Bランク昇格試験
どうせ簡単に昇格しちゃうんでしょう?
って、思いますよね?
そうかもしれませんね……。
「はぁぁあっ!!」
剣聖は横薙ぎに大剣を振るう。
彼の扱う大剣はガレオ灰鉄と呼ばれる灰色の金属で出来たものだ。
希少価値の高い三大金属に次ぐ硬度を持つ金属で有る上、流通も多く比較的手軽に手に入れる事が出来る金属である。
その硬度を利用し、しばしば人間が扱う武器に使用される事が多いが、誰でも簡単に扱える物では無く、寧ろ人々から使う事を懸念される金属として広く認識されている。
三大金属に次ぐ硬度を誇っているにも関わらず、ガレオ灰鉄はその流通量からとても安い金額で手に入れる事が出来る。
にも拘わらず人々が好んで使わない理由に、その驚異的な『重さ』が挙げられる。
人間が身体強化を扱っていても軽々振り回せる事の出来ない重さが有り、エルフに至っては媒体として利用しようとしてガレオ灰鉄を短剣サイズに加工しても、持ち上げる事すら敵わない程の重量を持っているのだ。
手軽に手に入り、魔力付与を行わずとも破壊される事の無い硬度を誇る夢の様な金属だが、その重さが故に扱える人物は限られていたのだ。
剣聖の持つそれは、驚異的な重さを誇る金属で固められた大剣だ。
己の身長よりも大きなその得物から想像させられる重さは、一般人が見たら戦慄する事だろう。
それを感じさせない程に、剣聖は軽々と大剣を扱って見せる。
まるでただの直剣を振り回すかの様に、大きさや重さの影響で発生する遠心力等関係無しに、まさに自由自在に扱うその姿は成る程剣聖と名乗る価値は有る、とケヴィンは納得する。
ただこのガレオ灰鉄、その重さ以外にも壊滅的な『弱点』が存在する。
それは『魔法』に対して異常に弱いと言う部分だ。
物理耐性が遥かに高く、驚く程の強度を誇るこのガレオ灰鉄は、実は『初級』の自然魔法ですらぶつければ砕く事が出来ると言うのは誰もが知っている事実だ。
ただでさえ重い上にそんな弱点がある金属等、誰が好んで使うのだろうか。
だからこそこれ程の強度を持っていたとしても、激安で巷に溢れかえっているのだ。
しかし、そんな事等気にする事無く剣聖は大剣を振るう。
切り裂かれるは巨体の狼。
天まで届くと錯覚させれる大きな口は口端から見事に両断され、体が上下真っ二つになる。
次々に剣聖に襲い掛かる巨大な狼を、いとも簡単に制する姿は正に鬼神。
彼の存在だけでも、英雄の認識を改める必要は大いに有るとケヴィンに思わせる程。
ケヴィンへと三匹の狼が向かう。
剣聖の後方で彼を補助するかの様に自然魔法を放出しているケヴィンを危険視したのか、半ば剣聖を無視する様に三体の巨大な狼は駆け出していた。
剣聖はそれに気づくと、一瞬だけケヴィンへ目をくべる。
行けるだろう?
と言う意味合いが読み取れる彼の行動。
Cランカーに上級モンスターで有る『フェンリル』を宛がう等、正気の沙汰とは思えないが剣聖はそれを無表情でやってのけていた。
わざと食らい付かれてやろうか、等と悪戯心がこみ上げるが、フェンリルには『軽い因縁』が有る為にそれをしてやるつもりは無い。
剣聖が用意した討伐依頼は巣窟に潜むフェンリルの殲滅。
森や山を好んで巣を作るフェンリル。
その一部の巣の破壊が目的だった。
大体一つの巣に10体から20体の個体が生息する為に、この依頼はSランク以上が複数で挑む事が条件で受けられる依頼。
にも関わらず、剣聖は只一人でそれを受ける事を可能とし、その依頼を前代未聞のBランク昇格試験の題材にした。
こればかりは完全に英雄権限では有るが、それを許される程に確かな実力が剣聖には有る。
フェンリルはかつて、ケヴィンがまだ何の力も持たない頃に己の命を終わらせかけた存在である。
初めて死を覚悟した、生への執着を諦めた事の発端となった魔物である為、冗談でもフェンリルに対し加減する気にはなれなかった。
完全な逆恨みでは有るが、あの時の恐怖を払拭するかの様にケヴィンは魔法を連ねる。
「特別サービスだ」
等と余裕を見せながらも、展開するは三つの魔法。
右のフェンリルにクリムゾンノヴァ、正面のフェンリルにテンペストヴォルテクス、左のフェンリルにダークネスフィアーを放つ。
それぞれが、炎、風、闇の上級魔法。
全てを詠唱破棄で扱い、その上三つの魔法の同時行使。
その技術だけでも既に英雄クラスであると、力を持つ者なら理解する事だろう。
三体のフェンリルは燃え盛り、体を断裂させ、闇に消える。
三つの技による二次災害を起こさない為、用途の無くなったそれらを瞬時に雲散させる。
繊細な魔力コントロールが有って初めて為せる技。
実の所ケヴィンが知る英雄の中には、ここまでの魔法技術は習得出来ていない英雄が存在する。
ケヴィンが執拗に英雄を嫌う最たる理由は、『自分よりも弱い』癖に鍛錬を疎かにしている英雄が数多く存在するからと言う点にも有った。
剣聖はケヴィンが三体を相手にしていた間に、もう一体フェンリルを屠る。
しかししっかりとケヴィンの動きを監視していた様で、視線自体はひしひしと感じられていた。
とその時、剣聖の正面に居る二体のフェンリルがその場で大きく口を開く。
上級モンスターはその殆どが己の属性を持ち、それに因んだ様々な魔法攻撃を駆使する。
フェンリルが扱う魔法はブレス。
ドラゴン族が得意とするその魔法も、フェンリルは扱う事が出来る。
しかし種族が一種類しかいないフェンリルは、どのフェンリルも扱うブレスも『氷』のブレスのみである。
一般人が放つ氷の上級魔法と同等以上の威力が有るブレスを、詠唱無しに発動出来るのだからそれ自体が脅威となるだろう。
例に漏れず、少しだけの溜めを行った後剣聖に向かって勢いよく放たれる二つのブレス。
剣聖は恐らく、ブレスを吐き出される前にその二体を仕留める事が出来ただろう。
そしてそのブレスすら、簡単に回避する事が出来ただろう。
しかし剣聖は一切回避の素振りを見せない。
それどころか大剣を横に構え、ブレスに対してそれを振るわせて見せる。
一般常識としては斬撃の威力にもよるが、魔法を剣で切り裂く事は当たり前に出来ない。
ケヴィンなら剣に魔法属性を『付与』してそう言った現象を起こす事は可能だが、その技術は人間には出来ない物だ。
ましてや剣聖が扱う武器はガレオ灰鉄製、ブレスと言えど根本的な原理は『自然魔法』と同じであり、ガレオ灰鉄ではブレスを防ぐ事など出来る筈が無い。
剣聖がその事実を知らぬ筈が無い、だがしかし……彼は己の大剣をそのブレスにぶつけたのだった。
まっすぐと剣聖に向かっていたブレスは、彼が振るった剣に触れた瞬間……『消え去った』。
そう、剣聖は魔法を『斬った』のだ。
決して風圧で跳ね返した訳では無い、ウォール魔法で相殺させた訳では無い。
そもそも人間なのだからウォール魔法等扱えない。
付与の行えない人間ではどれだけ斬撃の威力が有ろうと、ガレオ灰鉄でブレスを防ぐ事等叶わない。
しかし彼は確かにブレスを斬った……それこそが、滅殺の刃と呼ばれる所以と成った彼の『異能力』……『魔封斬』の現象である。
魔力に関与した物全てを斬る事が出来る剣技。
自然魔法を主として戦う存在からすれば、この技はとても脅威だ。
通称エルフ殺しとも呼ばれ、オールガイアランキング自体は五位の剣聖だが、その異能力の前には同じくオールガイアランキング三位の氷帝をもってしても適わないとされている。
斬り切れない程の魔法の数を放てば良いと言う者も居るが、それ程の魔法を一度に放てる人物は限られている上、彼は剣聖の位を持つ程の大剣豪だ。
その剣速は、そう簡単に突破する事は出来ない。
この異能力の影響も有り、剣聖にとってガレオ灰鉄はとてもピッタリな金属だと言えよう。
まるでおもちゃを振り回すかの様に、凄まじく重いガレオ灰鉄製の大剣を扱う筋力と身体強化を所持しており、さらには致命的な弱点である魔法も自らの異能力で切り裂いてしまう。
ガレオ灰鉄製の武器は、正に剣聖専用の武器だとも言えるだろう。
二つ名をいくつも持ってるとかズルくないですか。