそれを装着するとケヴィンはビニール袋を用意する。
「こいつを持っててくれ」
そう言ってアドレットに手渡したケヴィン。
彼女は両手で袋の口を開きケヴィンへ向き直る。
「そのまま持っていてくれ」
とケヴィンは呟くと、左手を正面に向け魔力を練り始める。
差し伸べられた手の先端に、通路に敷き詰められた埃と空中に舞うそれらが途端に集まりだす。
ケヴィンの手のひらを中心に螺旋を描く様に集まる埃たちは、徐々に徐々に丸い塊と成り圧縮された埃の球が出来上がる。
「……何それ」
ケヴィンが左手に持ったこぶし大の埃の塊を目にし、眉間に皺を寄せるアドレット。
「ゴミだ」
「見れば分かるよぉ! あたしが言ってるのは一体何をしたの? って事!!」
「水魔法で床や壁からごっそり埃と汚れを剥がし、湿気でそれらを固め空中に浮いている埃と共に風魔法で一か所に集めた」
「ほぉほぉほぉ成る程成る程……って全然分かんない!!」
「……面白い魔法の使い方をするんだな」
ケヴィンにとってはもはや『簡単な事』なのだが、アドレットはともかくデュランでさえこの反応なのだから、普通では無い技術かもしれないとケヴィンは思う。
だが今現状この空間の掃除に向いた魔法は間違いなくこの手段である為に、隠すそぶりはみせない。
「すごっ! ほんっとに汚れ落ちてる!!」
アドレットが指で床をなぞると、先ほどまで埃が敷き詰められていたそれが、キュッと音を鳴らす。
魔力を雲散させる事で作り出した湿気も無くなり、室内を水浸しにすると言う事態には成らない。
「この調子で掃除していくから、アドレットは俺についてきてくれ。デュランは玄関から調査を頼む」
言うと、ケヴィンは部屋の奥へと進んでいき、片っ端から埃を集めるとアドレットの持つゴミ袋へとそれを突っ込むと言う作業を繰り返していった。
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