Xランクへの誘い
果たして試験の結果は……?
ケヴィンはニヤリと笑う。
彼は本来ならば内密にしておきたい筈の異能力を、惜しまずこちらに披露してくれた。
それならばと、ケヴィン自身滅多に使う事の無い技術を剣聖に見せつける為に扱う。
左手を正面に向け、捉えるは二体のフェンリル。
瞬時に構築を終え、詠唱破棄をする事でそれを瞬時に発動する。
「ダイヤモンドブラスター」
刹那、フェンリルは二体纏めて氷漬けにされ、氷山の一角と成る。
更にその後、氷山の内側で雷光が迸る。
行動不能状態での雷の直撃、フェンリルはその生命を抗う事すら出来ずに消滅させる。
「……何だその魔法は……?」
流石の剣聖もその魔法を見た事は無かった様だ。
オリジナル魔法では有るのだが、その原理は単純な物である。
「さぁな? 異能力かもしれねぇぞ?」
そんな事は無い、その正体はただの『合体魔法』。
氷の上級魔法と雷の上級魔法を合わせて作り出したただの自然魔法である。
その技術こそ異常な物であれど、原理としては不可能では無い。
「……」
異能力では無いと言う事を彼は分かっている事だろう。
ただ初めて見る合体魔法に対して静かに色々吟味をしているのだろうが、男に見つめ続けられる趣味は無い為、ケヴィンは話を逸らす。
「任務完了じゃねぇか?」
ケヴィンは辺りに魔力探知を施す事によって、フェンリルが周辺に存在していない事を確認する。
「……その様だな」
魔力探知はエルフの技術だが、人間にも似た様な技術である気配探知が存在する為、恐らく剣聖もそれを行使したのだろう。
同じくその事実を確認したであろう剣聖は、再びケヴィンへと視線を向けてくる。
「そんで? 俺は合格か? それとも何かしら理由をとっつけて不合格にでもするか?」
後半は嫌味の様に発言するケヴィン。
「……俺は出来る限り正しい判断を下しているつもりだ。例えその相手との間に蟠りが有ったとしても」
それなら安心だな、とケヴィンは呟く。
「……合格だ、文句の付けようが無い程にな。……Bランクどころか、それ以上の評価を付けて良い」
「CランカーのBランク昇格試験に、Sランカー用の依頼を選択するとは頭がイカれてるとしか思えないんだがな」
「……本当にC、Bランクの実力しか持っていない様だったら、俺が責任を持って任務を遂行するつもりだった……。だが……実際お前は何の問題も無くこの試験を突破した……」
ケヴィンは剣聖が何かしらの思惑が有って、この様な危険な依頼を試験内容に抜粋したと思っている。
実際ケヴィンのこれまでの成績は『異常な速度』での依頼達成が目立つだけであり、その点を抜きにすれば、一般的なCランクの実力の範疇に収まっている。
受諾している依頼は全てCランクの物だから当然なのだが。
剣聖がその異常な速度、と言う点だけに目を付けたのだとしても、それがSランクの依頼に匹敵する様な実力を示している理由には繋がらない筈だった。
「まぁ俺は合格が貰えればそれで良いんだがな。これでさようなら……って訳には行かないんだろ?」
その為に、ケヴィンは剣聖に問う。
「あぁ……権力を押し付ける形になって申し訳無いが、俺の……この剣聖の話を聞いてはくれないか……?」
だったら言うな、等とは言わない。
ケヴィンはパチリと指を弾くと、途端にケヴィンの立つ地面の周辺から二つの岩の塊が突き出てくる。
その魔法自体は依然ケヴィンが使用したアースグレイブの応用なのだが、鋭利な先端がケヴィンの膝辺りで滑らかな平らに成っており、限りなく殺傷能力を減少させている。
ケヴィンはその片方に腰を下ろすと、もう一つの岩の塊に手を向け剣聖へと促す。
簡易的な椅子を作ったのだ。
その行為が意味するのは、剣聖の話を聞いてやろうと言う事だった。
剣聖はゆっくりとケヴィンが用意した椅子に近づき、怪しがる事も無く腰を掛けると俯きながら口を開く。
「気遣い感謝する。……何から話したものか」
腕を組みながら片手を顎に添える剣聖。
フードで顔は見えないが、その視線が恐らくケヴィンの方に向けられたと同時に、再び剣聖が言葉を連ねた。
「……まず先に一つ聞かせて欲しい。……お前は『蒼氷の朱雀』か……?」
やはりか、とケヴィンは納得する。
剣聖がこの様な危険な依頼を試験に選んだ理由は、実力者である『可能性』を踏まえた行動では無く、『確信』が有っての物だったのだろう。
担当ギルド員のメイファですら気付かなかった『K』と言う人物と蒼氷の繋がりは、やはり見る者によっては同一人物と捉えられる事も無くはない。
Kが受ける依頼先のいくつかで、氷漬けで放置されている上級モンスターの死骸の発見。
転移魔法を習得していなければ不可能で有る事を裏付ける依頼達成履歴の実績。
そして表上のギルドメンバー登録情報では『エルフ』とされているKが、決して蒼氷なんかでは無いと言い切る方が難しいだろう。
確実な証拠とは成らないが、剣聖は恐らくそのいくつかの事実の中から、Kが蒼氷で有る事を見抜いたのだろう。
ここで否定するのは簡単である。
しかしケヴィンは、あっさりとその事実を認める様な発言をする。
「そう呼ばれる時は有るが、自らそれを名乗った事は無い」
二つ名とは、大抵が自ら名乗る物では無い。
中には己が名乗る事によって浸透している二つ名も有るが、雷帝の『黄金の雷光』や、剣聖の滅殺の刃等に至っては、彼らの戦い方、そして異能力から連想された二つ名である。
彼らの戦いを見た人々が、口々に発した事からそう言った名が付けられた事が起因している。
ケヴィンに至っては少し特別で、蒼氷と言う名は単純に彼が氷を好んで使う事から連想された名のだろう。
そして後半の朱雀と言う名は、神出鬼没な彼の行動が神秘性や神話性を生み、渡り鳥の様に各地を転々とし魔物を狩って行く様から、神話上の方角を司る神である四神朱雀が名づけられたとケヴィンは聞いている。
自ら名乗った事が無いのは当たり前の事だった。
「……その言葉は、肯定と取って良いんだな……?」
「んで、仮に俺が蒼氷だとしたらどうだって言うんだ?」
確実な返事を返さないケヴィンだが、何れ今のままでいたら遅かれ早かれKと蒼氷は繋がる筈だと自分でも気づいていた。
その為に否定の言葉も口にしない。
「……単刀直入に言う、蒼氷……『氷帝』の位へ就いてくれ」
ケヴィンは顔を顰める。
その表情自体は剣聖に見える筈が無いのだが、それでもそう言った行動を取ってしまう程に剣聖の言葉は意外であった。
ケヴィンの心境を知ってか知らずか、剣聖は言葉を続ける。
「……お前も噂なら聞いた事が有るだろう……? 『堕落した英雄』達の話を……」
「……」
聞いた事が有るも何も……ケヴィンはその事実こそが『英雄嫌い』の根本的な理由となって居る事実だと叫びたい気持ちと成る。
恵まれた才能と恵まれた環境を与えられ、その上で例え欠片でも努力をしなくとも上級モンスターを簡単に屠れる実力を持った英雄達。
その数は一人二人じゃない、世界規模で言えば、現在数百人にもその数は及ぶ。
探してみれば竜騎士の様に実力に溺れず、極めて努力に務める存在も居るだろう。
しかしその過半数は……いや、その殆どは己の力を過信し、努力を怠っている者達ばかりである。
それは仕方ない事とも言える。
圧倒的な実力を持っている彼らは、努力などせずとも命を落とす危険等無いのだから。
腕を振るえば、自然魔法を唱えれば、100に及ぶ魔物の軍勢も、どれだけ大きな個体だろうと関係無しに屠る事が出来る。
努力する事自体が馬鹿馬鹿しいとも言えよう。
その事実がケヴィンにとってはとても我慢が出来ないのだ。
求める者には与えられず、与えられた者は好き勝手に生きる事の出来るこの世の中に、ケヴィンは心底うんざりしていた。
弱肉強食は世の常みたいな所ありますよね。