バレイスクールの思惑
「……だがそれは一般論の話だ」
意を決した様に口火を切ったバレイスクール。
先程までのわざとらしくおどおどとして居た態度から一変、しっかりとした口調でケヴィンへと疑問を返した。
「テメェら上流階級の奴らからすればちげぇとでも言いたいみてぇだな」
しかし彼の態度が偽物であると最初から気づいていたケヴィンは、今見せているバレイスクールの態度こそが本当の姿である事を理解していた為、その切り替えに一切反応する事は無い。
「その通りだ、貴方が言っているのはあくまで一般論……下層の者達が下す評価だ。だが、私達支配階級の者達からすればそうはならない。結局の所此度の戦が終わりを迎えれば、オールガイアの統治で物を言うのは軍事力だ。……実際に人類同士で争っていた頃に我が国は、軍事力でアトランティスに負けた為にかの国が派遣を握っている状態なのだからな」
「英雄が登場する前の話だろ。それこそ俺達が生きているこの時代とは何もかもが違う時代だ」
「その通りだ。不可侵条約も存在した時代で、私達はその時代の流れを知らない。だが……だからこそ今の時代の軍事力は、また違った物差しで測られる事になるのだよ。つまりその指針となる存在が貴方達英雄だ」
一理あるだろう。
一般人が評価するのはあくまで英雄自身だ、それは間違いない。
己が評価する英雄が自国の専任英雄と成れば、それは絶対的信頼が持てるが為にその国での暮らしに安心が担保される状況にはなるが、その後いくら英雄が活躍しようとその評価は英雄自身の評価であり国には一切向くことが無い。
しかし各国の首脳達にとっては、他国の英雄がオールガイア的に活躍すればする程、その英雄が所属する国の軍事力に直結して評価する傾向にある。
これは国を治める者とそうでない者の考え方の差だろう。
確かに一理ある、が。
「その考え方は結局、魔族との戦争が終わった後は今度は人類の覇権争いの為に人類同士で戦争を行う可能性が有ると言ってる様に聞こえるな」
「……起こらぬと思う方が難しいだろうな」
奇しくも、先日ケヴィンの前に現れたエリルが予想していた人類の結末に辿り着こうとする様を、今目の前で見せつけられている状況だ。
「それを起こらねぇ様にするのがテメェら支配階級の仕事だろうが」
「……ごもっとも。いや、勘違いしないで欲しい。私とて戦争がしたい訳では無い。私が貴殿に求めているのは、その圧倒的武力による『抑止力』だ」
ケヴィンは片眉を上げる、予想していた事とは違う意見が出て来たからである。
バレイスクールはおもむろに紙ナプキンを一枚取り出し、着火用の魔道具でそれに火をつけ始める。
「人は愚かにも争いを避けられない生き物だ。思想的にも人種的にも、それこそ宗教的にも。いついかなる時にでも争いの火種は至る所に存在する。どんな些細な火種でも、そこに沢山の思想……つまり燃料が投下されれば、大森林でさえも燃やし尽くす事になる」
言いながら、一枚、また一枚と皿の上で漂う火にナプキンを投下した。
「しかし……そこに蒼氷の朱雀と言う絶対零度の氷が存在すれば。如何なる火種も、如何なる燃料も意味をなさない。生み出された瞬間……直ぐに消火されるだろう。挙句の果てには、火種を生み出す切っ掛けさえも無くしてしまうだろう」
更に紅茶をひっくり返しながら語るバレイスクール。
彼が例えた様に、煙を立てながら燃えていたナプキンは、紅茶を被った瞬間に消火される。
「私が貴方に求めている一番の役割がこれだ。魔族に打ち勝った人類が平和を手にした時、我こそが覇権を手に入れようとする者が現れた際に、蒼氷の朱雀と言う存在が居るだけでその密かな野望が打ち砕かれ、戦争を起こそう等と馬鹿げた事を考えられなくなる状況を作り上げたい。蒼氷様が存在する国こそが、無駄な争いを起こさず天下を取る状況だ」
「例えるなら、圧倒的武力による恐怖政治によって、オールガイア中の支配層が抱える野心を叩き潰すってところか」
「解釈はそれで間違っていない。いくら綺麗ごとを語ろうが、武力と言う名の圧力を加えようとしている事に変わりは無い」
辛うじて、やろうとしている事の理解は出来た。
だがそれが本当の目的だった場合には、一つ重大な疑問が残る事となる。
「そうだとして、何でそれを担うのが『アルファス』なんだ? 同じ条件ならそれをするのは『アトランティス』でもいい訳だろ」
単純にケヴィンが争いを無くす為の抑止力としての立場となるのなら、それはアルファスに所属しなくても出来る事だ。
「……エドワード」
「は?」
ポツリとエドワードの名だけを呟いた事に対し、ケヴィンは素っ頓狂な声を上げてしまった。
「あ奴はダメだ……。オールガイアを背負って立つには……あまりにも『完璧』すぎる」
「いい事じゃねぇか。欠点の無い存在こそがリーダーになるのは当然の事だろ」
その返答に、バレイスクールは首を振る。
「エドワード王は……私達政治を担う者達からすればコンプレックスその物だ。力が有る、名声がある、富がある、野望その物がオールガイアの為になる。正に首脳の鏡とも言える存在だ。あまりにも自分達とかけ離れた存在であれば、それは憧れになるだろう。だが、より近しい立場に居る私達にとっては……彼には『嫉妬』しか生まれんのだよ」
刀聖一派は、ケヴィンとの力の差に自信を消失する事があった。
勿論、嫉妬だって多分に含まれていた。
だが、彼らはその思いを前向きに捉え、上には上が居る、ならばいつか自分達もそこへ辿り着けると信じて上がっていく事を目指した。
バレイスクール達と彼らの差はそこだ。
同じ嫉妬であっても、それを原動力にするかそれを言い訳にするかでその後の展開は大きく変わるだろう。
「その代わりにテメェがリーダーになり替わるメリットは何だ?」
「……ご存じの通り、私は常に小心者の振りをして生きて来た。そんな私がオールガイアを統治した際にはどんな評価が下されるだろうか?」
「さぁな、適当に考えるだけでも、頼りねぇ、情けねぇ、器じゃねぇ。こんなリーダーならいっその事――」
「自分が成り替わってやろう……そう思うだろうな」
ケヴィンの言葉に被せる様に返答したバレイスクール。
正にケヴィンが言わんとしていた事だ。
そして彼がそれを堂々と発した事で、彼の狙いが読める結果となる。
「……だが、俺がいる事で王座陥落を狙う輩は現れねぇ。武力行使が無理なら、別の形で派遣を取ろうと企む。あの様な王がオールガイアの王に成れるなら、自分にだってなれるだろうと向上心が働く」
「その結果……オールガイア中が切磋琢磨し、結果的にオールガイア中が大きな発展を見せる事が出来る。超えようと思っても、超えられると思っていても何故か超えられない私にヤキモキしながらも、それでも近い未来に必ず超えられる筈だと信じて」
こういう解釈であれば、そう言う未来を思い描いているのであれば、確かにエドワードでは『ダメ』だと言う彼の発言も頷ける。
英雄が存在する事によってある程度の実力を、ギルドランクを手に入れた一般人達が強く成る事を諦める様に、完璧過ぎて超える事の出来ないエドワードがオールガイアのトップに立っていれば、残された支配層の者達はそれ以上上を目指す事を諦めてしまうだろう。
成程、確かに今までぶつかって来た無能達とは大きく違う。
中々彼が優秀である事も理解できた。
だが結局はその程度である。